第186話 復活した四人の幹部達
他の仲間がザコの魔物軍団と戦っていた頃、当のザガートは復活した魔王軍の幹部と睨み合っていた。
両者は十メートルほど距離を開いたまま一歩も動かない。その状態のまま牽制するように相手をじっと見る。
デス・スライム、ギルボロス、ワルプルギス、アビスウォーム……かつて魔王に倒された四体の幹部が横にズラッと並ぶ。彼らは皆顔をニヤつかせており、「ヘヘヘッ」「ヒヒヒッ」と声に出して下卑た笑いをする。自分を殺した相手に恐れを抱く様子は微塵もなく、再戦の機会を得た喜びに胸を躍らせたようだ。
「……俺に負けた連中が、ガン首を揃えてノコノコと現れるとはな。もう一度俺に殺されに来たのか?」
ザガートが皮肉めいた言葉を吐く。二度と顔を見たくない連中が目の前に現れたのが相当気に入らなかったらしく、見るからに嫌そうな顔しながらフゥーーッとため息を漏らす。何度やっても結果は同じだから大人しく魔界に帰れと言いたげだ。
「フンッ、ソウヤッテ勝者ヅラシテイラレルノモ、今ノウチダケダゾ……」
四人の真ん中に立っていたデス・スライムが血気盛んな台詞を吐く。テンション低めの魔王とは対照的に、一刻も早く相手を殺したそうに体をウズウズさせた。
「今度死ヌノハ……貴様ノ方ナノダカラナァッ! ザガートォォォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!」
死を宣告する言葉を発すると、大声で叫びながら相手めがけて駆け出す。大地に足が付いたままスゥーーッと床を滑るように移動して、グワッと大きく全身を広げたまま魔王を丸呑みにしようとした。
「ザ・ウーラザザ・ヘーゲルゲー・デューカイム・ゲッヘル……」
魔王が両手を組んで人差し指を垂直に立てて、怪しげな呪文を唱え出す。
「永久に溶けぬ氷の檻に幽閉されよ……氷結監獄葬ッ!!」
長い詠唱を終えるとスライムの周囲の気温が急激に下がりだし、大気中に含まれた水分がビキビキと音を立てて凍りだす。スライムの体表面のあちこちに分厚い氷の膜が生まれて、それが瞬く間に全身へと広がっていく。
「ナッ……馬鹿ナァァァァァアアアアアアアアッッ!!」
一瞬何が起こったか訳が分からず悲鳴を上げた瞬間、魔物の体が巨大なガラスのような氷に覆われた。生命活動を停止させたのか、氷が頑丈すぎて破れないのか、魔物はピクリとも動かない。氷の檻に閉じ込められたままマネキンのように固まる。
「アスタロトとの戦いで習得した凍結魔法……もし最初から使えていたら、余計な手間を費やさずに済んだのだがな」
敵を無力化した氷の呪法についてザガートが解説を行う。アスタロトに使われた技を見よう見まねで覚えた事、デス・スライムとの初戦時には習得していなかった事、それにより回りくどい手段を取らねばならなかった苦悩を明かす。
魔王は話を終えるとズカズカと早足で歩いていって、氷漬けになったスライムの前まで来て足を止める。動けなくなった相手を侮蔑するような目で見る。
「フンッ!!」
喝を入れるように一声発すると、右足による渾身の回し蹴りを放つ。靴を履いた男の足がドガァッと激突すると、スライムを閉じ込めた氷がガシャァァーーーーンッと音を立ててガラスのように脆く砕けた。
二十を超える氷の破片がバラバラと床に散らばって、細かい雪の結晶が辺りに降り注いで美しい光景を醸し出す。魔法の効果が切れたのか、氷は瞬く間に溶けた水となって床に広がると、水蒸気となって蒸発する。
スライムは本体である核を破壊されたのか再生する気配がなく、水と一緒に蒸発して跡形もなく消え失せる。後には何も無いただの床だけが残された。
「キッ……貴様ァァァァァアアアアアアアアッッ!!」
仲間を倒された事にアビスウォームが激高する。さっきまであった余裕は一瞬で吹き飛び、何としても仲間の仇を討たんとする怒りに包まれた。腹の底から湧き上がる憤激を声に出してブチまけると、ザガートめがけて突進する。
ドドドッと大きな音を鳴らして大地を揺らしながら移動し、バックリと十字に割れた口を開けたまま魔王を丸呑みにしようとした。
「穢れた魂よ……地獄の炎に焼かれて、己が罪を贖えッ! 奈落門ッ!!」
ザガートが間髪入れずに次なる魔法を唱える。両手で印を結んで呪文の言葉を叫ぶと、アビスウォームの背後に巨大な鉄製の両開きの扉が出現する。扉がギィィーーーーッと音を立てて開くと、向こうに灼熱のマグマが煮え滾る地底のような世界が広がる。
