第197話 異世界の勇者降臨
神殿の入口からそう遠く離れていない場所……開けた空間にあるエントランスホール。その石床に大きな円形の魔法陣が描かれており、三人の若い女性が陣を囲むように配置していた。女性達はミカエルより年少らしい容貌をした天使であり、彼女の配下と思われた。
三人は陣の四隅のうち三ヶ所に一人ずつ配置しており、残り一箇所が空いている。
「……では召喚の儀式を行うとしましょう」
ミカエルがそう言葉を発しながら、神殿の奥からズカズカと歩いてくる。残り一箇所の空いたスペースへと立つ。
彼女の言葉に三人が頷くと、四人の天使は頭上に両手を高く掲げながら、神殿の遥か高みにある天井を見上げる。
「イルザザーム・ギルザザーム・ギルファドム・ディスヘイム……宇宙の因果律よ、我が呼びかけに応じよ。第八世界の勇者を、この地に降ろさせたまえ……かぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」
四人が詠唱のような言葉を叫ぶと、魔法陣の真上にある天井から青く光る雷が落ちてきて、魔法陣の中央にある石床を撃つ。大きな爆発音が鳴り響いて、辺り一面が眩い光に包まれた。
……光が収まって視界が開けると、魔法陣の中央に五人の男がいて、目を瞑ったまま膝をついていた。男達は瞼を開くとゆっくりと立ち上がる。
「第八世界の勇者達よ……ようこそ異世界へ」
ミカエルが五人の男にニッコリ笑って呼びかける。
その男達は異世界から呼ばれた勇者パーティだ。
詳細は以下の通り。
異世界最強の人斬り……『鷹の目のザムザ』
江戸時代の浪人のような着流しを着た、五十代半ばの痩せ型の男性。足には草履を履いており、頭には托鉢僧のような藁を編んだ笠を被る。顔の上半分が笠で隠れており、目元が見えないようになっている。
一振りの日本刀が鞘に収まったまま左腰に挿してあったが、幾多の魔物を屠っただけあって、ただの刀では無さそうだ。
常に正面に右手を差し出しており、そこに一羽の鷹が停まっている。彼のペットのようだ。
異世界最強の狂戦士……『竜殺しのバルザック』
背丈二メートルほどある筋骨隆々とした大男だ。歳は三十代半ばほどか。黒のタンクトップを着て、紺のジーンズと金属製のブーツを履く。バスタードソードと呼ばれる大剣を鞘に納めたまま背負っており、胴に斜めに巻いたベルトで固定している。ちなみにバスターソードではない。
長くて赤い髪は虎の毛のように逆立っており、目はギロリとして、常に邪悪な笑みを浮かべている。如何にも戦闘狂だと思わせる風貌は、ヒト族でありながら『鬼』と呼びたくなる。
異世界最強の魔法使い……『大魔道士ツェデック』
帽子を被って裾の長いローブを着た、ごくありふれた風貌の魔法使いだ。歳は八十代くらいに見え、長くて白い髭を生やし、右手には木製の杖を持っている。体型は痩せていたが、足腰が不自由という訳ではなく、背筋も曲がっていない。
かなり高名な魔法使いだと思われたが、常にニタニタとスケベそうに笑っており、見る者に知的な印象を与えない。
異世界最強の僧侶……『クリムト大司教』
高位の聖職者であると思しき衣を着た高齢の男性だ。髭は生やしておらず、常に温和でニコニコしている。体型は大柄で太っていたが、恰幅の良さを思わせるものがあり、かえって威厳がある。
首からは太陽を模した首飾りをぶら下げており、武器は持っていない。ツェデックより知的な印象を見る者に与える。
異世界最強の勇者……『アラン』
二十二歳くらいの見た目をした黒髪の男性だ。額には赤いバンダナを鉢巻のように巻いており、首から下はキラキラ輝く白銀の鎧を纏っている。鎧の上には赤いマントを羽織る。
片手で振り回すロングソードのような剣が、鞘に納まったまま左腰に挿してある。盾は装備していない。
歳の若い男性ではあったが、顔付きはキリッとしており、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた頼もしさが感じられる。青臭さや未熟さは見られない。
……以上が異世界から呼ばれた勇者パーティだ。
五人はいずれも歳の行った男性であり、若い女性はいない。若者と呼べるのもアラン一人だけで、それ以外はむさ苦しいオッサンと老人だけだ。だがそのむせ返るほどの男臭さこそが、彼らが歴戦の猛者だと思わせるのに一役買っている。
「我が呼びかけに応じて、ようこそおいで下さいました。私はミカエル……神に仕えし天使です。この先で主がお待ちになられています。主の元へと案内しましょう」
ミカエルは頭を下げて挨拶すると、神殿の奥の方へと歩き出す。五人は黙って彼女の後に付いていく。
勇者パーティは神殿の中をぞろぞろと歩きながら、気晴らしに周囲を見回す。しばらく何も言わずただ黙々と歩き続けたが、退屈に耐え切れなくなったのかツェデックが口を開く。
「トホホ……またこの男臭いメンツで戦う事になるとはのう。次こそはカワイイ女の子だらけのパーティで戦いたかったわい」
女っ気が無いパーティである事に不満を漏らす。彼自身は女好きであるにも関わらず、自身の同僚が男しかいない事に深く落胆する。次の冒険ではハーレムパーティに放り込まれる事を期待したらしく、それが叶わなかった形だ。
「神に与えられた仕事とやらをやり終えたら、天使の女子と一発ヤらせてくれんかのう……ヒヒヒッ」
ミカエルの尻を眺めながらニタァッと笑う。性的な褒美を与えられる事を冗談半分で期待しており、神に仕えた天使に敬意を払う様子は微塵も無い。
「これ、エロ爺め。神聖なる神の神殿であるぞ。そのような不徳な発言をするものではない。天罰が下るわ」
クリムト司教が同僚の不用意な発言を叱り付ける。神の聖域を穢すような行いをすれば災いが降りかかると厳しく注意する。
「神サマか……どんだけ強えんだろうな。早く戦ってみてえぜ」
バルザックが宇宙最強の創造主に会える喜びに胸を躍らせた。神がどれほど強いのかを頭の中で思い描いて、期待が膨らんでワクワクが止まらなくなる。一刻も早く神と戦いたそうに体をウズウズさせた。
「……」
ザムザは一言も喋らない。余計な会話は一切しないと言わんばかりに黙り込む。寡黙を貫き通す姿は如何にもプロの暗殺者らしい。
「みんな、いろいろと思う所はあるだろうが……再びこのメンバーで戦える事を心から嬉しく思う。皆俺の大事な仲間だ。元いた世界を救うためにもう一度だけ、みんなの力を俺に貸して欲しい」
アランがメンバーの顔を見回しながら言葉を掛けた。彼らに強い仲間意識を持っている事を伝えて、これからの仕事を一緒にこなしてくれるよう頼む。
アランの言葉に他の四人がコクンと頷く。異論を挟む者はいない。皆が彼の言葉に素直に従う。
五人はパッと見、まとまりが無さそうに見えるチームだ。年齢も境遇もバラバラで、共通項を見出せない。アランとクリムトは正義の為に戦ったとしても、他の三人は利己目的でしか動きそうにない。
そんな連中が、メンバーの中で一番の年少者の言葉で一つにまとまる。それだけで勇者がどれだけ信頼されているかが分かる。彼は個性派揃いの曲者を束ねるリーダーなのだ。
五人は雑談をそこそこにしながら、ミカエルの後に付いていくのだった。




