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第217話 激突! 人斬りザムザと三人の女達

 魔王が考え付いた作戦……それは自らが生み出したバトル・フィールドに勇者パーティを引きずり込むというものだった。隔絶された四つの空間に敵を分断させるだけでなく、自分が想定した組み合わせの相手をぶつける事で、連中を各個撃破するというものだ。


 他の連中が一対一であるのに対して、ザムザだけは一対三の組み合わせになっていた。彼からすれば余り物を押し付けられた形だ。

 三人の女達はこれまでの戦いと変わらぬ格好をしていたが、ルシルが左手の中指に銀の指輪をめていた点だけが異なる。それがどのような効果を秘めていたかは分からないが、人斬りは別段気にもめない。


「ザムザ……戦いが始まる前に一つ聞いておきたい事がある」


 両陣営が相手の出方をうかがうようににらみ合っていた時、レジーナが不意に口を開く。


「お前が金で雇われての人斬りを生業なりわいとしている事は想像が付く……だからこそ知りたい。お前は何故勇者に付いていき、何のために戦う? 正義の心を持っている訳ではなく、労力に見合った報酬が得られる訳でもないのに、お前が勇者と行動を共にする理由は何だ?」


 ザムザが勇者パーティにいる理由を聞き出そうとする。自分の利益のためにしか戦わなそうに見える人物が、勇者の仲間でいる事に疑問を感じたようだ。何か深い事情があるなら、それを知っておきたい気持ちも彼女の中にはあった。


「……これから死ぬ貴様に言う必要はあるまい」


 ザムザがボソッと小声でつぶやく。自分の過去を打ち明ける事に全く関心が無いようで、反応はかなりない。


くだらんお喋りに付き合う性分しょうぶんではない……すぐにケリを付けてやる」


 会話を一方的に打ち切ると、戦いの始まりを告げるように右手をサッと横に振る。彼の右手に乗っていたタカがバサバサと翼を動かして大空へと羽ばたいて、彼から十メートル真上にある空を、戦場全体を見渡すようにグルグルと旋回する。時折ときおりピーーヒョロロロロと声に出して鳴く。


 人斬りは左腰にしてあったさやから一振りの刀を抜いて、両手で握って構える。レジーナはミスリルソードを、なずみは短刀を、それぞれ腰にしてあったさやから抜いて構える。


「大地と大気の精霊よ、いにしえの盟約にもとづき、我に力を与えたまえ……全能強化マイティ・ブーストッ!!」


 ルシルが両手でいんを結んで強化魔法を唱える。三人の体がまばゆい金色のオーラに包まれた。


「ゼウスのじいちゃんによる強化が十倍……この魔法による強化が十倍ッ! 合わせて百倍の肉体強化が、今のオイラ達に上乗せされてるッス! これだけ強くなれれば、オイラ達でも世界を救った勇者の仲間と互角にやり合えるッスよ!!」


 なずみが、自分達がこれまでの百倍の強さになったと豪語する。本来格上の相手と戦えるようになる条件が整ったと勝利への自信をのぞかせた。

 魔王が余り物と揶揄やゆされかねない三人を一人の強敵にぶつけたのは、この戦法で戦う事を想定したもののようだ。


 むろん五分が経過すれば、ルシルの十倍魔法の効果は切れる。そうなればゼウスの力が残っていたとしても、敗北はまぬがれない。

 五分の間に戦いを終わらせなければならない、時間との勝負になる。


(百倍か……成程なるほど、それだけ能力が底上げされたのであれば、俺と対等に渡り合えたとしても不思議ではあるまい)


 少女の言葉を聞いてザムザが「フム」と声に出してうなずく。彼女の言った通りであれば、確かに互角の勝負が成立する根拠たりえると、相手のぶんに納得する。


(だがそうであれば、術の唱え主であるメガネ女を真っ先に仕留めれば良いだけの話……!!)


 相手の戦術の欠点を心の中で指摘して、早急に術の効果を切れさせようと思い立つ。


 今後の方針が決まると、両手で握った刀を水平に構えたまま、ゆっくりと足音を立てずに歩き出す。

 五歩ほど前へと進んだ次の瞬間、ザムザの姿が三人の少女の視界からフッと消えた。


 数秒が経過した後、ルシルの背後にワープしたように人斬りが姿を現す。

 ルシルは三人の最後列に、二人に守られる形となって配置されており、そこに一瞬で回り込まれた格好だ。


「ムンッ!」


 ザムザはかつを入れるように一声発すると、刀を横ぎに振って女の胴体を狙う。

 ズバァッと肉のかたまりを斬った音が鳴り、女の体が上と下半分ずつに分かれる。切断面から上の胴体がズルリと音を立てて、横に数センチずれる。


(やった! 確かな手応えあり!!)


