第183話 大広間に集う魔物達
ガーゴイルの彫像が並ぶ回廊を抜けたザガート達……大広間と思しき開けた空間へと出る。
そこは学校のグラウンドくらいの広大なスペースがある部屋で、ダンスホールにうってつけの場所だ。天井は背丈六メートルの巨人がジャンプしても届かない高さにある。
天井にはシャンデリアが飾られてあり、部屋の中央にはレッドカーペットが敷かれている。カーペットの左右にやはりガーゴイルの彫像がズラッと並んでおり、絨毯の最奥に大魔王の部屋へ通じると思しき大扉がある。
中央の大扉の左右に、それより一回り小さな扉が一つずつ配置されている。
部屋の中にザガート達以外に人の姿は無く、シーーンと静まり返る。今の所敵が襲ってくる気配は感じられない。
このまま何事もなく済めば良いのだが……一行がそう思いながら数歩前へと進んだ時。
「……ムッ!!」
異変を察知したらしきザガートがピタリと足を止める。他の仲間達も彼に合わせるようにそれ以上は先に進まない。
直後大扉の左右にある鉄製の扉がギギギッと音を立てて開き、そこから魔物の大群がワラワラと出てきた。右の扉からは人と同じサイズの魔物が、左の扉からは竜のように大きな魔物が出てくる。
それだけではない。大広間の中にあったガーゴイルの彫像が、命を吹き込まれたように独りでに動き出す。仲間の進軍に呼応して戦闘モードに入ったようだ。
そして最後に中央の大扉が開き、そこから四体の大きな魔物が出てくる。
「……ッ!!」
大扉から出てきた魔物を見てザガートがサッと目の色を変えた。信じられないものを見たと言いたげに驚いた顔をする。
それもそのはず、魔王は彼らの姿に見覚えがあった。
大広間に集まった魔物は以下のようなものだ。
黒装束を着た屍人の忍者……ナラク・ニンジャ。
白のローブを羽織って杖を手にした屍人の魔道士……ナラク・ウィザード。
動き出した彫像の悪魔……ガーゴイル。
かつてザガートに倒されたのと同種の巨人……アダマン・ゴーレム。
筋骨隆々とした悪魔……グレーターデーモン。
バハムートと色違いの緑竜……グリーンドラゴン。
大人の象を丸呑みにする大きなスライム……デス・スライム。
最強のグレーターデビル……ギルボロス。
骸骨の幽霊魔女……ワルプルギス。
暗めの紫色をしたミミズの化け物……アビスウォーム。
ニンジャ、ウィザード、ガーゴイルら人間サイズの魔物はそれぞれ五十体ずつ、計百五十体いる。ゴーレムら大型の魔物はそれぞれ十体ずつ、計三十体だ。
人型の魔物軍団の最後尾に、フルプレートの鎧を着た体の大きなオークがいる。右手に槍を持ち、左胸に階級を表すらしき星のマークがある。この城の警備隊長のようだ。
「フハハハハハハァッ! 偉大なる大魔王様の居城へよくもノコノコと足を踏み入れたものだな、異世界の魔王ッ! 俺はオークロード……この城の魔族の指揮権を与えられし、大魔王様の忠実な側近よッ! 我ら魔王軍、貴様ら侵入者の来訪を心より歓迎しよう!!」
鎧を着た豚頭が高らかに自己紹介する。城内の魔物を統率する立場にあった事を教えて、ザガート達を全力で迎え撃つ意思を伝える。
「ここで貴様らを血祭りに上げて、大魔王様への供物として捧げてくれるわッ! 者ども、かかれぇぇぇぇーーーーーーいっ!!」
主人への生贄にする旨を告げると、左手を正面にサッと振って部下達に魔王の処刑を命じる。
「ウォォォォオオオオオオーーーーーーーーッ!!」
豚頭の号令を受けて、場内にいた魔物達が歓喜の咆哮を上げた。戦いの始まりを喜んだようにワクワクしており、血が湧き肉が躍る。何としても尊敬する大魔王のために敵を討つのだと息巻く。
ひとしきり叫び終わると、高まったテンションのまま正面に向かって駆け出す。総数百八十体を超える魔物の大群がドドドッと足音を鳴らしながら一行めがけて殺到する。
「ルシル、レジーナ、なずみ! お前達三人には人型の魔物の相手を任せたい! ブレイズ、鬼姫! お前達二人は大きめのザコを始末してくれッ! 俺は復活した魔王軍の幹部を一人で相手するッ! 心配ない……こんな連中、速攻で片付けてやる!!」
ザガートが仲間にテキパキと指示を出す。戦力に応じた役割分担を行い、それぞれが戦うべき相手を瞬時に見定める。さすがに屋内である事と屈強なボスクラスの魔物が混じっている事を踏まえて、極大呪文による瞬殺は行わない。
