第195話 村人は神の仕打ちに激怒する
……ザガート達はソドムの村があった場所へと向かう。神による第二撃があるのではないかと警戒したが、今の所それが行われる気配は無い。
爆心地へと辿り着くと、大きな爆発があった事を示すクレーターが目の前に広がるだけだ。そこにあったのは渇いた大地の砂だけで、村があった痕跡を示すものは何も無い。木も、建造物も、人も、全てが跡形もなく吹き飛んでしまっていた。
「どうするんだ? ザガート。さすがに死体すら残ってないんじゃ、蘇生は難しいと思うが……」
レジーナが今後の方針について問いかける。村人が塵も残らず消えてしまった惨劇を目の当たりにして、彼らを生き返らせるのは不可能かもしれないと諦め顔になる。
「心配ない。たとえ死体が残っていなかったとしても、死後十二時間が経過していなければ、俺なら生き返らせられる」
魔王が案ずるなと言いたげに言葉を返す。塵も残らず分解させられたとしても、自身の魔力であれば蘇生可能であると告げる。あくまで彼が蘇生させられないのは、死亡から半日が経過した魂だけなのだという。
「我、魔王の名において命じるッ! 汝の傷を癒し、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術ッ!!」
両腕を左右に広げて天を仰ぐようなポーズを取ると、蘇生の呪文を高らかに叫ぶ。すると天から白い光が無数に降り注いで、村があった地面へと落ちていく。
光が落ちた場所にはかつて死体があったのか、光は次第に大きくなっていき、人の形を取っていく。光が消えてなくなると、五体満足な状態の人が、生前と同じ服を着たまま地面に倒れていた。
「ううっ……俺は一体」
意識を失っていた村人がゆっくりと目を開ける。最初に生き返った村人が目を覚ますと、他の村人も次々と意識を取り戻す。数百人いた村人は全員が生き返った形となり、一人の犠牲者も出ない状態となる。それどころかペットの犬や猫、家畜の牛やニワトリまでも生き返る。
ただ蘇生術では建物までは修復できないため、彼らは砂漠の荒野に投げ出されたままだ。
彼らは起き上がって周囲を見回したが、何が起こったのか把握できていない。爆発の閃光に呑まれて意識が途絶えた彼らは自分が死んだ事も、生き返った事も理解できない。目の前から急に村が消えた事実を目の当たりにして、途方に暮れるしかない。
「魔王様、これは一体どういう事なのでございましょう?」
村長のバーラが、不思議がるように首を傾げながら何があったかを問いかける。
「実は……」
ザガートは一瞬言いにくそうに言葉を詰まらせたが、覚悟を決めて口を開く。神が魔族を差し向けた黒幕だった事、神自ら人類殲滅に乗り出した事、村人が一度は皆殺しにされた事、魔王の蘇生魔法によって生き返った事……それらの事実をありのまま話す。
◇ ◇ ◇
「……チクショウ! 神サマだか何だか知らねえが、ふざけたマネしやがって!!」
話を聞き終えて、村人の一人がたまらずに大きな声で叫ぶ。自分達が殺された事実を知らされて、憤激のあまり脳の血管がブチ切れそうになる。神に対する怒りは一向に収まらず、八つ当たりするように地面をドカドカと踏む。
村人からすれば、ザガートがした話は俄かには信じられないものだ。神が人類を滅ぼそうとしたなど、到底受け入れられるものではない。だが彼が嘘を言うはずが無いので、真実として受け止めるしかない。
「何という事だ……」
男性の老人が真相を知らされて愕然とする。この世の終わりを見たような顔しながら、ガクッと膝をついてうなだれた。表情から生気が失われて、全身をわなわなと震わせて、今にもショック死しかねない勢いだ。
「神が俺達を殺そうとしたなんて……」
「もうおしまいじゃ……」
「神が死ねと命じたら、俺達は死ぬしかない……」
「おお主よ! どうか我らをお見捨てにならないで下さい!!」
村人達の口から次々に悲嘆の言葉が漏れ出す。皆の表情が絶望の色に染まり、神に見放された事実に胸が張り裂けそうになる。ある者はそれでも天に向かって祈りを捧げ、ある者は神に人類殲滅を思い留まるよう必死に懇願する。
彼らが縋るべき対象であったはずの神が、彼らを滅ぼそうとした……その事実は何ものにも代え難いものがあった。
「……俺達にはもう祈るべき神も、縋るべきものも、在りはしないというのか」
彼らの中で比較的若い見た目の男性が、失意の言葉を口にした。この先自分達が生き延びる道は無いのだと知らされて、心底落胆する。
「……いるじゃねえか」
最初に激怒した中年の男性が、そう口にしてニヤリと笑う。良からぬ企みをした悪魔のような笑みを浮かべており、思い付いた言葉を早く言いたそうに体をウズウズさせた。
「俺達には魔王サマ……いや、救世主サマがいらっしゃるじゃねえか! 神の裁きで死んだ俺達を生き返らせてくださった、俺達人類の救世主サマがよッ!!」
ザガートの方へと向き直ると、彼を紹介するように両手を向けたポーズしながら、自身の考えを村のみんなに伝える。異世界から来た救世主こそ、神に代わる新たな信仰対象であると高らかに叫ぶ。
「おっ……おおおおおおおっ!!」
男の言葉を聞いて、他の村人達が歓喜の言葉を漏らす。その発想があったかと言いたげに表情が明るくなり、興奮のあまり全身の細胞を打ち震わせた。
「魔王様……我らの新たな神となって下さいませ!!」
「俺達はもう神様には祈らねえ! 魔王様に祈りを捧げる!!」
「おお救世主よ……神の裁きから我らをお救い下さい」
「貴方様こそ、真の神に違いありませぬ」
口々に魔王を神と崇める言葉が飛び出す。彼をヤハヴェに代わる新たな信仰対象とみなし、跪いて祈りを捧げる。神のもたらす滅びから自分達を救ってくれるよう懇願する。
他の町はどうか分からないが、この村にヤハヴェを崇める者などもはや一人もいない。自分に死ねと命じた神に祈る物好きなどいないのだ。
(やれやれ、何とも大きな仕事を任されたものだ……彼らにとっての神になるという事は、信仰を繋ぎ留める為には、期待に応え続けねばならぬのだから)
ザガートは内心面倒な仕事を押し付けられたと困り顔になる。何とも言えない表情しながら頭を手でボリボリと掻く。神と崇められた事への喜びの感情は乏しい。
崇敬の念を抱かれた事に悪い気はしなかったが、大役を任されたプレッシャーは大きい。ともすれば重圧に押し潰されかねない。
それでも神に見放された彼らを放っておけない気持ちがあり、期待に応えねばならぬのだと使命感を燃やす。どのみち英雄の名声に責任感が伴うのは分かっていた。
「何処までやれるか分からないが……やれるだけの事はやってみよう」
自分に出来る範囲の努力をすると、そう村人に伝えるのだった。




