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第163話 魔王、西大陸に着く

 魔王を乗せた船がクランベリーの港から出航して一週間がった日の事……。



 クランベリーから海を挟んで対岸に位置する西大陸の港町ミントベリー……その灯台に一人の男がいた。

 男が双眼鏡で海の彼方を眺めていると、一隻の船が港に向かってきているのが見えた。


「ああっ……!!」


 視界に映り込んだ人物の姿に灯台守が思わず大きな声で叫ぶ。

 船に乗って港にやってくるその男こそ、まぎれもなくちまたで有名な異世界から来た魔王だったからだ。ボルツが一緒にいる姿も確認できた。


 灯台守は慌てて階段を下りて灯台の外に出ると、港に向かって全力で駆け出す。港にいた数人の男達の前まで来て足を止める。


「た、大変だッ! 例の救世主サマが、船でこっちに向かって来ている!!」


 ウワサの人物が港を目指している事を大急ぎで告げた。


「何!? 東の海峡はクラーケンのせいで渡れないんじゃなかったのか!?」


 男の一人が驚いた顔をしながら言葉を返す。とても信じられないと言いたげにポカンと口を開けた。

 二つの港をまたいだ海峡は巨大なアンモナイトが封鎖したはずなのだ。その海を渡ってきたなど、にわかには受け入れがたい。


「ああ、そのはずだ! だがその東の海峡を越えて、魔王様がやって来なさったんだ! これはひょっとすると、ひょっとするかもしれねえ!!」


 灯台守がなおも興奮気味に喋り続ける。一連の状況からある憶測が浮かび上がり、期待でワクワクが止まらなくなる。


 話を聞いていた男の一人が急いで高台に上がり、鐘をカンカン鳴らす。

 鐘の音を聞き付けてたくさん人が集まってくる。何事かとざわついて港が騒然となる。


「おおーーーーーいっ! クランベリーから船が来たぞぉぉぉおおおおーーーーーー! 急いで迎えるたくをしろぉぉぉおおおおーーーーーー!!」


 鐘を鳴らした男がみなに聞こえるように大きな声で叫ぶ。彼の言葉に一瞬場がどよめいたものの、すぐに作業に取りかかる。


  ◇    ◇    ◇


 ザガート達の乗る船が港に近付くと、荷下ろしを手伝う作業員が船の到着を待っていた。双眼鏡で船を目視してからすぐ作業に取りかかったため、すでに受け入れの準備は整っている。

 船を桟橋に着けて、風に流されないよういかりを沈めてを下ろす。桟橋と船を行き来するための板をけると、船長のボルツが真っ先に船を下りて、ザガートが彼の後に続く。


「ガハハッ……ようみんな、久しぶりだな。相変わらず元気そうじゃねーか」


 ボルツが満面の笑みを浮かべたドヤ顔で歩きながら、顔なじみであるらしき港の作業員達に声を掛けた。


「よう、じゃねえよ! 全く! 事前の連絡もなしにいきなり来やがって! 何がガハハだ、この野郎! だいたい東の海峡はバケモノのせいで渡れねえはずだろ! テメエ、どうやって来やがった!!」


 作業員のリーダーらしき男が、ツッコミを入れるように早口で言葉を返す。クラーケンが海峡を封鎖した事実を指摘して、海を渡ってきた手段を問う。

 作業員の問いかけにボルツが待ってましたとばかりに口元をニンマリさせた。


「へへっ……オメエらも知ってるだろうが、このお方は異世界から来た魔王サマよ。彼があのクソ野郎のバケモノをブチのめしてくださったってワケだ」


 照れるように指で鼻こすりしながら笑うと、後ろにいる男の肩に手を掛けてこれまでの経緯いきさつを話す。頭にツノの生えた人物が救世主であった事、彼が海峡を封鎖したバケモノを討伐した事実を教える。


「じゃ、じゃあもう東の海峡を船で渡ってもアイツに襲われたりしないのか!?」


 話を聞いていた作業員の一人が目を輝かせた。長い間自分達を悩ませ続けた魔物がいなくなったらしい事実に期待せずにいられない。


「……ま、そういう事になるわな」


 ボルツが作業員の言葉を肯定して、海峡の航行が自由となった事を告げる。


「うっ……うぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 作業員の男が感極まるあまり大きな声で叫ぶ。彼の言葉を皮切りに、その場にいた全員が祝福の歓声を上げた。船の到着でざわついた港が一転して歓喜の色に染まる。


「魔王様、ありがとう! 本当にありがとう!!」

「ありがてえ……これでまた商売ができるってえモンだ」

「異世界から来た魔王、アンタは港を救った神様だっ!」

「よっしゃあ! 今夜はうたげだぁぁぁああああーーーーーー!!」


 みなが口々に感謝の言葉を叫ぶ。困難な偉業を成し遂げた英雄に尊敬の眼差しを向けて、心からの歓待の態度でもてなす。何人かは魔王の体にベタベタ触る。

 男達にチヤホヤされて、魔王も悪い気はしない。満更まんざらでもなさそうに顔をニヤつかせて、町を救った満足感にひたる。


(クランベリーの町人達も、さぞや喜んだだろう……)


 対岸にある港の連中も同じように歓喜しただろうと考えて、気分が高揚する。町に戻らないため彼らが喜ぶ姿を目にする機会は無いが、それでも間違いなくあったはずの光景を脳裏に思い描いて胸をおどらせた。


 その晩は町を挙げてのお祭りとなる。皆が飲めや歌えのドンチャン騒ぎにきょうじて、町が救われた事を喜ぶ。

 ザガート達は酒場へと連れて行かれて、無数の荒くれどもにもてなされる。ごそうを振舞われたり、一緒に酒を飲んで談笑したり、これまでの冒険の話をする。最後は特別に宿代がタダになった宿に一晩泊まる。


 ザガートは他の皆が宿にいる間一人だけ抜け出して宅急便屋を訪れる。ダンカンの遺品をエリザに送る手続きを済ませると、再び宿に戻る。


(今日はもう遅い……残りの用事は明日やる事にして、ゆっくり寝るとしよう)


 自室のベッドに寝転がると、目を閉じて静かに眠りにくのだった。

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