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第156話 海の魔物を統べる王……その名はクラーケンっ!

 ザガート達が港町を訪れた日から数日後の朝……まだ太陽が昇り切っていない時間。


 港に一隻の船が停泊する。船と桟橋さんばしを行き来する板がけられて、船員が荷物の積み込み作業を行う。木造の船は軍艦並みの大きさがあり、嵐にっても簡単には沈みそうにない。

 単に一行を送り届けるだけでなく、西大陸に着けたら商売しようと思い立ったのか、積み荷はかなり多い。水と食料以外にも多くの物を載せる。絶対に沈まないという魔王の言葉を信頼したがゆえの事か。


 ザガート達が港に立ちながら積み込み作業を見守っていると、背後から一人の男がやってくる。


「予定より出発が遅れちまってすまねえな……船が出るのにあと三十分は掛からぁ」


 そう声を掛けたのは船乗りギルドの長ボルツだ。黒くて横に長い帽子を被り、長そでたけの長い上着を羽織はおる。中世ヨーロッパの海軍の提督のような格好をしていた。


「アンタが船長をやるのか?」


 ザガートが心配そうに問いかけた。いくら船が沈まない事を約束したとはいえ、リスクのある仕事を引き受けてくれた事に申し訳なさを感じずにはいられない。


「へへっ……こんな大役、他のモンには任せられねえからな」


 ボルツが照れるように指で鼻こすりしながら笑って答える。万が一何かあった時、危険な目にうのは自分の役目だ……そう言いたげなのが伝わる。

 男の言葉を聞いてザガートがニッコリ微笑む。何としても彼の決意に応えねばなるまいと思いを強くする。


  ◇    ◇    ◇


 積み込み作業を終えた船が港を離れる。が柱高くまで張られると、風を受けて動き出す。百人ほどの男達がオールを動かして船を進行方向に進ませる。

 船にはぎ要員の他にも多数の作業員が乗っており、かなりの乗員数だ。西の海は魔物の妨害が無ければ一週間で渡れる距離だが、不測の事態を見越して水と食料は二週間分用意してある。


 船が動き出してから数分、甲板に立っていたザガートがしばし海を眺める。

 これからどうすべきか思い悩んだように黙り込んだ後、両手でいんを結んで呪文の詠唱を口ずさむ。


「風の精霊よ……我が力となりて、船を守りたまえ! 領域結界フィールド・バリアッ!!」


 魔法名らしき言葉を叫ぶと、青い光が球状に放たれて船全体を覆う。数秒が経過すると光はうっすらと薄れていき、目に見えなくなる。


「船全体を不可視のバリアで覆った……今後、この船は百匹のドラゴンに体当たりされようと、巨大な隕石をぶつけられたとしても沈まないだろう」


 魔法の効果について説明を行う。船がいかなる攻撃を受けても沈まない事を、たとえ話によって表現する。


「よっしゃあ! 聞いたか、お前らッ! この船は絶対に沈まねえ! 俺達生きて帰れるんだ! だから安心して船を漕ぎやがれ!!」


 魔王の話を聞いたボルツが船全体に届くように大きな声で叫ぶ。船が無敵の守りを得られた事を伝えて、船員に安心感を与えようとする。


「オオーーーーーーッ!!」


 ボルツの呼びかけに、船員達が歓喜の言葉で応える。生きて帰れるおすみ付きを与えられた事に皆が喜ぶ。いかに荒くれどもと言えど、好き好んで死ぬような危険は冒したくない。安全な航海が出来るのであれば、そっちの方が良いに決まっている。

 生還を約束された今、船員の士気は最高潮に高まる。おくして逃げたくなる者はいない。


「本当に船は安全になったのか?」


 レジーナが魔王の発言を疑う。彼の力を信じない訳ではないが、青い光で覆われただけでは実感が湧かず、直接目で見て確かめずにはいられない。

 船から落ちないよう慎重に身を乗り出しながら下を見てみる。


「おおっ!?」


 視界に映り込んだ光景に王女は思わず変な声が出た。

 彼女が目にしたもの……それは船に近付こうとした魚が、見えない壁にぶつかってビシビシと弾かれる姿だった。だが全ての魚が弾かれた訳ではなく、普通に船に触ったり、わきを通り過ぎる魚もいる。


