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第185話 オークロードと女騎士

 ……しばらくルシルに任せきりにしていた二人であったが、やがてふと冷静に立ち返る。このまま彼女一人にばかりザコの掃除を押し付けてはいけないと思い直して、自分達も戦いに加わるべきだと考える。


 今後の方針が決まると、二人は魔物の大群めがけて走り出す。敵軍のただ中へ入ると、武器を振り回して目の前にいる敵をズバズバ斬っていく。

 いくらルシルの戦い方にドン引きしたと言っても、純粋な戦闘力は女騎士とくノ一の方が上だ。太刀打ちできる魔物などいない。


 一体、また一体と魔物の数が減っていき、当初百五十体いた魔物の数が半数以下となる。このままなすすべなく蹴散らされて全滅するかに思われた時……。


「女騎士レジーナッ! 貴様に決闘を申し渡す!!」


 最後尾に控えていたオークロードが突如勇ましく気勢を発しながら正面へと駆け出す。名指しで王女の名を呼ぶと、進行ルートにいた魔物をドカドカと力ずくで押しのけながら進んでいき、魔物達の最前列へと出る。

 王女の前に立つと両手で握った槍を高々と振り上げて、彼女めがけて振り下ろす。王女は右手でつかを握ったまま左手で剣の側面を支える構えを取り、振り下ろされた槍の先端を受け止める。ギィンッ! と鈍い金属音が辺り一帯に鳴り響き、室内の空気がビリビリと振動する。


 両者は槍が止まった状態のまま全く動こうとしない。互いに相手を力で押し切ろうとしたものの、両者の力はほぼ互角のようで、どちらか一方が相手を押す状況におちいらない。武器を握る腕にギリギリと力を込めても敵は微動だにせず、戦況は膠着こうちゃく状態となる。


「王女様っ!」

あねさんッ!!」


 仲間が苦戦している状況を見て、二人が心配するあまり言葉を掛けた。もし彼女一人で倒せない相手であれば、自分が助太刀に向かわなければ……そんな考えが少女達の頭をよぎる。


「二人とも、心配はらないッ! オークロードの相手は私一人で十分だッ! 私がこいつを引き付けている間に、二人は残りのザコを片付けてくれ!!」


 レジーナが槍を受け止めた状態のまま言葉を返す。敵のリーダーの注意を自分に向けている間に、人型のザコモンスターを殲滅せんめつするよう頼む。

 二人は一瞬迷った表情を見せたものの、仲間の覚悟を無駄にできないと考えて目の前の敵との戦いに意識を集中させる。


「フンッ、余裕だな……素直に仲間の力に頼ればいいモノを。こんな所で意地を張るとは、馬鹿な女だ」


 オークロードが王女の覚悟をあざける。多人数で挑めば楽勝だったのに、あえてそうしなかった彼女の判断を、くだらない強がりをしたとののしる。


「……意地ではない」


 王女がそう口にしてニヤリと笑う。決して考え無しに行動したのではない余裕に満ちた笑みが表情に浮かぶ。


「本気で勝てると……そう思ったからだ! でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」


 勝算があった事を大きな声で告げると、のどが割れんばかりの雄叫びを発しながら両腕に力を込める。すると女の細腕の何処にそんな力があったのか、オークロードの槍がみるみる押し返されていく。気迫によって馬鹿力が呼びまされたのか、王女が剣をグイッと押した瞬間オークの体がフワリと宙に浮く。そのまま豚頭の巨体が放物線を描くように後ろへと飛んでいく。


「ウオオオオオオッ!!」


 思わぬ反撃にオークが悲鳴を上げた。一瞬何が起こったのか全く理解できず、受身が取れないままドスゥーーーンッと地べたに落下して尻餅しりもちをつく。落下の衝撃で床がグラグラと揺れて、豚頭の尻に強打した痛みがジーーンと広がる。肉体の痛みと精神的な動揺があり、すぐには起き上がれない。


「オークロードッ! この勝負、私の勝ちだッ!!」


 レジーナが勝利を確信した台詞セリフを吐きながら敵に向かって駆け出す。相手が咄嗟とっさに動けないのを見て絶好の好機とみなし、体勢を立て直す前に追い討ちをかけようともくろむ。


