第206話 魔王は死んでなかった!
勇者達が去ってから十分ほど経過した時……。
「ザガート様ぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」
ルシルが大声で叫びながら荒野へと走ってくる。目に涙を浮かべて泣きそうな顔をしており、魔王の死にショックを受けた様子が一目で分かる。
他の四人が数秒遅れる形となって彼女の後ろを走っている。三人の女達はルシルと同様に泣きそうな顔をしており、ブレイズだけが平然としている。
五人は魔王が死んだ場所まで来て足を止める。
地面にこびり付いた血痕を目にして、女達が「ああっ」と声に出して驚く。
「ザガート……本当に死んでしまったのか」
レジーナが全身をわなわなと震わせた。魔王が死んだ事実にショックを受けたあまり、フリーズしたコンピュータのように固まる。この世の終わりを見たように顔が真っ青になる。
一行は離れた場所から戦いを見守っており、一連の状況を把握していた。ブレイズが魔力によって遠くの映像を映し出して、彼女達に見せていたのだ。それによって魔王の死を知る事となる。
「こんなの嘘ッス……何かの間違いッス」
なずみがガクッと膝をついて茫然自失になる。顔をクシャクシャさせた涙顔になりながら、ウッウッと声を震わせて泣くのを必死に我慢する。
「妾たちを残して逝く事はないと……そう言ったではないか」
鬼姫も同様に膝をついてうなだれる。地面に両手をついて四つん這いになり、魔王が死んだ血痕を眺めながら、男に語りかけるように独り言を話す。
「……魔王の大うそつきめッ! お主に先に逝かれたら、残された妾達は、これからどうすればいいのじゃぁっ! うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーんッッ!!」
顔を上げて空を見上げると、荒野中に響かんばかりの絶叫を発した後、わんわんと大声で泣き出す。瞳から大粒の涙を溢れさせて子供のように泣く。誰に見られていようとなりふり構わず泣き続ける。
彼女にとって魔王と一緒にいる事、それだけが戦いの動機だった。信念や正義などどうでもよく、魔王の側にいられる事、実力を認められて、彼に必要とされる事……それだけが今の生き甲斐だった。
その彼女にとって魔王を殺された事は、生きる目的を失ったに等しい。
三人の女達も同じだ。誰もが魔王を心から大切に思っていた。
ここにいる皆が、魔王を慕って冒険の旅に付いてきたのだ。その魔王を失う事は、人が体を半分に引き裂かれて、鳥が翼をもがれたようなものだ。
ルシルとなずみが鬼姫につられて泣き出す。彼女と同じようにわんわん泣く。
三人の女が地面に突っ伏して、血痕があった場所に顔をうずめたまま号泣し続ける。そこに魔王の魂が残っていると信じて、すがり付こうとしているようだ。
レジーナは彼女達のように泣いたりしない。大地に立ったまま一歩も動かず、目を閉じて下を向いたまま沈痛な表情になる。今後について思い悩んだように黙った後、「クッ……」と声に出して悔しさを滲ませた。
血が出るほど強く下唇を噛む。バリバリと歯が肉に食い込んだ音が鳴る。泣きはしなくても、魔王の死に深い悲しみを抱いた事は一目瞭然だ。
ブレイズだけはこの地に着いてから一言も喋らなかったが、彼女達はその事を気にかけない。彼ならそれくらい冷静でも不思議ではないと考えた。
荒野に女達の絶叫が響き渡り、幾重にも重なって絶望のハーモニーを奏でる。救世主を失った悲しみが大地を埋め尽くして、見る者にこの世の終わりを予感させた。
もう自分達には一片の希望も残されてはいない……そんな考えが女達の頭をよぎりかけた時。
「……!?」
レジーナが真っ先に異変に気付く。
一陣の突風が吹き抜けて頬をかすめ、彼女がふと目を開けて空を見上げると、黒い霧のようなものが宙を舞っていた。一瞬致死風の魔法のように見えたが、そうではないようだ。
魔王の体であったと思しき黒い砂は、自ら意思を持ったように空を動き回った後、地上に降りていって一箇所に集まる。やがて人と同じ大きさの砂の塊が出来上がると、カッと眩い輝きを放つ。
光が収まって視界が開けた時、そこに一人の男が立っていた。
「ザガー……ト……」
突然の出来事に驚くあまりレジーナが瞼をパチクリさせた。目の前の光景を俄かに信じられず、呆気に取られた棒立ちになる。
彼女の前に現れた人物こそ、他ならぬザガートその人だ。剣で心臓を刺されて息絶えたはずなのに、何事も無かったようにピンピンする。衣服は完全に元通りになっており、体には傷跡もない。まるで勇者と戦った事実など最初から無かったかのようだ。
「ああっ……」
魔王が生き返った光景を目にして、ルシルが感動にその身を打ち震わせた。散々泣いたにも関わらず、尚も瞳から涙が溢れ出す。表情がみるみるうちに喜びの色へと染まり、全身の細胞が沸騰したように沸き立つ。
「ザガート様ぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」
愛する者の名を絶叫しながら立ち上がると、すぐさま走っていって両手で抱きつく。男の胸に顔をうずめたまま大声で泣き出す。ボロボロと大粒の涙を零れさせて泣く。
他の三人が遅れる形となって走っていく。四人の女が魔王の周囲を取り囲んでワイワイと嬉しそうにはしゃぐ。それまで場にあった陰鬱なムードが一瞬で吹き飛ぶ。
ブレイズはゆっくり歩いていってから足を止めて、彼女達から距離を置く。最初からこうなる事が分かっていたような冷静な態度を取る。
「師匠、やっぱり不死身だったんスねッ! 師匠が死ぬワケ無いと思ってたッス!!」
なずみが満面の笑みを浮かべて魔王の不死身ぶりを讃える。無敵の存在である彼が死ぬ事などありえないという自分の考えを伝える。
「大ばか者! 妾たちまで騙すとは、人が悪いにも程がある! 死んだふりをしていたなら、最初からそう言わぬか!!」
鬼姫が魔王の行動を厳しく叱咤する。仲間に隠し事をして余計な心配をさせた男の判断を、激しい口調で非難する。
「いや……俺は不死身でもないし、死んだフリもしてない。俺は心臓を剣で貫かれて、間違いなく一度死んだ……それが真実だ」
ザガートが二人の言葉を即答で否定する。
自分が本当に一度死んだ、偽らざる真実を伝える。
「なら、どうやって生き返ったんだ?」
レジーナが胸の内に湧き上がった疑問を指摘する。魔王がどうやって死を乗り越えたかが分からず、チンプンカンプンになる。




