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第167話 サンドウォームとの戦い

 魔王軍の幹部を探し求めて砂漠に足を踏み入れたザガート達……サンドウォームと呼ばれるミミズの怪物に襲われる。

 総数にして十体いた巨大ミミズは一行を取りかこむように配置していたが、魔王は慌てる素振りを見せない。敵が現れた事を喜ぶようにニヤリと笑う。


「オギョォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!」


 サンドウォームの一体が大声で叫びながら魔王めがけて前進する。それを皮切りとして他の個体も一斉に動き出す。彼らはムカデのような腹いになってドドドッと音を立てて大地を移動したが、そのスピードは巨体に似合わずかなり速い。


 最初に動き出した一体が大きく口を開けて襲いかかり、魔王をまるみにしようとした。


「フンッ!」


 魔王は小馬鹿にするように鼻息を吹かすと、前方にジャンプして敵の突進をかわす。そこから斜めに急降下しながら右足によるキックを繰り出す。くつを履いた男の足がバケモノの首にめり込んで、ドグォッと鈍い音が鳴る。


「ギェェェェエエエエエエエエッ!」


 首を蹴られたサンドウォームが悲鳴を上げてのたうち回る。激痛から逃れようとするようにジタバタと暴れたが、やがてピクリとも動かなくなる。


 最初の一体がやられてもバケモノの群れはひるまない。今度は二体目のミミズが王女めがけて進み出す。


「ルシル、私に強化魔法を唱えてくれッ!」


 レジーナが仲間に指示を出す。ルシルが分かったと言いたげにコクンとうなずく。


「大地と大気の精霊よ、いにしえの盟約にもとづき、我に力を与えたまえ……全能強化マイティ・ブーストッ!!」


 少女が強化魔法を唱えると、王女の体が金色の光に包まれる。身体能力が十倍に跳ね上がり、体のしんから力が湧き上がる。


「オギョォォォォオオオオオオオオオオオッッ!!」


 強化魔法を掛け終わった時、二体目のサンドウォームが王女の眼前まで迫っていた。大きく口を開けて突進し、彼女を丸呑みにしようとする。


 王女はテレポートしたように瞬間移動して、相手の側面に回り込む。十倍速くなっただけあり、その動作はわずか一瞬だ。


「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」


 レジーナは気迫の篭った雄叫びを発すると、両手で握った剣を正面に突き出したまま敵めがけて走り出す。刃の先端がサンドウォームの首に深々と突き刺さり、傷口から透明な液体が流れ出す。

 王女は間髪入れず、つかを握ったまま魔物の体を両足で駆け上がる。剣は分厚い魔物の肉をケーキのようにたやすく斬る。王女が反対側の地面に着地すると、魔物の首は上半分をぐるりと斬られた状態になる。


「……ッ!!」


 致命傷を負わされたサンドウォームが悲鳴を上げる間もなく息絶えた。


(ほう……身体能力の強化と剣の切れ味があったとはいえ、今の一撃はなかなかのモノだ)


 ザガートが魔物をほふった王女の斬撃に深く感心する。予想以上の強さを見せ付けた彼女の戦いぶりに思わず声に出してうなる。

 サンドウォームは並みの冒険者が太刀打ちできない恐ろしい魔物だ。それを仕留めるなど、戦闘経験を積んでいない昔の彼女からは考えられない。

 魔王軍十二将に勝てないとはいえ、今の彼女は中級の冒険者並みの強さだろう……そう思いを抱く。


『ほほう……それがし達も負けてられぬな』


 ブレイズもまた王女の健闘ぶりに関心を寄せる。自分もうかうかしていられないと対抗意識を燃やす。

 ちょうどおあつらえ向きのように一体のサンドウォームが彼へと向かっていた。


『ヌォォォォオオオオオオーーーーーーーーッ!!』


 ブレイズは大声で叫ぶと、両手で握った一振りの刀を水平に構えたまま敵めがけて走り出す。そのまま敵の真横を通ると、サンドウォームの体が刃先に沿うようにピィーーーッと切り裂かれていく。


「ギャアアアアアアアアッ!」


 ミミズの化け物が断末魔の悲鳴を上げた。横一文字に斬られたバケモノの皮膚がバックリと割れて、ウナギならぬミミズの蒲焼かばやきのような姿となって息絶えた。


(イカン……わらわも何か良い所を見せなければ、恰好かっこうが付かぬではないかッ!)


 巨大ミミズがまたたく間に三体仕留められた事に鬼姫が焦りを抱く。仲間が健闘しているのに自分だけが活躍を見せられなければ、強者の誇りに傷が付く考えがあった。


 その時一体のサンドウォームが彼女の前にいたが、これまでと違い突進を仕掛けて来ない。仲間が返り討ちにった事を警戒したのか、接近戦を避けるようにジリジリと一定の間合いを保つ。


「無駄じゃ……どれだけ離れようと、我が術からは逃れられぬ!!」


 鬼姫はそう叫ぶやいなや、右手に持っていた刀を高く掲げたままクルクル回転させる。最後はつかを握ったまま刃先を大地に突き立てる。


「鬼龍剣奥義……影鰐かげわにッ!!」


 技名を大声で叫ぶと、刃が突き刺さった地面から黒い影のようなものがみょーーんと伸びていく。それはサンドウォームの真下まで来るとみるみる大きくなっていき、半径五メートルほどの大きな丸い影となる。


「グァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 直後、影から体長十メートルを超す巨大なイリエワニが顔を出す。ワニは大きく口を開けてえると、サンドウォームにガブリと噛み付く。


「ギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 ワニに噛まれたミミズが悲鳴を上げてもだえ苦しむ。何としても食われてなるものかと力ずくで抵抗したが、何ともが悪い。噛まれた部分から先の尻尾しっぽで相手をギリギリと締め上げたが、ワニの噛む力は決して緩まない。

 ワニがしゃくするように口を動かすと、ミミズの肉が噛み砕かれて飲み込まれていく。一分半ほど経過してミミズが食べ尽くされると、未消化らしき牙をぺっと吐き出す。最後は満足そうにゲップを吐くと、影の中へと戻っていく。

 ワニがいなくなると影はスゥーーッと薄れて消えていき、後にはミミズの血らしき透明な液体と牙だけが残った。


「鬼のあねさん、凄いッス! サンドウォームがワニのえさになったッス!!」


 女の技の威力を目にしてなずみが瞳をキラキラ輝かせた。本来恐ろしいバケモノであるはずの巨大ミミズがいともたやすく食べられた光景に感激の言葉を漏らす。


(ふん……今まで魔王にもギルボロスにも防がれた技じゃが、普通はこうなるのが当たり前なのじゃ)


 技の威力をめられた鬼姫がフフンッと鼻息を吹かす。腰に手を当てて誇らしげなドヤ顔になりながら、活躍を見せ付けられた満足感にひたる。ようやく必殺技を成功させられた感慨が湧き上がる。

 本来強者であるはずなのに魔王軍相手に苦戦するのは、彼女にとって実に不本意な事であった。インフレに付いていけないだけで、本当は自分は強いのに……そう言いたい悔しさがあった。

 積年の不満がつのる彼女にとって奥義を成功させられた喜びが大きかった事は想像にかたくない。


『だが敵はまだ六体いる……このまま一体ずつ片付けていくのは容易ではないぞ』


 ブレイズが状況がかんばしくない事を伝える。

 四匹倒してもサンドウォームは半数以上残っていて、彼らは自分達が立て続けに倒された事に警戒心を強めている。完全に接近戦では不利になると悟っていて、これまでのようなちょとつ猛進を行わない。

 彼らに警戒心を抱かせた事は、この先の戦いがスムーズに行かない状況を思わせた。


「……ならば全体魔法でケリを付けてやる」


 ザガートがそう口にしてニヤリと笑う。敵が接近戦をやめた事への焦りはじんもない。良からぬたくらみをした悪魔のような邪悪な表情に染まる。


「我が力よ……炎の龍となりて全てを焼き尽くせ! 火炎龍嵐ファイア・ストームッ!!」


 正面に右手をかざして魔法を唱えると、男の手のひらに炎が集まっていき一つのかたまりになる。そこから全身が炎で出来た巨大なドラゴンが放たれた。

 ドラゴンは蛇のように体をねらせながら飛んでいき、サンドウォームの一体に巻き付く。龍に巻かれた瞬間、ミミズの全身が炎に包まれた。


「ギョェェェェエエエエエエーーーーーーッ!!」


 灼熱の業火で焼かれる痛みにバケモノが悲鳴を上げた。ミミズの体はわずか一瞬で黒焦げになり、物言わぬ焼死体となる。鼻をつくニオイとともにブスブスと白煙を立ちのぼらせた。


 炎の龍は最初の一体を仕留めると、他の魔物に襲いかかる。龍に巻かれた順にバケモノが火だるまになる。


「ギャアアアアアアッ!」

「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーッ!!」

「ドバァァァアアアアアアアッ!!」


 ミミズ達の口から断末魔の絶叫が発せられた。彼らの必死の抵抗もむなしく、次々と焼きミミズが出来上がる。残りの一体は慌てて地中に潜って逃げようとしたが、炎の龍は砂に触れても威力を減衰される事なく、あっさり追い付いて敵を焼き殺す。

 術の発動から一分半とたないうちに六体のサンドウォームがこんがり焼かれた。


 敵がいなくなると、炎の龍は蜃気楼しんきろうのように薄れて消えていく。後には焼けたまずそうな肉だけが残された。


「何というか……もう見慣れた光景だな。いて言えば、珍しく即死魔法でなかった事ぐらいだが」


 またたく間に敵が全滅させられるさまを見てレジーナがあきれた顔で言う。やれやれ、またこれか……と言いたげな表情をしており、いつもの展開にツッコミを入れる。ただ即死でない普通の攻撃魔法を使った事は不思議がる。


火炎龍嵐ファイア・ストームは俺のお気に入りだが、森で使うと周囲の木まで焼いてしまう……だから普段は森を焼かない即死系を使うのだが、今回それを気にする必要が無かった……という事だ」


 ザガートが火炎魔法を使った真意について説明する。彼にとって自然環境に悪影響を与えるのは本意ではなく、それゆえ自然を傷付けない即死系を多用するのだという。


(これがゲームの中だったら、火炎龍嵐ファイア・ストームだろうが隕石群落下メテオ・スウォームだろうがバンバンぶち込んでも平気なのだろうが……現実世界ではそうは行かない)


 ここがあくまでゲームではなく現実の異世界だと認識して、状況に応じて魔法を使い分けなければならない苦悩を吐露とろする。


「人間だけでなく、地球環境にまで配慮する俺に感謝するがいい……」


 絶対的な力を持つ王である自分が森を守る戦い方をしていた事を、腕組みしてふんぞり返りながらドヤ顔で打ち明けるのだった。


 ルシル、なずみ、ブレイズは素直に尊敬の眼差しを向け、鬼姫とレジーナは呆れながら男の話を聞いていた。

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