第165話 砂漠の魔物のウワサ
「それで……聞きたい情報というのは何でございましょう」
武器屋の店主が気持ちを切り替えたように話を持ち出す。ザガートがこの店に来た本来の目的である、魔物の情報について話を始める。
「フム……これを見てもらいたい」
ザガートはそう口にすると懐から一枚の紙を取り出してカウンターの上に広げる。大きな紙には世界地図が描かれており、十二箇所に何かの在処を示すらしき×印が付けられていた。
「これは魔王軍の幹部の居場所を示す地図だ。俺達は大魔王の城に行く手がかりを見つけるため、一体ずつヤツらを狩っている」
魔王が地図の用途について説明する。これに記された情報に基づいて敵幹部を探している事を明かす。
「そして、ここだ」
そう言ってある一点を指差す。
魔王が指差したのは西大陸の砂漠のド真ん中にある×印だ。ミントベリーから西に十キロほど離れた場所にある。
「ここにも魔王軍の幹部がいる事を示す×印がある……もしこの近辺にそれらしい魔物がいる噂を知っていたら、教えて欲しい」
砂漠に大魔王の手下がいる可能性を伝えて、情報を聞き出そうとする。
「フゥーーム……」
ザガートの話を聞き終えて、店主が眉間に皺を寄せて気難しい表情になる。いくつか候補が思い浮かんだのか「ムムムッ」と声に出して唸る。しばらく候補を絞り込もうとしたように思い悩んだが……。
「確証は無いが……でも十中八九、ヤツがそうだろう」
思い当たるフシがあるように独り言が口を衝いて出た。
「絶対とは言いませんが……でもまず間違いなくそうだろうと思える魔物が一体います」
ザガートの方へと向き直り、頭の中に浮かんだ心当たりについて話す。
「一ヶ月ほど前からでしょうか……西のグロシアーナ砂漠に巨大なミミズの魔物が出没するようになりました。砂と同じ体色をしたそれを、人々はサンドウォームと呼んでいます」
砂漠に現れるようになった魔物の話をする。
「サンドウォームは十匹ほどいて、砂漠を通ろうとした旅人を襲います。おかげで我々は砂漠を通れなくなった……屈強なギルドの冒険者が討伐に向かったのですが、何分魔物は強く、歯が立たずに逃げ帰ってしまいました」
魔物が複数体いた事、砂漠の往来を邪魔する事、冒険者が倒そうとして失敗した事……それらの事実を明かす。
「その時逃げ帰った者達が言ったのです。サンドウォームの中に一匹だけ体色が紫で、他の個体より一回り大きいヤツがいたと……話を聞いた者は見間違いではないかと指摘しましたが、冒険者はそうでないと言います。あれはサンドウォームの親玉に違いない……と」
サンドウォームのボスらしい魔物を見たという、生存者の目撃証言を語る。
「彼らの見間違いでないなら、紫のサンドウォームは砂漠の魔物のボス……地図に居場所が記された魔王軍の幹部に違いありません」
冒険者が見た紫の魔物こそ、ザガートが探し求めた相手に違いないと私見を述べて話を終わらせた。
(地図に記された場所に紫のサンドウォームがいたなら、そいつが魔王軍の幹部で間違いないだろう……)
魔王がこれまで得た情報を頭の中で整理する。いくつかの客観的事実により、件の魔物以外に該当する敵は見当たらないだろうと結論付けた。
「ありがとう店主、それだけ話が聞ければ十分だ。砂漠にいる魔物が大魔王の手下である可能性が高い。次はそこへ向かう事とする」
トルネオに対する感謝の言葉を述べると、テーブルの上に広げた紙の地図を折り畳んで懐にしまう。何か別の用事を思い付いたように店の出口に向かってスタスタと歩く。
『我が主よ、何処へ向かわれるので?』
一人で店から出ようとする魔王に黒騎士が行き先を問う。
「お前達は先に宿に帰って出発の支度を整えてくれ。俺は途中寄りたい場所がある」
ザガートはそう告げるとドアを開けて店から出るのだった。
◇ ◇ ◇
魔王は表通りに面した建物の脇にある狭い道を通って裏通りへと出る。日中でも陽の光が届かない怪しげな場所を歩いて、ある店の前で足を止める。
その店はさっきの武器屋と違い、とても古びた木造の家屋だ。店内の灯りが点いておらず、営業してるかどうかも分からない。明らかに一見さんが入らないような、怪しい場所だ。
