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第170話 アビスウォーム死す

「ナ、何故ダ……何故コッチノ世界ニ戻ッテ来レタ!! ブラックホールカラハ脱出不可能ナハズ!! 魔王ザガート、貴様一体ドウヤッテ脱出シタ!?」


 魔王が帰還を果たした事にアビスウォームがにわかに慌てふためく。恐怖に恐れおののいたあまり全身の震えが止まらなくなり、「アワワ」と声が漏れ出す。体中の穴という穴からドッと汗が噴き出し、動悸どうきと息切れがしてまいがする。


 それは彼にとって決してあってはならない事だ。本当なら魔王はブラックホールにまれて死ななければならないのだ。にも関わらず男が平然と生きていた事実が頭で受け入れられず、精神的ショックで卒倒しかけた。


「どうやって脱出したか……だと? フンッ、簡単な話だ。空間の壁をブチ破って、こっちの世界へと飛んできた……たったそれだけだ」


 狼狽するアビスウォームを魔王が鼻で笑う。何をくだらない質問を、と言いたげな態度で帰還した方法を教える。常人には不可能な行いを、とてもたやすい事のように言ってのける。


「ナッ……!!」


 魔王の言葉を聞いてミミズが思わず絶句した。あまりにもありえない回答に開いた口がふさがらなくなる。お前は何を言っているんだ、と真顔で問いたい衝動に駆られた。一瞬冗談を言われたんじゃないかと我が耳を疑う。


「バッ……馬鹿ナ事言ッテンジャネエ!! ソンナフザケタ話ガ、アッテタマルカ!! コノヤロォォォォオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」


 腹の底から湧き上がる憤激を声に出してブチまけた。怒りで頭に血がのぼったあまり冷静ではいられなくなり、口から大量のつばが飛ぶ。頭部に血管がビキビキと浮き上がり、激高してはらわたが煮えくり返る。何としても相手を殺さずにおくものかという気持ちにすらなり、一分一秒たりとも生かしておけなくなる。


「ナラバモウ一度、死ノ世界ヘト旅立ツガイイ! 破滅虚無ドゥーム・ヴォイドッ!!」


 再度技名を叫びながら大きく口を開ける。口の中に広がる暗黒空間が周囲のものを強い力で吸い込み出す。

 紫のミミズの真正面にいたザガートが吸い込みの風をまともに受ける。さっきと同じように暗闇の中へと引き寄せられるかに思われた。だが……。


「……!?」


 次の瞬間目にした光景にアビスウォームが驚愕する。

 彼の目に映り込んだもの……それは腕組みしてふんぞり返ったまま、その場から一センチたりとも動かない魔王の姿だった。

 さっきと同じ強さの吸い込みを受けたにも関わらず、男は微動だにしない。まるで完全に地面に固定されたかのように強風に耐えて、吸い込まれる気配が全く無い。


「さっきはどういう技か確かめたくて、わざと吸い込まれてやった……何も無いと分かった以上、吸い込まれてやる義理は無い」


 ザガートがあっさりと言い放つ。一度目は自分の意思で暗黒空間に入った事を明かして、今回はそうしない方針を伝える。耐えようと思えば耐えられたのに、あえてそうしなかったというのだ。


「アビスウォーム、そろそろ茶番は終わりにしよう……俺の本当の力を見せてやる!!」


 恰好かっこうを付けるようにマントを開いて風にたなびかせると、戦いを終わらせる事を宣言する。


ひざまずけ……暗黒重力ダーク・グラビティッ!!」


 正面に右手をかざして魔法名らしき言葉を叫ぶと、アビスウォームが立っていた地面が突然ボゴォッと音を立てて陥没する。直径十メートルほどの大きさのクレーターとなる。ミミズは目に見えない巨人に踏まれたように地べたに押しつぶされた。


「グァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 魔物が横向きに倒れたまま絶叫を発する。上から物凄い力でかかられて、全身の骨が音を立ててきしむ。体中を凄まじい激痛が駆け回り、内蔵が圧迫されて破裂しそうになる。


「フハハハハッ! 相手をこの星の百倍の重力で押し潰す技……それが暗黒重力ダーク・グラビティッ! 如何いかに貴様が相手の魔法を食らおうと、これを消す事はかなうまい!!」


 ザガートが魔物を押し潰した重力魔法について語る。相手に向かって飛んでいくタイプでなく、殺傷力のある結界そのものを発生させるため、相手の口に吸われないというのだ。


 男の発言を裏付けるように、ミミズは潰されるだけで何も出来ない。体を動かす事も、攻撃呪文を発動させる事も叶わず、超重力の餌食えじきとなるだけだ。

 ただ体が非常に大きかったためすぐには死なない。このまま放っておいたら完全に息絶えるまで数分は掛かりそうだ。


流石さすがにこの大きさでは、簡単には死なないか。ならば……フンッ!!」


 敵が死ぬのを待っていられずザガートがしびれを切らす。目をグワッと見開いてかつを入れるように一声発すると、重力結界から発せられたゴゴゴという音が一段大きくなる。


 次の瞬間、アビスウォームの体がパァンッ! と音を立てて破裂した。全身の細胞がトマトジュースのような液体となり、それすらも一瞬で地べたに吸い込まれると、敵を仕留めた事を確信したように重力結界がむ。後には何も無いクレーターだけが残った。


「………」


 一瞬何が起こったのか全く理解できず、四人の女達がポカンと口を開けた。あまりに突拍子もない出来事に思考力が追い付かず、フリーズしたコンピュータのように固まる。

 ブレイズだけは相変わらず目の前の光景に驚かない。


「い……一体何が起こったんだ?」


 レジーナが思わず声に出して問いかけた。


「これまで百倍だった重力を、千倍に引き上げた……ヤツの細胞はそれに耐え切れず、爆裂して粉々に弾け飛んだ……という事だ」


 ザガートが一連の出来事について解説する。魔物が超重力に押し潰されて分子レベルの崩壊を引き起こした事を教える。


 相変わらずのデタラメな原理に四人の女達は尊敬を通り越して、ただただあきれるしかない。魔王の圧倒的すぎる力に冷や汗をかいて苦笑いすら浮かぶ。

 レジーナと鬼姫は彼が敵でなくて本当に良かった、と心底胸をで下ろす。アビスウォームですら一瞬で吹き飛んだ超重力を彼女達が受けたら、生きていられる訳が無いのだから。


 男がふと空を見上げると、アビスウォームが死んだ場所の真上に魔力と思しき青い光が集まっていく。光は凝縮されて一つの水晶玉へと変わると、ゆっくり降下していって魔王の手元に収まる。

 まばゆい光を放つ半透明の球体に水瓶みずがめ座の紋章が刻まれていた。それは大魔王の城に行くために必要な十二の宝玉の一つだ。今回十一個目を入手した事になる。


(これで残りあと一つ……)


 目的に向かって着実に前進した事に魔王が感慨深げになる。もうすぐ大魔王と対峙して、世界を救えるかもしれない事実に胸をおどらせた。

 この長い旅もようやく終わる……そんな思いが湧き上がる。


(アビスウォーム……恐ろしい魔物だった事は間違いない。俺以外でブラックホールにまれて自力での帰還が可能なのは、ブレイズくらいのものだろう)


 一転して気持ちを切り替えると、先の戦いの内容に目を向ける。ミミズが使ってきた技の威力を思い起こして、なかなかのものだったと関心を寄せる。


 自分に勝てなかったとはいえ、一目いちもくを置くにあたいする相手だった……そう評価を下すのだった。

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