「分かりました!」
「ザコの相手は任せてくれ!」
「師匠も気を付けるッス!」
『今こそ我らが強さ、敵に見せ付けてやる時!!』
「お主の心配などしておらぬ。どうせあっさり倒してしまうのじゃろう」
五人が思い思いの言葉を口にする。ルシルとレジーナとブレイズは命令を快く引き受けて、なずみは魔王の身を案じ、鬼姫は結果が見えていると言いたげに余裕の台詞を吐く。
魔物の大群に臆する者など一人もいない。皆が仕事を任された事に意気揚々としており、何としても男の期待に応えるのだと思いを強くした。
今後の方針が決まると、六人はそれぞれが戦うべき相手に向かって走っていく。ここに魔王軍と勇者パーティの対決の火蓋が切って落とされた。
「我は鬼姫……東の妖怪の王じゃッ! 大魔王の手下ども、推して参る!!」
女が真っ先に名乗りを上げながら先陣を切る。愛刀のマサムネを両手で握ると、大型のザコ軍団の先頭にいたグレーターデーモンに斬りかかる。
「ウォォォォオオオオオオーーーーーーーーッ!!」
デーモンはグワッと開いた右手を高々と振り上げて、女めがけて一直線に振り下ろす。鋭い爪で相手の肉を引き裂こうとした。
鬼姫はサッとしゃがんで敵の懐に飛び込むと、刀を横薙ぎに振ってデーモンの横っ腹を切り裂く。バックリ割れた傷口から真っ赤な血が噴水のように噴き上げた。
「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
致命的な一撃を食らったデーモンが断末魔の悲鳴を上げる。背丈六メートルほどある巨体が前のめりにドスゥーーーンッと倒れて、数秒間ピクピクした後動かなくなる。
「このまま一気に片付けてやるのじゃ!」
鬼姫は最初の一体を仕留めると、デーモンの背後にいたアダマン・ゴーレムへと斬りかかる。相手の横っ腹を一刀の下に斬り捨てようとしたが……。
「……ッ!!」
女が振った刀は巨人の腹に触れると、ギィンッ! と音を立てて弾かれた。高圧電流が流れたように両腕がビリビリと痺れて、少しでも力を緩めたら柄を手放してしまいそうになる。
宇宙最硬物質アダマンタイトで造られた巨人の皮膚は女の想定を遥かに上回る強度があり、グレーターデーモンのようにたやすくは切り裂けない。
(恐らくはギルボロスの時と同様……刀の切れ味ではなく、妾の腕力が足りておらぬというのかッ!!)
鬼姫が敵の皮膚を斬れなかった敗因を分析する。ムラマサに次ぐ切れ味を誇るマサムネの切断力が足りていなかったとは考えにくく、素直に自分の力が及ばなかったのだろうと認める。
「グォォォォオオオオオオーーーーーーーーッ!!」
女が物思いに耽ていると、ゴーレムが握った右拳を高々と振り上げて、女めがけて豪快なパンチを繰り出す。巨大な岩の塊と化した拳がゴォォーーーッと風を切る音を鳴らしながら彼女へと一直線に迫る。
「しまっ……!!」
考え事に没頭した鬼姫は戦闘中だという事を忘れてしまい、一瞬回避の動作が遅れた。慌てて後ろにジャンプしようとしたが、彼女が動くよりも拳が触れるタイミングの方が明らかに早い。
このままゴーレムの拳の餌食になるかに思われた時……。
『ヌゥゥゥゥォォォォォォオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!』
ブレイズが勇ましい雄叫びを上げながら、彼女の背後からジャンプしてくる。斜めに急降下しながら両手で握った刀を縦一閃に振ると、ゴーレムの首をたやすく一刀両断する。胴体から離れた首がゴロンッと床に転がり落ちると、ゴーレムはズゥーーーンッと前のめりに倒れたまま動かなくなる。
『アダマン・ゴーレムは貴殿の手に余るッ! 鋼鉄の巨人はそれがしに任せて、貴殿はドラゴンとデーモンの相手をなされよ!!』
敵の一体を無力化した不死騎王が女に指示を出す。岩のように硬い敵の相手を自分に任せて、彼女でも斬れる魔物との戦いに専念するよう命じる。役割分担を終えると、女の返事を待たずに二体目のゴーレムへと突進する。
(ぬぅ……少々悔しいが、この世には適材適所という言葉もある。ここは大人しくあやつの指示に従うとしよう)
鬼姫は自分の力が及ばない事に内心歯痒い思いをしたが、不死騎王の提案は至極もっともだと考えて、彼の判断に従う事にした。