「おい! 結界に弾かれた魚と、そうでない魚がいるぞッ! これはどういう事だ!?」


 胸の内に湧き上がった疑問を声に出して問いかけた。


「この結界は意思を持っている……船に害を与える者かどうかを自分の意思で判断し、害を与える者だけを弾く。特に接近した者が魔族だった場合、絶対に弾くようになっている」


 魔王が結界の原理について説明する。船に対する危険度を結界自身が判断し、危険でないと判定した者だけを通すのだという。


「凄いなこの結界……というか、ザガートが常時この魔法を使っていれば、私達は旅の道中一度も魔物に襲われずに済んだのでは!?」


 魔王の説明に目を輝かせた王女だったが、すぐに別の疑問が湧き上がる。魔王が常にこの結界を張っていれば安全に旅が出来たのに、何故そうしなかったのかと問いかける。


「全く敵にわずに旅をしたら、お前達に戦闘の経験を積ませられないからな……それに一匹でも多く魔物を片付ければ、それだけ罪なき人々が魔物に襲われる可能性が低くなる」


 ザガートがあえて魔物を避けて進まなかった理由をく。仲間に戦闘経験を積ませたかった事、可能な限り魔物の数を減らしておきたかった事……それらの思惑を明かす。


「む……むう。そうか……確かにそうだな。お前の言う通りだ。すまない、私が間違っていた」


 男の考えを読み切れなかった事を王女が深くびる。魔王の主張はとても納得させられるものがあり、反論の余地は無い。てっきり男が敵と戦いたくてわざとそうしていたと思っていたが、そうではない。深謀遠慮に考えが及ばなかった事を心からじ入る。


(もっとも俺が敵と戦いたくて、わざとそうした面もあるが……それは言わないでおこう)


 魔王は心の中に湧き上がった言葉を、あえて口に出さないでおく。王女の読みもあながち間違っていなかった事になる。


  ◇    ◇    ◇


 船が出航してから二時間……何事もなく航海は進む。

 さいわいにも気候は晴天に恵まれており、波は穏やかだ。風は船を押してくれていたが、嵐になる気配は全くない。風の精霊が味方したようにすら思えた。


 海の魔物が結界にはばまれて近付けないせいで、船には一切危険が及ばない。クラーケンが出没する危険な海である事を忘れてしまいそうなほど、のほほんと航海は進む。時折ときおりイルカが水面から顔を出す姿を見かけて、乗組員をなごませる。レジーナと鬼姫はすっかり緊張感をなくして、「ふぁーーあっ」と退屈そうにあくびをする。


 このまま何も起こらず西大陸にたどり着けるのではないか……そんな空気が漂い始めた時。


「……ムッ!?」


 何らかの異変を察知したザガートが慌てて船の真横を見る。次の瞬間、視界の彼方にある海でザバァーーーンッと水しぶきが上がる。水しぶきの中に『何か』がいるのが見えた。


「あ、アイツだ……半年前に船を沈めたバケモンだ。間違いねえ!!」


 巨大な水しぶきを上げた魔物を見て、ボルツが目の色を変える。一連の騒動を引き起こした張本人だと確信を抱き、体の震えが止まらなくなる。

 空高くまで打ち上げられた水柱が海に落下して波が収まると、魔物の姿がはっきり見えるようになる。


 船から五十メートルほど離れた水面に浮上したのは、船に巻き付ける大きさの巨大なタコが、カタツムリのからを頭に被ったような化け物だった。それはどうやらアンモナイトと呼ばれる生物のようだ。足は八本ある。


(クラーケンと言えば、イカかタコなのがお約束だが……この世界においてはアンモナイトだったという訳か)


 魔物の姿を目にしてザガートが物思いにふける。神話で聞いた姿と少し違っていた事に関心を抱く。


「我ハ、クラーケン……魔王軍十二将ノ一人ニシテ、海ノ魔族ヲベル王ナリ……」


 巨大なアンモナイトが片言かたことの喋りで自己紹介する。海における魔王軍を統括とうかつするリーダーだと教える。

 彼の名乗りにより、一連の事件を引き起こした黒幕が、ザガートが探し求めた宝玉を持つ幹部である事が明白となった。

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