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第173話 ソドムの村

 泉のある森を抜けたザガート達一行は最後の宝玉を求めて旅を続ける。森の先に広がる平原を西に向かって数キロ歩き続けると、村らしきものが見えてきた。


 その村は住人が数百人いる規模の大きさだ。決して巨大ではないが、限界集落と呼べるほどではない。畑仕事をしている老婆の姿を見かけて、のどかな田舎の風景という印象を受ける。


 さくで囲まれた村の唯一の入口に一行が近付くと、一人の若い男が立っていた。


「あっ! 貴方がたは例の救世主様ご一行でございますね!? ソドムの村へようこそおいで下さいましたっ!!」


 男が歓迎の言葉を口にする。頭にツノが生えた人物の姿を見て、ウワサの救世主であろうと判断する。


 ザガートはソドムという単語を聞いて心中穏やかではない。旧約聖書において神に滅ぼされた街の名前が出てきた事に、嫌な予感が頭をよぎる。せめてゆうであって欲しいと願い、胸の内にしまっておく。


「おーーーーいっ! 救世主様が村に来なさったぞぉぉぉーーーーーーっ!!」


 魔王の不安をよそに男が村中に響かんばかりの大きな声で叫ぶ。有名人が訪れた事を村のみんなに知らせる。

 男の言葉を聞いて、村のあちこちから人が集まってくる。あっという間に村の入口に数十人の人だかりが出来る。


「救世主様、ようこそ村においで下さいましたっ!!」

「おお、このお方が魔王の姿をした勇者様……」

「ありがたや、ありがたや」

「魔王様……どうか世界をお救い下さい」


 村人が思い思いの言葉を口にする。ある者は羨望せんぼうの眼差しを向けて、ある者は魔王に握手を求めて、ある者は神に祈るように両手を合わせて拝む。いずれにせよ全ての住人が歓迎の意を示す。


「歓迎してくれるのはありがたいが、何分なにぶん急いでいる身なので単刀直入に言う。この村の村長か長老の家に案内してもらいたい。そこでうかがいたい話がある」


 ザガートが率直に用件を述べる。村の実力者に会いたい意思を伝えて、彼の住居まで案内するよう頼む。


「分かりました。私が村長の家まで案内しましょう。ささ、こちらへどうぞ」


 最初に言葉をわした男性が案内役を買って出る。善は急げとばかりに村の奥の方へと早足で歩く。一行は彼の後ろに付いてぞろぞろと進む。入口に集まった他の村人達はそれまで行っていた作業を再開すべくその場を離れる。


  ◇    ◇    ◇


 男性に案内されるがまま村の中を歩き続けた一行……やがて二階建ての木造家屋の一軒家へと着く。家の中へ入ると、応接間と思しき部屋のテーブルの前に置かれた椅子いすに一人の中年男性が座る。年は五十代半ばに見え、せ型でひげを生やしている。執事のような紳士然とした落ち着いた雰囲気があった。

 彼のそばにエプロンを付けた一人の若い女性がいたが、妻という訳では無さそうだ。年は二十代半ばくらいだ。


「辺境の村へ、ようこそおいで下さいました。私はこの村の村長バーラ、となりにいるのは娘のデロータと言います」


 村長と思しき男性が頭を下げて自己紹介する。側にいた娘が数秒遅れて頭を下げる。


「それで、わたくしめに何の用ですかな?」


 挨拶あいさつもそこそこに、村長が家を訪れた用件を問う。


「ふむ、早速さっそくだがこれを見てもらいたい」


 ザガートがいきなり本題に入ろうと、ふところから取り出した紙の地図をテーブルの上に広げる。地図には何かのありかを示すらしき×(バツ)印が十二箇所に付けられている。


「知っているかもしれんが、俺達は魔王軍の幹部を倒す旅をしている……そうする事が大魔王の城に行く手がかりになると考えたからだ。これは彼らの居場所をしるしたものだ」


 地図の用途を教えて、自分達が一体ずつ敵を狩っていた事を明かす。


「村から西に向かった場所にも、ヤツらがいる事を示す×印がある……もしそれらしい魔物がいる情報があれば、現地に向かう前に聞いておきたい」


 最後の一箇所を指差して、目的の相手が本当にいるかどうか確かめようとする。


「フム……」


 魔王の話を聞いて、村長が眉間みけんしわを寄せて気難しい表情になる。どれから話すべきか迷ったように「ムムムッ」と声に出してうなったが、やがて考えがまとまったように口を開く。


「ここから西に二十キロほど向かった所に山がありましてな……地図が示しているのはちょうどその辺りです」


 ×印が書かれた場所に山があった事を教える。


「元は何も無いただの山だったのですが、一ヶ月ほど前からでしょうか……季節外れの雪が降りましてな。雪はむ事がなく、山は白く覆われました。まるで山の周囲だけが突然冬になったようです」


 山に起こった異変について話す。以前はただの平穏な山だったが、ある日をさかいに急に雪山になってしまったという。


「原因の調査を依頼されたギルドの冒険者パーティが、山に向かいました。すると山の中腹にポッカリ大きな洞窟がいており、そこに一匹のドラゴンがいたというのです」


 山に調査に向かった冒険者の一団が、竜の魔物と遭遇した事を明かす。


「ドラゴンはとても強く、冒険者は歯が立たず逃げ帰りました。ドラゴンは執拗しつように彼らを追いましたが、出口の外までは追って来なかったため、彼らは生還できたとの事……そのドラゴンが雪を降らせたに違いないと、調査団はギルドの報告書に記載しています」


 竜に勝てず冒険者が逃げ帰った事、竜は洞窟の外までは追わなかった事、竜が一連の事件を起こした張本人だろうという事……それらを述べて話を終わらせた。


「ドラゴンは洞窟の外に出なかったのか?」


 ザガートが念を押すように問いかけた。村長から聞いた話の中に気になるくだりがあり、そこをより詳しく聞いて確かめようとする。


「ええ……遭遇した調査団が言うには、ドラゴンは出口の目前でピタリと止まり、そこから一歩も前に進まなかったとの事。冒険者達は一瞬おかしいと思いながらも、とにかくも生き延びるチャンスと考えて、急いでその場から走り去ったようです」


 村長が調査団の目撃証言を語る。竜が取った奇怪な行動について克明こくめいに伝える。


(フゥーーム……ドラゴンは何故冒険者を最後まで追わなかった? 本来ならどんな手を使ってでも、彼らを殺そうとしたはず……それを途中で諦めたのは、そうせざるを得ない理由があったからじゃないのか)


 魔王が竜の振る舞いに疑念を抱く。明らかに何かの意図があるらしき行いに、敵の能力を知る手がかりになるのではないかと考えた。

 頭の中であれこれ推論を巡らせたものの、どれも仮説のいきを出ず、断定するには至らない。結局直接会ってみなければ確証を得られない結論に行き着く。


「ありがとう、村長……それだけ話が聞けたら十分だ。山にむ魔物は俺達が討伐する。魔物が原因なら、雪山の問題はそれで解決する。朗報が届くのを期待してくれ」


 今後の方針が決まると、テーブルの上に広げた紙の地図を折りたたんで懐にしまう。村長に感謝の言葉を述べて頭を下げると、出口に向かって歩き出す。そのまま扉を開けて建物の外に出ていく。


 村長と娘は彼らならやってくれるだろうと期待して、背中を見送るのだった。

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