「おのれ小娘ぇっ! まだだ! まだ終わらんぞぉぉぉぉおおおおおおッ!!」


 オークが怒声を発しながら慌てて立ち上がる。気力によって自らを奮い立たせると、槍を両手で握って戦闘の構えを取る。


「ヌゥゥゥゥォォォォォォオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」


 腹の底から絞り出したような雄叫びを上げると、槍による高速の連撃を放つ。目にも止まらぬ速さで繰り出された突きが、ヒュヒュヒュンッと音を鳴らしながら王女へと迫る。一撃の重さを捨てて数に任せた機関銃のような攻撃だ。


「うぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーッ!!」


 王女も負けじと大声で叫びながら剣を盾代わりにして相手の攻撃を弾く。刃の側面に槍の先端がぶつかると、ギィンッ! と鈍い金属音が鳴って槍が後ろへと跳ね返される。だがオークは間髪入れず次の一撃を繰り出す。王女がまたそれを弾く。

 秒間十発を超える速さで繰り出された突きを、王女が正確に防ぎ続ける。両者のスピードは互角であり、一撃の防ぎ漏らしも無い。互いの武器がぶつかる金属音がギンギンギンギンギンッとリズミカルに鳴る。それが一分半ほど続いた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「ハァ……ハァ……」


 最後の一撃をガードして王女が数メートル後ろに押された瞬間、それまで続いた攻防がピタリと止む。

 二人とも表情に疲労の色が浮かび、ゼェハァと肩で激しく息をして、ひたいから滝のように汗が流れ出す。ガクガクと手足の震えが止まらなくなり、背筋を曲げてうなだれた姿勢になる。少しでも気を抜いたら前のめりに倒れてしまいそうだ。


 このまま両者のスタミナが尽きて、勝負がお開きになるかに思われた時……。


「うっ……うぁぁぁぁぁぁあああああああああああっっ!!」


 王女が上を向いて背筋を伸ばしながらしっかりと立つ。自身にかつを入れるように大きな声で叫ぶ。剣を両手で握って構え直すと、オークめがけて一直線に走り出す。

 オークも一瞬遅れて体勢を立て直すと、王女めがけて突進する。二つの影が重なり合った瞬間ズバァッと鎧が切り裂かれる音が鳴った――――。




 二つの影は交差を終えてもそのまま走り続けて、互いに数メートル離れあった地点でピタリと止まる。そのまま硬直したようにピクリとも動かない。相手に背を向けて武器を振り下ろした構えのまま数秒間固まる。


 ザコの始末を終えて二人の戦いを見守っていたルシルとなずみがゴクリとつばを飲む。どちらが勝ったか分からない状況にヤキモキする。

 場がシーーンと静まり返り、息が詰まりそうな静寂が永遠に続くかに思われた時……。


「……見事だ」


 オークロードがそう口にしてフッと笑みを浮かべたまま、崩れ落ちるように倒れた。背丈三メートルほどある巨体がズゥーーーンッと音を立てて地べたに倒れ込むと、剣で斬られたと思しき脇腹がバックリと割れて、そこから赤い血がトマトジュースのように流れ出す。オークはピクリとも動かず、立ち上がる様子も無い。


「王女様、勝ったんですね!?」

あねさん、さすがッス!!」


 仲間の勝利を確信したルシルとなずみが歓喜の言葉を漏らしながら王女の元へと駆け寄る。彼女の健闘ぶりを心からたたえて、敵のリーダーを仕留めた勇敢さに尊敬の眼差しを向けた。


「ああ……勝った」


 王女が安堵の笑みを浮かべたまま仲間の問いに答える。少し疲れたような顔しながらも、一仕事を終えた達成感に包まれたようにフゥーーッとため息をつく。ひたいから流れ出る汗が日の光を反射してキラキラ輝く。その表情はスポーツ大会に優勝したような勝利の喜びに満ちていた。


(オークロード……手強い相手だった。いくら身体能力が十倍に底上げされたとはいえ、旅に出たばかりの経験が浅い私では到底かなわなかっただろう)


 レジーナは地べたに倒れたまま起き上がらない豚頭の死体を眺めながら、さっきの戦いを回想する。自分を苦戦させた好敵手の強さに敬意の念を抱くと同時に、これまで積み重ねた経験が決して無駄にならなかったと思いをせるのだった。

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