第198話 異世界の勇者パーティは神と対面する
ミカエルに案内されるがまま歩き続けた勇者一行……やがて神殿の最奥にある玉座の間へと辿り着く。
礼拝堂のような広さがある大広間……そのレッドカーペットが敷かれた中央最奥に椅子が置かれており、一人の男が片肘をついて大股開きになりながら座る。
「第八世界の勇者達よ……よくぞ我が元へと集まってくれた。我が名はヤハヴェ。この世界の神にして、人類全ての創造主……そして汝らをこの場に呼ぶよう命じた者なり」
スカートを穿いた鉄仮面の騎士が椅子に座ったまま自己紹介する。勇者パーティを異世界に呼んだ張本人である事実を告げる。
来訪者が目の前に現れても椅子から立ち上がったりしない。けだるそうにリラックスした姿勢のまま話す姿はとても偉そうだ。絶対的権力を有した皇帝のような雰囲気を漂わせる。
「はっ! 我らが主なる神よ! この場にお招き頂いた事、深く感謝いたします」
アランが丁重な言葉を発して跪く。椅子に座った大柄な騎士を人類の創造主だと認めて、素直に尊敬の念を抱く。
アランが跪くと、他の四人も彼の意に従うように跪く。五人の男達が神の前にひれ伏す。
「おお我が主ヤハヴェ……私は貴方様に信仰を捧げる身にございます。このたびは御姿を拝謁する機会をお与え頂いた事、感激の念に堪えませぬ」
クリムトはただ頭を下げるだけに飽き足らず、神に会えた喜びを言葉で伝える。ヤハヴェを信仰する宗教の僧侶だったらしく、信仰対象と直に対面できた感動に身を打ち震わせた。
「フム……」
ヤハヴェが満更でもなさそうに頷く。異世界から召喚した勇者に崇敬の念を抱かれた事に、悪くない気分になる。信仰を捧げられた満足感に浸る。
「……ん?」
彼らの顔を見渡して、ある異変に気付く。五人の中で一人だけ、他とは違う気配を漂わせる者がいた。敵意とも憎悪とも異なる、喜びの感情を漂わせる者が。
(神サマ……やはりタダモンじゃねえ。こんだけ離れた場所からでも、魔力がビンビンに伝わりやがる)
背丈二メートルの筋骨隆々とした男、狂戦士バルザックが下を向いたままニヤリと笑う。宇宙最強の創造主から発せられた魔力を感じ取り、そのオーラの凄まじさに胸を躍らせた。
ヤハヴェは普通の人間には目視できない程度に魔力を抑えていたが、それでも内側に秘められた力は相当のものだ。バルザックはそれを知覚した。
(……戦ってみてえぜ)
そんな言葉が狂戦士の頭をよぎる。良くない事だと分かっていても、自分を抑え切れない。
「戦ってみるか? この我と……」
男の心情を見透かしたのか、ヤハヴェが誘いの言葉を掛ける。仮面の奥の素顔がニヤリと笑ったように見えた。
「よさぬか、バルザック! 神に剣を向けるなど、本来なら極刑に値する大罪なるぞ!!」
同僚が神に挑みたい衝動に駆られたと知ってクリムトが狼狽する。彼からすれば信仰対象に斬りかかるなど地獄に落ちるレベルの大罪だ。そんな事をさせてはならないと慌てて止めようとする。
他の三人も一瞬驚いた顔をして場が騒然となる。神を怒らせたら大変な事になるのではないか……そんな考えが頭をよぎる。
「よい……神に剣を向ける無礼、一度までなら赦そう」
ヤハヴェが男の野蛮な企みを広い心で許す。戦いを挑まれた事に怒る様子は微塵もなく、それも面白いと言いたげに乗り気な態度を取る。
さすがに椅子に座ったままでは失礼だと感じたのか、ゆっくりと立ち上がって数歩前へと進む。ピタリと足を止めると、腕組みしたままふんぞり返るように仁王立ちする。その姿勢のまま相手が斬りかかってくるのを待つ。
「……ありがてえ」
バルザックが自分のわがままを聞いてくれた神に感謝する。即座に立ち上がると背中の剣を鞘から抜いて、両手で握って構える。スゥーーッと息を吸い込んで気持ちを落ち着かせると、前方に向かって猛然とダッシュする。
「おらぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」
喉が割れんばかりの絶叫を発すると、バスタードソードを水平に振って神に斬りかかろうとする。ビュオンッと風を切る音が鳴り、重さ数十キロはありそうな鉄の塊が豪快にスイングされた。
ドラゴンの皮膚を容易に切り裂く威力の剛剣は、神から十センチほど離れた空間でビタッと止まる。そのまま微動だにしない。
「何ッ!?」
正体不明の魔力で止められた事にバルザックが驚愕する。いくら腕に力を込めても剣はそれ以上先に進む事ができず、その場に止まった状態となる。まるで透明な壁が目の前に存在するか、もしくは目に見えない巨人の手で遮られたかのようだ。
「人の身にありながらここまで我に近付けた事は褒めてやろう……だが」
ヤハヴェが自身と十センチの距離まで間合いを詰められたバルザックの強さを称賛する。並みの力量ではここまで接近する事自体が難しく、それを成し遂げた狂戦士がかなりの強者だった事実が読み取れた。
「……ふんッ!!」
神の両目がカァッと眩い光を放つと、バルザックの体がバァンッ! と大きな音を立てて後ろに弾かれた。ドラゴンの尻尾でビンタされたような、圧縮した空気の塊をぶつけられたような、破壊力のある一撃だ。
「うおおおおおおおおおおッッ!!」
