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第193話 神の真意

「……これが楽園追放の真実だ」


 アザトホースが、原初の人類が楽園を追い出された経緯いきさつを語り終える。大まかな流れは同じだが、細かい箇所は聖書の記述と異なっている。


「地上に降り立ったアダムとイヴは子をし、人類の数を増やしていった。やがて人間の数が増え過ぎて第七世界だけに住まわせるには限界があると判断すると、ヤハヴェは第七世界と他の世界を繋ぐゲートを開き、人類に移住をうながさせた。これは一応、他の神の承諾を得て行われた事だ」


 長い年月をて人間の数が長大にふくれ上がった事、それにより神が他の世界への移住計画を推進した事を明かす。


「他の世界に移り住んだ人類は、そこでも数を増やしていった。今、あらゆる異世界に存在するホモサピエンス型の人類は、全てアダムの系譜につらなるものだ。だからヤハヴェは第七世界だけでなく、あらゆる異世界の人類の創造主と呼べるお方なのだ」


 現生人類がアダムの末裔まつえいである事を根拠として、ヤハヴェが全ての人類を生んだ存在だと語る。


(フゥーーム……どの異世界にもホモサピエンス型の人類がいて、共通の言語、共通の文化があるのは、全て同じ起源から生まれていたからだったのか……)


 ザガートは話を聞き終えて、思わず声に出してうなる。眉間みけんしわを寄せて小難しい表情を浮かべたままあれこれ考える。これまで得た情報を頭の中で整理して物思いにふける。


 いわゆるファンタジー異世界は、ザガートが元いた世界とは異なる次元に存在する。にも関わらず全く同じ人類がいた事をこれまで疑問に感じた事は無かった。

 だがゲームの世界ならまだしも、現実の異世界に同じ人類がいた事など普通に考えたらおかしいのだ。宇宙の歴史が完全に同じにならない限り、生物の進化の系譜が同じになるとは考えにくい。げんに第七世界には、現代とは異なる生物が存在する。


 それも神が人類を移住させたからだと考えれば辻褄つじつまが合う。もしそれが無かったら、人類が移住しなかった世界の地球は全く別の生物が支配していたかもしれないのだ。ザガートは異世界に同じ人類がいた理由を知って深く感心する。


『それでその人類の生みの親たるヤハヴェが、なにゆえ第七世界の人類を滅ぼそうと思い立ったのだ?』


 ブレイズが頭の中に湧き上がった疑問を口にする。ヤハヴェが人類の創造主である事は理解したが、肝心の人類抹殺という凶行に至った理由は聞けていない。


先程さきほどの話の中にあっただろう……アダムとイヴが神と契約を交わしたと」


 アザトホースが不死騎王の疑問に答える。契約とは神への信心を失わない事を条件として、人類が生存を許されたくだりの事を指す。


「人類は厳しい自然の中で原始的な暮らしをした時代には、神への信仰を捨てなかった。神を恐れ、うやまい、けいの念を抱き続けた。だが文明が発展して暮らしが豊かになると、神への信仰は薄れ、神をいないものとして扱うようになった」


 人類が自然と共に生きた時代には神への信仰があったが、時代が進むとそれが失われた事を明かす。


「ヤハヴェはただちに人類を滅ぼそうとしたが、ひとまず思いとどまった。そして長い熟慮のすえにこう考えたのだ。文明が発展した事が神への信仰を失わせた要因であるならば、文明を後退させてしまえば、人類は再び神をうやまうようになるのではないか……と。そのために我ら魔族が生み出された」


 神が約束を反故ほごにされたと感じて人類抹殺をくわだてた事、それを取りやめて、魔族に文明を破壊させる計画を思い立った事を伝える。


「……ッ!!」


 アザトホースが発した言葉に、その場にいた者達は心底驚愕した。

 神が信仰を取り戻させるために魔族を生み出し、人類を攻撃させた黒幕だというのだ。

 いくら人類殲滅せんめつを思い留まったとはいえ、神が虐殺の裏で糸を引いていた事になる。

 最初からそうだと分かっていたら、人は神を信仰などしなかっただろう。


 とても愛する我が子に向けたとは思えない、悪魔の仕打ち……真相を知らされて一行は心底ゾッとさせられた。

 レジーナは「今まで私達を騙していたのかッ!」と叫びたい衝動に駆られたが、神がこの場にいないので叫んでも意味がなく、グッとこらえる。怒りに身を打ち震わせたまま、黙って話に聞き入る。


