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第155話 港町クランベリー

 魔族の大群を殲滅したザガート達は西に向かって進み続ける。大陸の最果てにあるという港町を目指して、ただひたすらに歩く。

 魔族の襲撃は大群に襲われた一度きりで、その後は全く襲ってくる気配がない。この辺一帯の魔族を一掃してしまったのか、血の臭いに恐れをなしたのか……いずれにせよ順風満帆に旅は続く。


 何もない平地を二時間ほど歩き続けると、地平の彼方に町が見えてくる。どんどん近付いていくと、唯一の入口らしき門に三人の兵士が立っているのが見えた。


「おお、貴方がたは……港町クランベリーへようこそ!!」


 視界の彼方からやってくる一行を目にして、兵士の一人が歓迎の言葉を口にする。救世主の名声はこの地にも伝わっているようで、魔王を一目見てウワサの英雄であろうと見抜く。


「フム……早速さっそくだが西の海を渡る船が欲しい。港まで案内してもらえないか」


 ザガートが単刀直入に用件を述べる。船を手に入れたくてやってきた事を明かして、目的地まで案内してもらうよう頼む。


「案内は構いませんが……西の海を渡る船は出ないと思います」


 二人目の兵士が言い辛そうに小声でつぶやく。下を向いたまま気落ちした表情になる。他の二人も残念そうにため息を漏らし、目を合わせられないように顔をうつむかせた。魔王に失望した訳ではなく、相手の期待に応えられない事に申し訳なさを感じた様子だ。


「なんでじゃ! 港町なのに船を出せんとは、どういう了見じゃ! わらわがよそ者だから船を貸せぬと、そう言いたいのか!!」


 鬼姫が鼻息を荒くしながら兵士につかみかかる。船を出せない理由を、自分達への差別感情だと早とちりして、物凄い剣幕で怒鳴り散らす。


「落ち着け。まだ彼らは何も言ってないじゃないか」


 憤慨する鬼姫を魔王が慌てて止める。一人ではやてんして怒りだした事をたしなめて、彼女を後ろに下がらせる。なおも怒りが収まらず暴れようとする鬼姫を、ブレイズが後ろから羽交はがめにする。


「何か事情がある……そうなんだろう?」


 ザガートが穏やかな口調で兵士に問いかけた。相手を安心させて理由を聞き出そうとする。


「はい……話せば長くなるのですが」


 魔王の紳士的な態度に安心したように男が口を開く。


「船乗りギルドのおさに会って頂けませんか。彼からなら、私達よりもっと詳しい話が聞けると思います。彼の家まで案内しますよ」


 事情を詳細に話せる人物に会う事を提案し、その者の家まで案内する事を願い出る。

 ザガートがコクンとうなずいて了承すると、門の中に広がる町へと歩き出す。一行は彼の後に続いてぞろぞろと歩く。

 案内は兵士の一人が買って出て、残りの二人は門の警備のためにその場に残る。


  ◇    ◇    ◇


 兵士に案内されるがまま街の中を歩くザガート達……歩きながら左右を見回して、町の様子をうかがう。


 表通りは昼間だけあってそれなりに人が歩いていたが、港町という単語から想像する活気とは程遠い。どちらかというと閑散かんさんとしていると言っていいほどだ。

 道行く人々も、店頭で魚や野菜を売っている主人も、何処となく元気がない。皆将来に不安を抱えたように陰気な顔をする。それだけで町に異変が起こっているのが伝わる。


 すれ違う者の何人かは魔王の姿を見て「あっ」と驚きの声を上げたが、直接駆け寄るほどではない。離れた場所からひそひそと小声でウワサ話を始める。


「救世主様……どうかこの街をお救い下さい」


 一人の老婆が魔王の方を向いたまま手を合わせて祈る言葉が聞こえた。


  ◇    ◇    ◇


 数分ほど歩き続けると、表通りに面した大きな建物が見えてくる。

 一軒家というには少し大きな三階建ての木造家屋は、船乗りギルドの長の住居であると同時に、船乗り達の集会所であるように思えた。


 兵士が入口のドアを数回ノックすると、使用人らしき若い男性が中から出てくる。ザガートの姿を見て一瞬「あっ」と驚いた顔をする。


「救世主様がボルツさんにお会いになりたいと……彼はご在宅でしょうか」


 兵士がギルド長らしき者の名を口にして用件を伝える。


「分かりました。親方の部屋まで案内しますんで、付いてきて下さい」


 男は主人との面会を了承すると、建物の中へと入っていく。役目を終えた兵士は持ち場に戻り、ザガート達は使用人の後に付いていく。

 二階に上がった廊下の突き当たりにあるドアの前まで来て足を止めると、男がドアをノックする。


「親方、例のお方が会いたがってます」


 ドアの向こうにいる人物に声を掛けて、部屋に入れる許可を求めた。


「……入れてやんな」


 ギルド長らしき男の言葉が返ってくる。使用人がドアを開けて、ザガート達が中へ入る。


 部屋の窓側に置かれたテーブルの奥にある椅子いすに一人の男が座る。年齢は五十代半ばくらいに見え、筋骨隆々としたガタイの良い大男だ。シャツのそでまくっており、日焼けしたような小麦色の肌で、虎のような黒いひげを生やす。見るからにいかつい風貌は、怪しげな格好をしていたら盗賊の親分に見えたほどだ。


