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第180話 神鳥ガルーダは語る

 十二の宝玉を揃えた魔王一行……宝玉の力によって秘境にある神殿へとワープする。神殿の中を歩くと、ティラノサウルスより大きな孔雀が彼らの前に降り立つ。

 人間の美しい女性の声で喋る知的な鳥は、自ら神鳥ガルーダと名乗る。


「神に遣わされし鳥だと言ったな……アンタに聞きたい事がある」


 神の鳥だという肩書きに反応して、ザガートが即座に問いかける。これまで頭の中に抱えていた疑問があり、神の代行者たる彼女ならそれに答えられるのではないかと考えた。

 ガルーダがコクンとうなずいて質問を許可したため、魔王は言葉を続ける。


「俺をこの世界に呼んだのは、異界の神ゼウス……この世界の神ヤハヴェではない。ヤハヴェは今回勇者召喚を行わなかった。これまで二度勇者を呼んだにも関わらず……だ。その事について何か聞いているか?」


 この世界を統治する神の意思を問う。人類が魔族にしいたげられているのに救済を行わない神に、何らかの方針の変更があったのではないかと考え、聞いて確かめずにいられない。


 魔王の問いにガルーダはしばし無言になりながら顔をうつむかせた後、重苦しい表情で口を開く。


「神は今回、私に何も話しては下さりませんでした……私がいくら呼びかけても、一切答えては下さらなかったのです。まるで人類をお見捨てになられたかのように……」


 神が彼女の質問に答えなかった事実を教える。人類存亡の危機を前にしながら何もしない主人の態度に、彼女自身違和感を覚えた事を明かす。

 ヤハヴェは人類を創造した神だ。その神が、我が子たる人を見放したかもしれないのだ。


「……ですが、私は貴方達の事をずっと見守っていました。貴方がたが、これまでの旅で勇者と呼ばれるに相応しい行いをしたのは事実……神がお命じにならずとも、私は私の意思により貴方達を当代の勇者であると認め、大魔王の城へお連れしましょう」


 ザガート達の事を遠くから監視し続けていたと明かし、それによって一行を世界を救う勇者パーティだと認める。たとえ召喚したのが異界の神であったとしても、使命を託すにあたいする連中だと、自己の判断によって決め付ける。


「そうしてくれると助かる……」


 ガルーダが前向きに協力する意思を示した事に、ザガートが安堵の笑みを浮かべる。もし彼女の助力が得られなければ状況が手詰まりになった可能性があり、そうならなかった事にホッと一安心する。


「あと二つほど聞きたい事がある……アザトホースというのは、どれほどの強さだ?」


 今度は大魔王の強さについて問いかけた。


「アザトホース……とてつもなく恐ろしい、悪魔の王ッ! 宙に浮かぶクジラよりも大きな肉塊に、無数の触手と目玉が生えた、見るもおぞましい化け物!!」


 魔王の言葉を聞いてガルーダが目をグワッと見開く。それまで温和なイメージだったのが一転して真剣な顔付きになり、ひたいから冷や汗をかきながら全身をわなわな震わせた。このバハムートに匹敵する強さを持つ神の鳥が、大魔王の強さを思い出しただけで恐怖にまれたのだ。


「普通の人間はその姿を見ただけで網膜を焼かれ、声を聞いただけで心臓が止まって死ぬ呪いにおかされる……いわば存在そのものが永続的に効果を発揮する範囲即死魔法のようなものッ! しかもそれだけではありません。わざわざ呪文など唱えずとも、彼が大声で怒鳴っただけで山一つ吹き飛ぶほどの衝撃波が放たれるのです」


 大魔王がどれほど恐ろしい存在なのかを早口で語る。並みの冒険者では戦いにすらならないという。その場にいただけで周囲に被害をもたらす辺りは災害級と呼べるものだ。


「この宇宙において、彼より上位の生命体は存在しない……神ヤハヴェを除けば、彼こそあらゆる生態系の頂点に君臨する悪魔デーモンの頭……大魔王オーバーロードなのです!!」


 最後に大魔王が世界最強の生物である事実を述べて話を終わらせた。


 オーバーロードとは王の中の王、王を超えた王の意であり、その世界において彼より上の王は存在しないとされる者に与えられる称号である。この宇宙においてはアザトホースがそう呼ばれるに相応しいという事になる。彼は魔王の中においての魔王なのだ。


(フゥーーム……永続的に効果を発揮する範囲即死魔法、か)


 ガルーダの話を聞いてザガートが物思いにふける。あごに手を当てて眉間みけんしわを寄せて気難しい表情になる。

 彼女の話が事実なら、大魔王と対面すれば、自分は平気でも仲間はバタバタと倒れる。守るべき存在である少女達に大きな被害が生まれれば、精神的プレッシャーになる。それだけは避けたかった。