地底世界は周囲の空気を掃除機のように吸い込みだす。吸い込みの風をまともに受けて、アビスウォームの体がジリジリと後ろに引き寄せられる。
「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
断末魔の悲鳴を上げた瞬間、紫のミミズが扉の向こうへと吸い込まれた。魔物を完全に飲み込むと扉はバタンッと音を立てて閉まり、役目を終えたようにスゥーーッと消えていく。
「宝玉を得る目的では使えなかった技だが……今なら心置きなくやれるッ!!」
ザガートが敵を無力化した事に気を良くした。死よりも大きな苦痛を与えられた喜びで晴れやかな気持ちになる。
奈落門は対象を生かしたまま地獄送りにする技だ。とどめを刺さなければ十二星座の宝玉が手に入らないため、これまで魔王軍の幹部相手では使えなかった。だが宝玉は既に入手済みであり、今彼らを倒して得るものなど何も無い。正に再生幹部だからこそ使えるようになった奥の手だ。
「青キ光ヨ、雷撃トナリテ我ガ敵ヲ薙ギ払エッ! 雷撃龍嵐ッ!!」
ギルボロスが正面に右手をかざして攻撃呪文を唱える。魔神の手のひらがバチバチッと音を立てて放電すると、そこから青く光る一筋の雷が魔王に向けて放たれた。
「汝より放たれし力、呪詛となりて汝へと還らん……魔法反射ッ!!」
ザガートは両手で印を結んで反射の術式を唱える。半透明に青く透けたガラスのようなバリアがドーム状に張り巡らされて、男をスッポリと隙間なく覆う。
雷撃は障壁にぶつかると、飛んできた方向へと跳ね返された。そのまま術の唱え主である魔神を直撃する。
「アババババババババッ!!」
凄まじい破壊力の高圧電流にその身を焼かれて、ギルボロスが奇声を発して身悶えする。最後は全身黒焦げになりブスブスと白煙を立ち上らせたまま手足をグッタリさせた。完全に疲れ切ったように動かなくなる。
ザガートは今が絶好の好機とみなし、ぴょーーんとジャンプして魔神の頭に乗っかる。そのまま相手の背中に回り込んで、首に両手を回す。
「フンッ!!」
両腕に力を込めると、魔神の首を一思いに捻る。首が横に九十度回った瞬間ゴキッと骨が折れた音が鳴る。
「……ッ!!」
魔神が白目を剥いて口をポカンと開けたまま息絶えた。開きっぱなしの口から涎がダラダラと垂れ落ちる。ザガートが離れると魔神は前のめりに床に倒れて、物言わぬ肉の塊となる。
「ハラワタヲ ブチ撒ケテ死ヌガイイ! 死光線ッ!!」
四番手の幹部となったワルプルギスが魔王に人差し指を向けながら攻撃呪文を唱える。指先に魔力と思しき紫の光が集まっていき、凝縮されて小さな光になると、そこから一筋の光線が放たれた。
光線は目にも止まらぬ速さで魔王めがけて飛んでいく。
「フンッ!!」
ザガートは小馬鹿にするように鼻息を吹かすと、自身に迫ってきた光線を素手で弾き返す。防ぐための防御魔法すら使用しない。
「悪しき魂よ……聖なる光に焼かれて浄化せよッ! 不死破壊ッ!!」
魔女の攻撃を防ぐと即座に反撃へと転じる。相手に手のひらを向けたまま呪文の言葉を叫ぶと、魔王の手のひらから金色に輝く極太レーザーのような光が発射された。
レーザーは魔女を直撃すると、巨大なオーラのような光に包み込む。そのまま彼女の体を秒速で破壊する。
「ウギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
浄化の光にその身を焼かれた魔女が、部屋中に響かんばかりの絶叫を発する。手足の指先から粒子状に分解されていき、十秒と経たないうちに全身を分解され尽くすと、塵となって空しく大気へと散っていった。
(少女と指輪で契約していなければ、こんなものか……)
魔女の無惨な死に様を見届けて、魔王が落胆したようにため息を漏らす。以前あれだけ苦戦させられた敵があっさり死んだ光景を見て、拍子抜けを通り越してガッカリした気持ちにすらなる。
少女の力が無ければ、ザコの魔物と大差ないではないか……そう思わされた。
かくして復活した魔王軍の幹部は誰一人として魔王に深手を負わせられないまま、全員が蹴散らされた。
……復讐を遂げるために復活したはずの彼らの、それはあまりにあっけない散り様だった。