 アザトホースはなおも言葉を続ける。


「我ら魔族は人類を徹底的に攻撃し、蹂躙じゅうりんし、破壊した。文明は旧石器時代のレベルまで後退し、人類の総数は十分の一以下になった。種の存亡の危機に立たされた人類は神に救いを求めて祈りを捧げた。神は人間が信仰を取り戻した事に大いに満足すると、彼らが絶滅しないよう異世界から勇者を召喚し、魔族を討伐させた。およそ千年前の事だ」


 魔族の襲来により人類が絶滅の危機にひんした事、それにより神に救いを求めた事、神が計画の成功を確信して勇者召喚を行った事……それらの事実を語る。


「だが魔族がいなくなって地上に平和が訪れると、人類は再び文明を発展させた。するとまたしても人類は神への愛を失ったのだ。神はもう一度同じ事をしたが、結果は変わらなかった。何度文明を後退させても、人は文明を発展させると神をうやまわなくなる……この事は神を大いに失望させた」


 世界が平和になると同じ歴史が繰り返された事、それが神に深い絶望を抱かせた事を明かす。


「結局人の魂が『知恵』という毒におかされている限り、神への信心を失う事は避けられそうにない……ならばいっそ、今いる人類を根絶やしにして、新たな人類を作り直すしか無いではないか……そう考えるようになった。もう二度と知恵の果実を食わせる事なく、魂をけがされず、いつまでも無垢むくなまま神を信仰し続ける……そんな人類をほっするようになったのだ」


 知恵の果実を食べた現生人類を絶滅させて、新たな人類を作り直す、壮大なリセットを神がもくろんだと語る。


「これまで二度われを倒した勇者はいずれも異世界転移者、あるいは転生者だった。第七世界の現地人の中に我を殺せる者などいなかった。ヤハヴェが勇者召喚を行わなければ、魔族の侵攻を止められる者がおらず、地上から人類は一匹残らず駆逐される……そのはずだった」


 神が勇者を召喚しなければ、人類抹殺計画は容易に遂行される……それがヤハヴェの狙いだったと明かす。


「……まさかこの世界ではなく、異世界の神が勇者召喚を行うなどとは、夢にも思わなんだ」


 ゼウスによる勇者召喚という想定外の事態が起こり、計画が頓挫とんざした事への無念の思いを吐露とろする。声の調子は暗く、「はぁーーっ」とガッカリしたようにため息を漏らす。こんなはずじゃなかった……そう言いたげだ。


 むろん異世界の神が召喚した勇者とは、魔王ザガートの事を指す。


「ザガート……我をからっぽの存在だと言ったな。お前の言う通りだったかもしれない……我はこれまで神に命じられた事を、命じられるがまま、ただこなしていただけだ。自分の意思で成し遂げた事など、何一つとして無い……」


 戦いが始まる前に魔王に言われた侮辱の言葉を、的をた発言だったと述べる。自らを信念も野心もなく、神の命令で動いただけのお飾りでしかないと自虐する大魔王の姿は、何処か物悲しい雰囲気があった。


「何の喜びも感動も無い、神に言われるがまま仕事をしただけの、空虚な人生……それが千年続いた。だがそれもようやく終わる」


 自分の人生が無意味でつまらないものだったと語り、終わりを迎えられる事への喜びを口にした。


「これで知っている事は全て話した……後は煮るなり焼くなり、好きにするがいい」


 話したい事を全て話し終えたと伝えて、今後の自らの処遇をザガートにゆだねる。


「大魔王よ……ここで生き長らえる事は、お前の本意ではあるまい。ならば望み通りにとどめを刺してやるのが、せめてもの情けというもの……」


 ザガートはこれまでの彼の口ぶりから、他ならぬ大魔王自身が死を望んだのだろうと考えて、本人の意思を尊重する事に決めた。

 蜘蛛クモを素手でワシづかみにすると、一思ひとおもいに力を込めてクシャッと握りつぶす。


「魔王……ヅカイ感謝……ス……ル!!」


 アザトホースは感謝の言葉を口にすると、ガクッと力尽きて事切れた。



 ……それは宇宙をべる大魔王であったはずの男の、むなしい最期だった。

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