 肉を斬った感触が手に伝わり、ザムザは間違いなく女をったのだと確証を得る。一瞬心の中に大きな喜びが湧いた。


 だが二つに分かれた女の体は白い霧へと姿を変えて、バラバラに散っていって跡形もなく消滅する。肉を斬ったというのに血が一滴も流れない。


 数秒後、ザムザから十メートル離れた大地にルシルが透明化を解除したようにフッと現れる。刀で斬られた事によるダメージを全く受けていない。

 直後、彼女が左手の中指にめていた銀の指輪がガシャァンッ! とガラスのようにもろく砕けた。


「馬鹿な……俺は間違いなく貴様をった! 幻術を斬った訳ではないはずだ! にも関わらず、何故貴様は生きている!?」


 女が生きていた事実がにわかに受け入れられず、ザムザが声に出してうろたえる。普段の冷静な彼からは想像も付かないほど困惑しており、女が生き延びた理由を問いたださずにはいられない。

 人斬りからすればあってはならない話だ。間違いなく肉を斬った感触があったのに、相手はかすり傷一つ負っていないのだ。男は一瞬たぬきに化かされたのではないかと、そう考えた。


「……その理由がこれですよ」


 ルシルがそう言いながら、粉々に砕けて地面に散らばった指輪の破片を指差す。


「一撃回避の指輪……装備者が攻撃を受けた瞬間、それがどんな攻撃だったとしても、装備者を離れた場所へと転移させる! 装備者が受けたダメージは指輪の魔力によって全回復して、力を使い果たした指輪はバラバラに砕ける! ザガート様が今回の戦いのために魔力で生成して、私に与えて下さった品!!」


 指輪の効果について詳細に明かす。装備者を安全な場所にテレポートしてくれる事、どんな一撃だろうと指輪が傷をいやしてくれる事、その代償で指輪が砕ける事……それらの事実を包み隠さず教える。最後に魔王自身が創作した宝具である事を付け加えた。

 ザガートが勇者に殺された時に付けていた『命の指輪』とは一見似ているようでも、その性質は大きく異なる。


 人斬りの攻撃は確かに当たっていた。だがその痛みは指輪によって瞬時に回復したため、少女は無傷だったというのだ。


「だがそうであるならば、指輪を失った貴様をまた殺せば良いだけではないか」


 ザムザが戦術のあやまりを指摘する。指輪が壊れた以上同じ手は使えないだろうと、至極とうな意見を述べる。


「……これを見ても同じ事が言えますか」


 ルシルがニタァッと邪悪な笑みを浮かべて、服の左右のポケットにそれぞれの手を突っ込む。中に入っていた何かをワシづかみにすると、手をポケットから出す。

 握った手を相手が見える位置に持っていくと、指を開いて中にあったものを見せる。


「……ッ!!」


 少女が手に持っていたものを見て、ザムザが顔をこわばらせた。


 彼女の手にあったもの……それは凄まじい数の指輪だった。一つだけだと思っていたものが、無数にあったのだ。

 その総数は両手合わせて三十九個にものぼる。少女はそのうち一つを左手の中指にめると、残りをポケットにしまう。


「ザガート様はこの指輪を四十個私にくれました。つまり私を殺すためには、四十一回は殺す必要があるという事です。それでも私を狙いますか?」


 指輪のストックが無くならない限り、少女を完全には殺し切れない事実を伝える。最後にわざと挑発する言葉を付け加えた。


 いくらメンバーの中で最弱とはいえ、何度殺しても生き返る女を延々と狙い続けていては相手に付け入るすきを与える。一対一ならまだしも、三対一でそれをやってしまう行為は得策とは呼べない。


 ザムザは思い通りに事が運ばない悔しさのあまり「グヌヌ……」と声に出してうめいた。


(仕方あるまい……先に他の二人を始末して、最後に残ったメガネ女を片付けるとしよう)


 ルシルを殺すのを後回しにして、残りの二人を優先的に片付けようと思い立つ。彼女一人だけになった状況であれば、四十回殺したとしても問題ないだろうと冷静に結論付けた。


 ザムザは自身の胸の内を声に出さなかったが、レジーナは彼がそう考えたのだろうと思考を読み取る。魔王が事前に三人に伝授した作戦の中で、人斬りにそう思わせる流れに持っていくよう仕向けたからだ。

 全ては脳内シミュレートできるほど戦闘データを収集したザガートの思うままだ。

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