強い衝撃で吹き飛ばされたバルザックの体がポーーンと宙に舞い上がる。熊のような大男は地べたに叩き付けられると横向きにゴロゴロと転がっていき、最後は手足を大の字に伸ばしたまま仰向けに倒れる。吹っ飛ばされた拍子に剣を手から放してしまう。
「ヤハヴェは何もしていない! ただ棒立ちのまま待ち構えただけだッ! にも関わらず剣が止められるとは……これは一体どういう事だ!?」
それまで沈黙を貫き通していたザムザが驚きの言葉を発する。防御魔法を唱えた形跡が無いのに神が男の一撃を防いだ事実に困惑した。
「我に近しい強さを持つ者ほど、間合いを詰められる……だが同じ強さが無ければ直接触れる事は叶わぬ。これぞ天界の神が纏いし結界なり……」
ヤハヴェが男の攻撃を防いだ原理について語る。自身の周囲に永続的な結界が張られており、拮抗した実力の持ち主でなければ物理攻撃を当てられない事実を明かす。バルザックは残念ながらその域に達しなかったようだ。
「どうする、狂戦士よ。まだやるかね?」
神が地べたに倒れた男に戦う意思があるかどうかを問う。
「いや……まいった。俺の負けだ。俺なんかじゃ百回逆立ちしてもアンタに勝てねえ事が、よく分かったぜ」
大の字に倒れていたバルザックがムクッと起き上がる。敗北を認めた意思を伝えると、自分の弱さを情けなく感じたのか、恥ずかしそうに下を向いたまま頭を手でボリボリと掻く。
神に返り討ちに遭いはしたものの、大きく負傷した様子は無い。
「ありがとよ……俺なんかのわがままに付き合ってくれて。アンタ案外いい神サマだぜ」
自身の好奇心を満たしてくれた神に対する感謝の気持ちを口にした。
他の四人は事態が大事にならず終息した事にホッと一安心する。最悪死人が出る事になるかもしれないと覚悟はしていた。それが杞憂に終わった事に深く安堵する。
「フム……では改めて本題に入るとしよう」
ヤハヴェは数歩後ろに下がると再び玉座に座る。今度は大股開きにならず、背もたれに寄りかかったまま左右の肘掛けにそれぞれの手を乗せる。ようやく話を進められるからか、最初よりも真剣な雰囲気を漂わせる。
「勇者アラン、並びにその仲間達よ……汝らは魔竜王ヴェルザハークを倒して第八世界を救った。にも関わらず正体不明の巨大隕石が海に落下して、それにより起きた大津波が世界の全ての陸地を飲み込んで、生命は死に絶えた……」
これまで起こった大まかな出来事について話す。勇者達が元いた世界を救ったにも関わらず、大きな災厄が起きて世界が滅んでしまった事を明かす。
「汝らもその時一度は命を落とした……そして我の手により蘇生させられて、この場へと呼ばれたのだ」
彼らが災厄によって命を落とした事、神に新たな命を吹き込まれて第七世界に召喚された事……それらの事実を伝える。
「召喚した折、この世界で起こった出来事を一通り汝らの記憶にインプットしておいた。だから知っているだろうが、我が計画を邪魔立てする不届きな輩がいる。その者の名はザガート……異世界から来た魔王」
説明の手間を省くためか、これまでの話の流れを勇者パーティの脳内に流し込んでおいたと伝える。それが本当であるならば、神が身勝手な理由で人類を滅ぼそうとした事も、魔王が素晴らしい性格の持ち主だという事も、彼らは全て知った事になる。
「汝ら勇者に命じる……魔王ザガートを抹殺せよ! 我に逆らう極悪非道の輩を亡き者とし、我が計画の成就に力を貸すのだ! もしそれが成し遂げられたならば、隕石が落下した事実を無かった事にして、汝らの世界を滅びる前の平穏だった時間へと戻す事を約束しよう!!」
正面に右手をかざして魔王討伐を命じる。任務を遂行した暁には滅亡した彼らの世界を再生させる事を報酬として約束する。
「勇者アランとその仲間達よ! 今一度悪しき魔王を倒して、汝らの世界に平和を取り戻すのだ!!」
椅子から立ち上がると、両腕を左右に広げたポーズしながら勇者として使命を果たすよう高らかに命じるのだった。
「魔竜王ヴェルザハークは、アザトホースと互角に渡り合える竜……ザガートはそのアザトホースを倒している。だがお前達なら彼奴を確実に仕留められると……我はそう確信している。だからこそお前達を呼んだのだ」
最後は再び椅子に座り、片肘をついて大股開きになると、勇者パーティが討伐した竜が大魔王と同じ強さだという事、彼らならザガートを仕留められると考えた事……それらを述べて話を終わらせた。
「……はっ! この勇者アラン、必ずや異世界の魔王を仕留めてご覧に入れます!!」
アランは一瞬躊躇したのち、魔王討伐の依頼を快諾する。神の敵となった男を仕留める事を強い口調で約束するのだった。
神から与えられた使命に疑問が無かった訳ではない。神が悪人だという事、ザガートが善人である事……それらの情報は嘘偽りなく彼らの記憶にインプットされたのだ。
だが討伐の報酬には自分達の世界の再生が掛かっている。依頼を果たさなければ、元いた世界は滅びたままだ。数十億の人間は死に絶え、自分達には帰る場所すら無い。
もはや善悪にこだわる余地など無く、自分達の世界を救うために、他の世界を滅ぼさねばならない……勇者はその非情な決断を現実として受け止めるのだった。




