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第205話 魔王は死んだか

 ……爆風をまぬがれるために戦場から離れていた四人が戻ってくる。ボロ雑巾ぞうきんのような姿になった魔王を見て、思わずガッツポーズを決める。


「チャンスだ……あれをやるなら今しかない!!」


 千載一遇の好機とみなし、アランが他の仲間に作戦の指示を出す。

 アランの指示を受けて他の三人がコクンとうなずく。すぐさま魔王の周囲に散らばると、互いに五メートルの間隔を開けながら正三角形を描くように配置する。三角形の真ん中に魔王がいる形となる。


「トライアングル・フォーメーション……絶対幽閉監獄アブソリュート・プリズンッ!!」


 三人がそれぞれ右手に持っていた武器を空に向かって掲げながら、呪文の詠唱を口ずさむ。すると三人が立っていた場所に、点と点を結ぶように白い線が引かれていき、正三角の図形が出来上がる。さらにその上に金色に輝く障壁が張り巡らされて、ピラミッドのようなバリアが完成する。


(これは……ッ!!)


 結界の内部に幽閉されたザガートがその威力に驚嘆する。慌ててバリアから逃れようとしたものの、足の指一本、手の指先すらまともに動かせず、いくら体を踏ん張らせてもピクリとも動かない。金縛りにったように全身が固まっている。


(俺を閉じ込めるために作られたバリアか……だが、ただのバリアではない!! 障壁の内部に凄まじい魔力が渦巻いており、俺の動きを封じている!!)


 バリアの性質について瞬時に分析する。単に物理的に閉じ込めるだけでなく、麻痺パラライズのような魔法によって相手の動きを束縛しているようだ。


(万全の状態なら、こんなバリア一瞬で破れる。だが消耗しきった今の俺では、破るのに最低十秒は掛かる……)


 バリアを破る事は可能だが、それには時間が掛かると口にする。

 十秒という時間は、格下の相手なら問題にならない。だが同格の相手では十分に命取りになる。


「魔王、その首もらった!!」


 アランが死を宣告する言葉を発しながら魔王めがけて駆け出す。両手で握った剣を正面に突き出したまま、心臓を狙って一直線に走る。バリアの影響を受けずに素通りする。


 そして二つの影が重なり合って一つになる――――。




 ドシュッと分厚い肉に刃物が突き刺さったような鈍い音が鳴り、トマトジュースのような赤い液体がボタッ……ボタッ……と大地に垂れちる。辺りにプーーンと鉄臭いニオイが立ち込める。

 二つの影は重なり合ったまま微動だにしない。ビデオを一時停止したように固まっており、血のような液体だけが水滴となって流れる。


 エクスカリバーは魔王の心臓を正確につらぬいており、傷口から真っ赤な血がとめどなくあふれていた。それは誰の目から見ても致命傷だと確信できるものだ。


(やった……ついに……遂に魔王を仕留めたぞ!!)


 魔王に致命傷を与えたアランが心の底から歓喜する。宿敵を討ち果たせた喜びは大きく、感動で胸を打ち震わせた。嬉しさのあまり表情がニヤケ顔になる。


「……クククッ」


 勝利の喜びにひたる勇者をあざけるように魔王が不敵な笑みを浮かべる。致命傷を負わされたというのに痛がる素振りを一ミリたりとも見せはしない。


 剣は間違いなく魔王の体を貫いており、確実に命を奪うものだ。にも関わらず、その事を全く気にかけていない。まるで命が二つか三つあるようだ。


「何がおかしい!!」


 アランが思わず声を荒らげて真意を問いただす。彼からすれば魔王の態度は到底納得の行くものではなく、相手を困らせるためにわざと痛みをせ我慢したのではないかとかんる。


 アランの言葉を聞いて魔王がニヤリと笑う。表情に余裕の笑みを浮かばせており、これから死にゆく者の悲壮感は少しも感じられない。


「よくぞ……よくぞ俺を倒した。異世界の勇者よ……!!」


 相手の健闘をたたえる言葉を吐くと、フッと目を閉じて安らかな死に顔になり、糸が切れた人形のように動かなくなる。そのまま数秒が経過すると、全身がサーーッと炭化したような黒一色に染まっていき、手の指先から砂となって崩れ落ちる。地面に積もった灰の山になると、一陣の突風が吹き抜けて、風に飛ばされて空へと散っていった。


 死体は影も形も残らなくなり、地面にこびり付いた血痕だけが、彼が死んだ事実を伝える。


(倒した……俺は魔王を倒したのか? だとしたら何だ、この違和感はッ! 宿敵を倒した達成感と呼べるものが、まるで無い!!)