ザガートが引き戸をガラガラと開けて中へ入ると、店内は暗い。あちこちに珍妙な骨董品、石、首飾り、武器などが置いてあったが、どれも埃を被っている。とても商品を扱っているとは思えない。壁には不気味な仮面が飾られており、見る者に恐怖心を与える。
ただならぬ雰囲気を漂わせた店の奥から、腰の曲がった老婆が出てきた。
「おや、これはとても珍しいお客さんが来たねぇ。こんなおかしな店に、一体何の用だい? ヒッヒッヒッ……」
ザガートの姿を見て不気味な笑顔を浮かべて笑う。
その老婆は西洋の童話に出てくる魔女の格好をしていた。帽子を被り、木の杖をついて歩き、眼鏡を掛ける。顔は特徴的なワシ鼻で、声はしゃがれている。年は八十代くらいに見えたが、百歳を超えていたかもしれない。
店の怪しさもかなりのものだが、老婆の不気味さはそれ以上だ。並みの冒険者なら彼女の姿を見ただけで逃げ出すだろう。
「この店に例の薬があると聞いて来た。それを購入したい」
ザガートが店を訪れた用件を伝える。老婆の恐ろしさに臆したりはしない。
「ヒッヒッヒッ……あれが欲しいんだね? 分かったよ、ちょっと待ってな」
店主であろうと思われる老婆が悪魔のような笑みを浮かべて笑う。魔王の要求する商品がすぐに分かったらしく、一旦店の奥の方へと入っていく。ゴソゴソと棚を漁る音が聞こえた後、再び奥から出てくる。
「……アンタが欲しいものはこれだろ?」
そう言って手に持っていたものをカウンターの上に置く。
老婆が持ってきたのは透明なガラス瓶に入ったオレンジ色の液体だ。瓶にはラベルが張られていない。
「ハイパードリンク……飲めば五分間の間だけ全ての能力が十倍になる、魔法の薬。かつてはある国で生産されていたが、今は製法が失われたため、現存するのはこれが最後の一つと言われている」
老婆が瓶に入った液体の説明を行う。
それはかつて隻眼の傭兵ギースがザガートとの戦いで使用したものだ。飲めば魔法の全能強化と同じ効果が得られる。とても貴重な品であり、今はこれ一つしか無いという。
「……いくら出せば良い?」
ザガートが商品の値段を問う。
「……アンタなら、その商品の価値が分かると思うがねぇ」
老婆が意味ありげな言葉を吐いてニヤリと笑う。あえて商品の値段を口にしない。相手が物の価値を見抜けるかどうか、試しているようだ。
「金貨で十枚……いや二十枚出そう」
魔王はそう言うや否や、異空間から中身がぎっしり詰まった白い袋を取り出し、中から金貨を二十枚取り出してカウンターの上に置く。
消耗品でしかないオレンジの液体に、ミスリルソードの四倍の価値を見出したのだ。
「アンタも相当変わりもんだねぇ……今までこの薬を買いに来た冒険者は何人かいたけど、そこまでの価格を提示したヤツぁ誰もいなかったよ。ま、アタシがそいつらに売らなかったから今ここにあるんだけどね」
老婆が魔王の豪胆ぶりに呆れながらも感心する。今まで目にした冒険者とは違うオーラを感じた事を明かす。
「よっしゃ! 良いだろう……この薬、アンタに売ってやるよ! 持ってお行き!!」
商談が成立した事を伝えると、テーブルに置かれた金貨を豪快に手でかっさらい、お金を入れる袋の中に乱暴に放り込む。
ザガートは目的のものを得られた満足感でニッコリ笑うと、薬が入った瓶を手に取り大事そうにポケットにしまう。店の出口に向かって早足で歩きだそうとする。
「でもアンタが魔法を唱えれば、これと同じ効果が得られるんだろ? それなのにわざわざ高い金を出して欲しがるなんて、不思議な話だねぇ」
老婆が頭の中に湧き上がった疑問を口にする。男が何故薬を欲したか、意図が理解できずに首を傾げた。
「話せば長くなるが……」
ザガートが後ろを振り返って小声で呟く。
「いや、無粋な事を聞いちまったね。今のはババアの独り言だと思って聞き流してくんな。客にわざわざ商品の使い道を聞いたりしないよ。アンタならきっと素晴らしい使い道がある……それくらいは分かる」
老婆が申し訳なさそうに手を振って謝る。用途を聞くのは本意ではない意思を伝える。
ザガートは老婆の意を汲み取るようにコクンと頷くと、戸をガラガラと開けて店から出るのだった。




