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第178話 スノードラゴン死す

 ……屈強な仲間二人がスノードラゴンと戦っていた頃、当のザガートは地べたにあぐらをかいて座ったまま意識を集中させていた。鬼女と黒騎士が敵の注意を引き付けてくれたおかげで安全に作業に没頭でき、流れ弾が飛んでくる気配は無い。三人の女もガッチリ周囲を固めて魔王を守る。


 魔王は瞑想するようにまぶたを閉じたまま、敵の本体を探る事に心血をそそいだが……。


「……ムッ!!」


 突如目をグワッと見開いて立ち上がると、洞窟のはるか彼方にある天井のすみを眺める。

 天井の隅には何も無い。ただの岩壁があるだけだ。にも関わらず、魔王は何かを発見したように眉間みけんしわを寄せて、鋭い眼差しで凝視する。


「ゲヘナの火に焼かれて、消しずみとなれッ! 火炎光弾ファイヤー・ボルトッ!!」


 洞窟の天井に手のひらを向けて攻撃呪文を唱える。轟々(ごうごう)と燃えさかる灼熱の火球が、視線の彼方に向かって一直線に放たれた。


「魔王、お主何処を狙っておる!? そっちには何も無いぞ!!」


 仲間の突然の行動が理解できず、鬼姫が真意を問いただす。敵がいない場所を攻撃しだした行為に、ついに気が狂ったかと思わずにいられない。


「いや……これで良い」


 ザガートがそう口にしてニヤリと笑う。良からぬたくらみをした悪魔のような笑顔になる。鬼女からすれば全く理解不能な行動だが、何らかの意図がある事は明白だ。


 放たれた火球は洞窟の天井にぶつかると大きな音を立てて爆発する。次の瞬間……。


「ギャァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 バケモノの悲鳴らしき声が発せられた。声が聞こえた方角にみなの視線が向けられると、洞窟の岩壁に一匹のカメレオンがへばり付いていた。全身黒焦げになったカメレオンは透明化を解除したようにスゥーーーッと姿を現すと、力なく地面に落下する。仰向けに倒れたまま手足をピクピクさせたが、ガクッと力尽きて息絶えた。


 爬虫類の魔物が死んでから数秒が経過した後……。


「グォォォォオオオオオオオオオオッッ!!」


 ドラゴンがいきなり洞窟中に響かんばかりの絶叫を上げた。恐怖におびえたように表情が真っ青になると、全身をブルブルと小刻みに震わせる。一瞬ピタッと動きが止まったかと思うと、突然体が液状化してドロドロに溶け出し、ただの水となって洞窟の大地を濡らす。そのままいつまでっても再生せず、完全に沈黙する。


 ……それがドラゴンが永久に無力化した姿である事は、誰の目にも明らかだ。


「どどど、どういう事じゃ!? あれだけしぶとく再生したドラゴンが、カメレオンが死んだ途端溶けてしまいおったぞ!!」


 目の前で起こった出来事が理解できず、鬼姫が声に出して慌てふためく。彼女からすれば何が何やらまるで訳が分からず、頭が混乱してチンプンカンプンになる。

 他の仲間達も状況を理解できず、にわかにざわつく。ブレイズだけが何が起こったかを察したように冷静にたたずむ。


 ザガートは魔物が倒れた場所までズカズカと早足で歩くと、カメレオンの焼死体を指でつまんで拾い上げた。


「バジリスクという名の小さなカメレオン……それが敵の正体だ。スノードラゴンはこいつが魔法で操っていたに過ぎない」


 敵の本体がちっぽけな爬虫類だと見抜く。氷の龍は彼が使役していた人形であり、本体を叩かない限り無限に再生する事を教える。


「龍が洞窟の外まで冒険者を追わなかったのは、洞窟内に身を置く事で、バジリスクが本体だと気付かれないようにする狙いがあったからだろう。探知魔法を阻害する瘴気が渦巻くこの洞窟は、ヤツにうってつけの戦闘領域バトル・フィールドだった訳だ」


 村長から聞いた話を思い出して敵の狙いを解説する。龍の取った不自然な行動……それが正体を知られないようにするための苦肉の策だったと明かす。


「フンッ、何が不死身のドラゴンじゃ! ふたを開けてみれば、クラーケンと大差ないではないか!!」


 真相を知らされて鬼姫が憤慨する。不死のカラクリを知った途端しょうもない敵に振り回された思いに駆られて、八つ当たりするように龍が溶けた地面をガッガッと踏み付けた。


(とは言え、バハムートに匹敵する強さの龍を無尽蔵に生み出せたのだ……かなりの術者であった事は疑いようがない)


 敵を侮辱する女とは対照的に、ザガートがバジリスクの強さに敬意の念を抱く。からめ手を使う相手ではあったが、それも地力が無ければし得ない戦術だと考えて、それを可能にした魔物の実力に高い評価を与える。

 魔王軍十二将のトリをつとめるに相応しい強者だった……そう思いを抱く。


 魔王が物思いにふけていると、カメレオンが死んだ場所の真上に魔力と思しき青い光が集まっていく。光は凝縮されて一つの球体になると、ゆっくり降下していって魔王の手元に収まる。ガラスのような半透明の水晶に魚座の紋章が刻まれていた。

 それは大魔王の城に行くために必要な宝玉の一つだ。これで十二個全てが揃った事になる。


(これでようやくヤツの城に行ける……ここまで長い道のりだった)


 宿願を果たせた事に魔王が胸をおどらせた。宝玉の使い方は今すぐは分からないが、それでも目標達成に近付いた感動はひとしおだ。

 もう大魔王討伐は目と鼻の先なのだ。魔王はラストダンジョン攻略を前にした勇者のようにウキウキが止まらなくなる。


「みんなぁーーーっ! こっちに来て下さいッスーーーーっ!!」


 一足早く出口に向かっていたなずみが大声で仲間を呼ぶ。

 彼女に呼ばれた他のメンバーが洞窟の出口へと集まる。


「おおっ……!!」


 洞窟の外に広がる景色を見て、一行が感嘆の声を漏らす。


 彼らが目にしたもの……それは雪が完全に消えて無くなり、山の大地が露出した姿だった。長く雪が降り積もった影響で大部分の緑は失われたが、それでもごく一部の自然は残っており、生命のたくましさを感じさせる。

 はるか頭上には雲一つない青空が広がっており、雪は一ミリも降らない。燦々(さんさん)と照り付ける太陽が辺り一帯にまばゆい光を届けて、春のような陽気をもたらす。気温は二十度近くまで上がり、さっきまで豪雪地帯だった事を忘れさせるほどだ。


「ドラゴンがこの山にある精霊の力を奪っていた……そのドラゴンが死んだ事で、奪われた力が戻ってきたんだろう」


 ザガートが一連の光景について語る。雪が降ったのは魔物の影響であり、魔物がいなくなったために山が本来あるべき姿を取り戻したというのだ。


 生暖かい風が吹き抜けて、冒険者達の肌を優しくでる。ぽかぽか陽気は激戦の疲れを忘れさせて、平和が戻ってきた実感を与える。


 何処からか一羽のツバメが飛んできて、魔王の肩にまる。何か訴えようとするようにチュンチュンと声を掛ける。

 ……それはあたかも山の精霊が、自然を取り戻してくれた感謝の気持ちを伝えているようだった。

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