第158話 魔の島
逃げたクラーケンを追って船旅を続けるザガート達……魔王が指差した方角へと舵を取る。
既に敵の姿は見えなかったが、魔王が魔力の痕跡を辿っており、迷わず船は進む。
十分ほど航海を続けると、視界の彼方に大きな島が見えてきた。
地図に載っていないその島は灰色のゴツゴツした岩が天に向かって突き出したような形をしており、島というより一つの大きな岩だ。茶色の土は微塵も存在せず、草木は一本も生えていない。とても人の生存環境に適さず、見るからに無人島と呼べるものだ。
一箇所だけ海に面した場所に大穴が空いており、船はそこを目指す。大穴に近い岩場に接岸して止まると、波に流されないように錨を下ろす。一行が上陸するための縄梯子を用意する。
「ボルツ……俺が留守の間でも船が襲われないよう、これを置いていく」
ザガートはそう口にすると、懐から木彫りの小さな熊を取り出して床に置く。
「船を移動させている間、それに魔力を吹き込んだ。それがあれば俺がいなくても船は敵に襲われずに済む。さすがにクラーケンの攻撃は防げないが、ザコの魔物であれば十分に対処可能だ」
魔王が木彫りの熊の用途について説明する。領域結界と同様の魔力が吹き込んであり、魔王が不在でも船を守ってくれるという。見た目は何の力も持たないただの置き物だが、秘められた魔力は想像を遥かに超えるようだ。
「俺達は今からクラーケンの討伐に向かう。丸一日経っても戻らなければ、俺達に構わず港に引き返してくれ」
今後の方針について指示を出す。万が一の事を考えて、船乗り達の安全を第一に優先する。
「ああ、了解した。だが必ず生きて戻ってきてくれよな」
ボルツが魔王の言葉を了承しながらニコッと笑う。彼らに生還してもらいたい切実な気持ちを言葉で伝えた。
船長の気遣いに魔王がコクンと頷く。船乗り達の思いに応えるようにニッコリと微笑み返す。
◇ ◇ ◇
船から接岸した岩場に向かって縄梯子が下ろされる。風はそれほど強くないため梯子が揺らされる事は無いが、一行は落ちないよう慎重に梯子を下る。一人ずつ順番に下りていって、六人全員が岩場に足を着ける。
島に上陸すると、周囲を警戒するように見回しながらゆっくりと歩き出す。何処かに敵が潜んでいるかもしれないと考えて、臨戦態勢を怠らない。
だんだん大穴に近付いていくと、白骨死体が転がっているのが見えた。それも一人や二人ではない。ざっと見ただけでも五人分はあるようだ。近くの岩場に座礁した船の残骸らしきものがある。
「島に漂流した人の亡骸ッスかね?」
なずみが死人の素性について思いを巡らす。
「僅かだが、クラーケンの魔力が付着している……この島に連れて来られたんだろう」
ザガートが骨の一本を拾い上げて、まじまじと眺めながら口を開く。骨に残っていた魔力の痕跡を感じ取り、アンモナイトの化け物にさらわれた犠牲者に違いないと推測を巡らす。
「あくまで推論だが……クラーケンは船を沈めても捕まえた船員をその場では殺さず、生きたまま島へと連れて帰り、その後で一人ずつ順番になぶり殺しにしていたんだろう。ここはそのための狩り場だったという訳だ」
仮説だと前置きしながらも、沈められた船の船員が海中ではなく、この島で殺されたと考える。足元に転がっている白骨死体を、島に連れて来られた元船員だと結論付けた。
「殺しを娯楽として楽しむとは、悪趣味な輩じゃのう」
クラーケンの所業を知らされて鬼姫が眉をしかめる。野生動物なら決して行わない知的でかつ無駄な行動を、いかにも魔族らしいやり口だと強く憤る。
「ですがそれが事実なら、この島の何処かにダンカンさんの遺品があるかもしれませんね」
ルシルが敵の行動に一縷の望みを抱く。出航する前に出会った母子に託された願いを果たせるかもしれないと前向きに考える。
海中に没していたら捜索は困難を極めただろう。だが島に連れて来られたなら、島の何処かに彼の遺品があるかもしれないのだ。一行の胸に微かな希望の光が湧く。
一行は大穴に向かって足を進める。クラーケンの巣穴と思しき場所、その唯一の入口へと辿り着く。
穴はとてつもない広さの大洞窟だった。巨大なタコが出入りする通路なだけあって、背丈六メートルの巨人がジャンプしても届かない高さに天井がある。横の広さもクジラが余裕で通れそうだ。洞窟の中央を大きな川が流れており、海まで繋がっている。川の左右に人が通れる幅の地面がある。
洞窟はかなり奥深くまであるようで、中は暗くて見渡せない。日光も内部までは届かない。
「聖なる光よ、暗き場所を照らしたまえ……領域灯ッ!!」
魔王が正面に右手をかざして魔法の言葉を唱える。するとパーティ周辺と、そこから半径十メートルの範囲が明るく照らし出された。
光は洞窟全体を照らすほどでは無かったが、敵の不意打ちに対する備えとして十分だ。
一行は二手に分かれて川の両端にある地面を歩く。右の足場はブレイズを先頭にしてレジーナとなずみが後ろを歩き、左の足場はザガートが先頭となって鬼姫とルシルが後に続く。川はかなりの深さがあったため、対岸に渡る時だけザガートが魔法で目に見えないガラスの板を即席の橋代わりに架ける。
一行は暗い洞窟の中をただひたすら歩く。クラーケンがいると目される部屋を目指して奥へ奥へと進んでいく。数分ほど歩くと犠牲者と思しき数人の白骨死体が転がっていたが、遺品らしきものは見当たらない。
洞窟は外から中に向かってビュウビュウと風が吹き抜けていたが、それが犠牲者の嘆きの声に聞こえて何とも不気味だ。肌を刺すひんやりした冷たい空気がより一掃恐ろしさを引き立てる。
不穏な空気を感じながら彼らが歩き続けた時……。
「……ムッ!?」
異変を察知したらしき魔王が突如足を止める。
次の瞬間、中央を流れる川の奥底から『何か』が浮上して、ザバァーーーッと水面に姿を現す。最初の一体が現れると、次々に他の者達が姿を現して、その数はおよそ五十体ほどとなる。
その者達は大人の男性より一回りほど大きかったが、人の形をしていた。だが全身は魚のような皮膚をしており、人間でない事は一目で分かる。手と足は河童のような水かきになっており、背中から頭にかけて魚の背びれがある。顔の左右にエラがあり、そこで呼吸を行う。
手には先端が尖った金属製の銛を持っており、彼らの武器のようだ。特殊な金属で造られていたのか、水に濡れても錆びた様子が無い。
「ギヨギヨギヨ……」
半魚人と呼ぶに相応しい外見をした亜人種の化け物が、ザガート達を見て不気味に笑う。うまそうな獲物を前にして喜んだように舌なめずりする。とても友好的な者の取る態度ではない。
「……サハギン!!」
半魚人の化け物を目にしてザガートがその名を呼んだ。