 魔王の死を目の当たりにして、アランがぬぐいきれない違和感にさいなまれる。健闘ぶりを讃えられた事に、逆に一杯食わされた敗北感すら漂う。格上の師匠にいつまでっても本気を出されなかった弟子のような感覚があった。


 魔王が必死に痛がる素振りを見せたり、だんを踏んで悔しがったりしたら、アランは心の底から喜んだだろう。だが魔王はそれをしなかった。相手に一切満足感を与えず、笑顔のまま散っていったさまは、敗者でありながら勝ち逃げした勝者の風格があった。


(魔王は……本当に死んだのか? 実は死んだフリしただけなんじゃ……)


 恐ろしい憶測が頭の中に湧き上がる。そんな馬鹿なと思いながらも、そうかもしれないと考えてしまう葛藤が胸を突き刺して、うまく言い表せないモヤモヤ感がつのりだす。


 胸の内に湧き上がった違和感を拭い去れず、アランが呆気あっけに取られた棒立ちになっていると……。


「おーーーーーいっ!!」


 バルザックが大声で叫びながら勇者の元へと駆け出す。表情に満面の笑みを浮かばせており、宿敵を討ち果たせた達成感に包まれている。

 他の二人も数秒遅れてアランの元に集まる。四人が一箇所に集った形となったが、自爆したクリムトの姿は無い。


「やったな、アラン! 最強と呼ばれた魔王を、俺達の手で倒したんだぜ!!」


 バルザックが歓喜の言葉を漏らしながらアランの肩をバシバシ叩く。完全に魔王は死んだと考えており、彼の死を疑う余地は一ミリも無い。


「クワーーーーッ、カッカッカッ!!」


 空を飛んでいたタカが、勝ち誇ったように笑いながら地上へと降り立つ。ザムザが右手を正面に差し出すと、彼の手にフクロウのようにまる。状況監視係であると思われた鳥も、魔王は死んだと確信したようだ。


「……アイツの形見じゃ」


 ツェデックがそう言いながら、手に持っていた何かをアランの前に差し出す。

 アランが受け取ると、それはクリムトが装備していた神速の腕輪だった。表面がひそかに焦げていただけで、しっかりと原型をとどめている。僧侶が跡形もなく吹き飛んでも、これだけは残っていたようだ。


 アランはこころざしを継ぐようにコクンとうなずいて、腕輪を左の二の腕に装備する。装備品の効果が発動したように腕輪が一瞬だけ赤く光る。


 魔王の死に疑いを抱いたのは勇者一人だけだ。他の三人は彼が死んだと確信している。

 アランは自分の中に湧き上がった違和感を他の仲間に言うべきかどうか迷ったが、違和感に何の根拠も無い事、もし魔王が死んだフリをしたなら他の仲間が気付くだろうと考えた事、戦勝ムードを壊したくない思いから、胸の内にしまっておく事にした。


 剣をサッと横に振って刃に付着した血を払ってれいにすると、さやへと納める。


「では帰るとしようかの」


 戦いの終わりを確信したツェデックが神殿への帰還を提案する。


「……ああ」


 アランがものげな表情を浮かべて言葉少なげにうなずく。

 ツェデック、バルザック、ザムザの三人は神殿のある方角へと徒歩で歩き出し、アランは彼らに数秒遅れる形となって、パーティの最後列を歩く。


「……」


 魔王の死を確かめるようにチラッと後ろを振り返る。血痕が付着した地面を数秒間眺めたが、何かが起こる気配は感じられない。魔力が動いた形跡も無い。ただ地面がそこにあるだけだ。


(……取りし苦労だったのか?)


 魔王が姿を現す気配が無いのを見て、アランは余計な不安を抱き過ぎたのではないかと考えるようになる。相手の思わせぶりな態度に乗せられて、する必要の無い心配をしたのではないか……そう自分に言い聞かせる。


 またも足を止めたため、三人との距離が大きく開いていた。このままでは置いてけぼりにされると考えて、違和感を胸の内にしまっておいて、仲間の後を追いかける。


 そうして一人の仲間を失いながらも魔王を討ち果たした勇者一行は、戦場を後にするのだった。

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