第223話 魔法を吸収する能力の秘密
「我が最大威力の奥義、目に焼き付けて死ぬがいい!!」
鬼姫はそう叫ぶや否や、地面に落ちた刀を拾い上げる。右手に握った刀を頭上に掲げてプロペラのようにクルクル回すと、刀の切っ先を地面に突き刺す。
「鬼龍剣奥義……影鰐ッ!!」
技名らしき言葉を叫ぶと、刀が刺さった地面から黒い影のようなものがみょーーんと伸びていく。それはツェデックの真下に来るとみるみる大きくなっていき、半径五メートルほどの大きな丸い影となる。
「グァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
直後、影の中から体長十メートルを超す巨大なイリエワニが顔を出す。
ワニは大きく口を開けて吠えると目の前にいる魔道士に襲いかかり、パクッと口の中に放り込んでゴクリと飲み込む。数秒が経過したがワニが死ぬ気配は無い。
勝った! 鬼姫がそう確信した瞬間……。
ワニの動きが急にピタリと止まると、魔法を掛けられたように体がどんどん小さくなっていく。最後は目に見えないホコリより小さくなって跡形もなく消える。ワニが出現した穴である丸い影も、スゥーーッと薄れて消えていく。
ワニが消えた場所に一人の男が立っていた。それは化け物に飲み込まれて死んだと思われていたツェデックその人だ。ワニが男の体より小さくなった時、男はワニに対する接触判定が無くなったようにそこにいたのだ。
男は負傷した形跡が全く無く、何もされていないようにピンピンしている。満面の笑みを浮かべて鼻歌を唄う余裕まで見せる。
「ど……どういう事じゃ!?」
目の前の出来事が俄かに受け入れられず、鬼姫がポカーーンと口を開けた。一瞬何が起こったのか全く理解できず、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。頭の中であれこれ考えて納得しようとしたものの、とても冷静ではいられない。
これまで影鰐が力ずくで破られた事はあっても、効果そのものを打ち消されたように消えた事は一度も無かったのだ。今まで目にした事が無い光景は女の理解を超えていた。
あまりの異常事態に鬼姫は頭がおかしくなりかけたが、ふっと正気に立ち返る。このまま棒立ちになっていても何も始まらないと冷静な思考が働いて、次の行動に移ろうと思い立つ。
「我が力よ……炎の龍となりて全てを焼き尽くせ! 火炎龍嵐ッ!!」
刀を握ってない左手を正面に向けると、魔法の言葉を唱える。彼女の左手に炎が集まっていって一つの塊になると、そこから巨大な炎の龍が姿を現す。
「グオオオオオオーーーーーーッ!」
炎の龍がけたたましい咆哮を上げながら敵めがけて飛んでいく。灼熱の業火で相手を焼き尽くそうとする。
ツェデックは前回火炎龍嵐を使われた時は同じ呪文で相殺しようとしたが、今回ばかりは何もしない。死ぬ覚悟でも決めたようにただボーーッと突っ立つ。左手の小指で鼻の穴をほじる余裕すら見せる。
そのまま炎の龍が老人を焼き殺すかに思われた時――――。
とても信じられない光景が鬼姫の視界に飛び込む。
ツェデックが正面に左手をサッと向けると、彼の手のひらにブラックホールがあるかのように龍が吸い込まれていくのだ。龍は頭のてっぺんからノミのように小さくなっていき、最後はしっぽの先まで老人の体内に取り込まれる。
龍を取り込むと魔力が回復したようにツェデックの全身が一瞬だけ赤く光る。ザガートと戦った時と同じように相手の魔法を吸収したようだ。
「そうか……分かったぞ」
龍が取り込まれた光景を見て鬼姫が呟く。相手がどのような原理で魔法を吸収したか、それに気付いたような口ぶりだ。
「属性変化……わざと弱点属性を一つ付ける代わりに、それ以外全ての魔法属性を無効にする、最上位クラスの防御魔法。非常に高度な技術を要するために、一つの世界に使い手は十人も現れないとされる、伝説の秘技じゃ」
一つを除いてあらゆる魔法属性を無効にする技の存在を告げる。ツェデックはそれの使い手であったために属性魔法が通用しないというのだ。事実だとすれば、影鰐もそれによって防がれた事になる。
「そして何より厄介なのは、魔法を受けるたびに弱点属性がランダムで変化するから、全属性の魔法を順番に当てるという方法が使えぬ事じゃ」
しらみ潰しに一つずつ属性魔法を当てる手段では、いつまで経っても正解にたどり着かない事実を付け加えた。
「ほう……ザガートですら存在に気付けぬ魔法に気付くとは、大した女じゃ。よもやお前さん、この術の使い手に出会うのはこれが初めてではないという事か?」
鬼姫の言葉を聞いてツェデックが敵ながら天晴と感心する。魔王ですら知らなかった術の存在を知っていた彼女の見識の深さを褒め称える。
彼女が以前この術の使い手に会ったのではないかと、知っていた理由を聞く。
「ああ……我は昔、東の国を支配しておった妖怪の王でな。その時我を討伐しようとしたニンゲンの戦士に、この術の使い手がおった」
鬼姫がツェデックの質問に答える。彼女自身が魔王のような存在であった時代、彼女に戦いを挑んだ者の中にこれの使い手がいたという話をする。
ザガートがこの魔法に気付けなかったのは、術の使い手に出会うのはツェデックが初めてだったからというのが真相のようだ。
「だが知った所でどうするつもりじゃ? 相手の弱点属性を見破る技を持ち合わせない限り、属性変化は攻略不可能じゃぞ。お前さんがそれを持っているようには見えないが……」
ツェデックが今後の方針を問う。鬼姫が戦術面で詰んでいるのではないかと考え、これからどう戦うつもりなのか聞いて確かめる。
「……どうもこうもない」
老人の言葉を聞いて女がニヤリと笑う。今後の展望を思い描いていたようで、表情に迷いがない。
「魔法が通じぬ相手なら、最初から剣で戦えばよい。簡単な話じゃろう? 以前我が殺した相手だって、刀で斬り伏せてやったのだからな」
魔法に頼らず物理攻撃だけで戦うつもりでいた事、前回の使い手にはそれで勝利した事実を自慢げに伝える。
右手に持っていた刀を両手で握り直すと、ツェデックの方を向いて構える。
「ツェデック……貴様の首は我が頂戴する!!」