「お前達……これを付けておけ」


 そう言うや否や、服のポケットから何かを取り出して三人の女に手渡す。

 魔王が仲間に渡したもの……それは小さな宝石が付いたイヤリングだ。耳たぶに挟む事で装着するタイプで、ピアスのように穴を開ける必要はない。


「師匠、これは何ッスか?」


 突然プレゼントを渡された事になずみが困惑する。この状況で何の効果もないアクセサリーを贈られるとは思えず、理由を聞かずにいられない。


「それには魔力が込められていて、装着すれば状態異常と即死魔法への耐性が俺と同じになる。それを付けてさえいれば、大魔王の眼前に立っても被害を受けずに済むだろう」


 魔王がイヤリングの効果について語る。魔王と同等の耐性を得られる事によって、アザトホースの姿を見ても網膜を焼かれず、声を聞いても心臓が止まって死ぬ呪いに冒される心配が無くなるというのだ。


「ありがたい……これで最終決戦の場におもむいても、足手まといにならずに済むという訳だ」


 レジーナが感謝の言葉を口にしながらイヤリングを耳に付ける。ルシルとなずみもコクンとうなずきながら同じようにする。


 これで最終決戦の場に彼女達を立ち合わせても、何の心配もいらないだろう……魔王がそう安堵しかけた時。


「おい魔王ッ! なんでわらわにはイヤリングをくれぬのじゃ!? われにもそれをよこせ!!」


 一人だけイヤリングをもらえなかった鬼姫が声を荒らげて猛抗議する。自分だけけ者にされた事に、魔王に軽んじられたのではないかという憶測が湧き上がり、真意を問わずにいられない。


「うーーん……」


 不満を隠さない女を前にしてザガートが困り顔になる。腕組みして気難しい表情を浮かべたまま「ムムムッ」と声に出してうなる。どう説得すべきか迷ったようにあれこれ思い悩んだが……。


「……たぶんお前は付けなくても大丈夫だろう」


 そんな言葉が口から飛び出す。仲間の身を案じていないようで、ずいぶん呑気のんきな口調だ。


「お前は他の三人と違って、アスタロトの倍の強さを持つ妖怪の王だ。イヤリングなど付けずとも、即死攻撃に耐えられるのではないか……そう思ったんだ」


 アクセサリーを渡さなかった理由を明かす。それなりの力がある上級悪魔である彼女ならば、イヤリングは必要ないかもしれないと判断したむねを伝える。


「嫌じゃ! 絶対に嫌じゃッ! お主がイヤリングをくれぬというなら、我はここから一歩も動かぬぞ!!」


 魔王の説明に納得が行かず、鬼姫がだだをこねる。地べたに寝転がったまま両腕をバタバタさせて、親に反抗する子供のように暴れる。


「お主も知っておろう……われがこれまで、どれほど噛ませ犬になったかを。お主と不死騎王に比べて、我は弱い。まことに不本意じゃが、それは認めねばなるまい……お主ら二人なら耐えられる攻撃に、我だけ耐えられぬかもしれぬのじゃ」


 ピタッと動きがむと、泣きベソをかきながら自分の弱さを卑下ひげする。常に戦闘において二人に遅れを取った苦悩を吐露とろし、自分が即死攻撃に耐えられない可能性を指摘した。


「……仕方あるまい」


 ザガートは根負けしたあきらめ顔になると、やれやれと言いたげにため息を漏らしながら、服のポケットからイヤリングを取り出す。それをこれみよがしに女の前にかざす。


「やったのじゃーーーーっ!!」


 鬼姫は即座に立ち上がって満面の笑顔になると、魔王の手からイヤリングを奪い取る。早速さっそく自分の耳に付けてウキウキ笑顔になると、鼻歌交じりでうたいだす。さっきの陰気ムードは一瞬で吹き飛び、いつもの元気な彼女に戻る。


(とは言え、彼女の言う事も一理ある……俺とブレイズなら耐えられる攻撃に、鬼姫が耐えられない可能性は十分にある。ここで渡しておくのが得策かもしれない)


 大喜びする女を眺めながら魔王が物思いにふける。彼女の意見に賛同できる部分があったと考えて、ここは従っておくべきだと冷静な判断を下す。


 彼女は決して単なるわがままでアクセサリーを要求したのではない。自分の弱さを素直に受け入れて、未来に起こり得る災厄を想定して、それを避けるためにそうしたのだ。

 彼女の覚悟をみ取ってやる事も、リーダーのつとめだ……魔王はそのように考えた。

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