「アンタが救世主サマかい……話には聞いてる。俺の名はボルツ、この街の船乗りギルドの長をやってるモンだ」


 大男が挨拶あいさつがてら自己紹介する。荒くれた見た目には似つかわしくないほど声の調子は元気がない。人生に疲れたような暗い顔をしており、言葉にはため息が混じる。


「西の海を渡れないと聞いたが……その様子じゃ訳ありのようだな」


 男の元気のなさを見てザガートが事情を察する。船を出したくても出せない理由があるのだろうと考えて、詳しい話を聞こうと思い立つ。


「……聞いてくれますかい」


 ボルツが小声で話し始める。表情は相変わらず暗かったが、魔王が相談に乗ってくれそうな空気に希望が湧いたのか、少しだけ口元に笑みが戻る。


「知っての通り、ここは港町だ。今は元気をなくしちまってるが、前はこうじゃなかった。街には活気があって、もっと人がたくさんいて、みんなワイワイ楽しそうに働いてたんだ……半年前まではな」


 昔をなつかしむように窓の外に広がる街の風景を眺めながら語る。以前はもっとにぎやかであり、今の街は本来の姿ではないと話す。


「半年前、西の海にクラーケンと名乗る怪物が出たんだ。呼ばれたんじゃなく、本当に自分でそう名乗った。そのクラーケンって怪物が船団の船を一隻沈めて、残りの船は慌てて港に逃げ帰った。それからだ……西の海を渡ろうとする船は必ずアイツに襲われるようになり、西の海を渡れなくなっちまった。ヤツを倒そうとした者も、避けて進もうとした船も、全部沈められちまった」


 神話に語り継がれし海の魔獣が現れて、航行を邪魔するようになった経緯いきさつを教える。


「ヤツは西の海で待ち伏せしているらしく、他の海域への遠征は行わねえ。だから逆方向にグルッと回り込めば、西大陸に行く事自体は出来る。だが西の海を渡れば一週間で済む船旅が、逆方向からだと一ヶ月以上は掛かる……時間が掛かりすぎるし、予算も人手も足りねえ。毎回それをやってちゃ、とても商売が成り立たねえ」


 魔獣が他の海域には出没しない事、西大陸に渡る手段自体はあるが、とても採算に見合わない事を口にする。


「クランベリーは西大陸との交易で栄えた町だ。それが今となっちゃ、ヤツのせいでごらんのあり様よ……」


 クラーケン一匹のせいで街が活気を失った事実を述べて、話を終わらせた。


 嫌な事を思い出したと言いたげに男の表情は暗い。先行きの見えない未来に不安を感じたようにガックリと肩を落とす。いかつい見た目に似つかわしくないほどしょぼくれた男の姿は、どうにかしたくてもどうにもならない行きまりを感じさせた。


「フゥーーム……」


 これまでの経緯いきさつを聞き終えたザガートが眉間みけんしわを寄せて気難しい表情になる。ボルツから得た情報を頭の中で整理して、これからどうすべきか思い悩む。


(残り三つの宝玉のうち、一つは海上にある。恐らくそのクラーケンとやらが魔王軍の幹部なんだろう。そうであれば戦いは避けられない)


 地図にしるされた宝玉のありかを思い起こし、一連の騒動を引き起こした魔物が、探していた相手の一人なのだろうと推測する。船乗り達の相談に乗るにしろ乗らないにしろ、どっちみちクラーケンは倒さねばならぬ相手だと結論付けた。


 彼らの悩みを解決する事が旅の目的達成に繋がるなら、相談に乗らない理由はない。ザガートがクラーケン討伐の申し出を口にしかけた瞬間……。


「お願いです! どうか……どうか夫を見つけて下さい!!」


 部屋の外から建物中に響かんばかりの大きな声が聞こえた。

 ザガート達が廊下に出て下の階に目をやると、一階の大広間で一人の女性が泣き叫ぶ。年は三十代半ばに見え、エプロンを着た主婦らしい見た目の女性だ。彼女のそばには息子らしき幼い少年がいる。


 一階には使用人と船乗りらしき数人の男性がいたが、誰も気の利いた言葉を返せない。女が夫の捜索を必死に願い出ても、何も言い出せずに口をつぐむ。夫の捜索を諦めてくれと言いたげだ。


「あの女はエリザ……側にいるのは息子のケンだ。最初にクラーケンに沈められた船の船長がダンカンって男でな、彼女はダンカンの妻だ。半年前の事件以来、今もこうしてちょくちょくここや港に顔を出しては、夫の捜索を頼んでいる」


 遅れて部屋から出てきたボルツが女の素性を教える。船を沈められて行方不明になった乗組員の家族であった事、時間がってもなお夫の発見を諦めきれず、しつこく頼み込んでいる事……それらの事情を話す。


 エリザはしばらく一階の男達と話していたが、二階の手すりに魔王がいるのを目にして、慌てて階段を駆け上がる。まるでいちの望みを見つけたと言わんばかりに物凄い速さで走っていく。


「ああ、救世主様っ! お願いします! どうか……どうか夫を探して下さい!!」


 魔王の前まで来てひざをつくと、両手を合わせて神に祈るようにお願いする。わらにもすがる思いで夫の捜索を頼み込む。


「船が沈んでから半年……私達も夫が生きてるとは考えておりません。ならばせめて……せめて遺品だけでも見つけて、夫の死をとむらいたいのです」


 夫の生存はとうに諦めた事、彼のゆかりの品があるかもしれないと思い、見つけて欲しい事を頼む。


「このまま何も見つからなければ、私達は夫の死を受け入れて、前に進む事すら叶いません……」


 形見の品が発見できなければ未練を断ち切れない思いを口にして話を終わらせた。最後は悲嘆に暮れたようにウッウッと声に出して泣き出す。

 夫の遺品すら見つけられず、深い悲しみに染まって泣く女の姿は見るからにびんだ。幸せだったはずの家族を不幸の奈落へと突き落としたクラーケンへの怒りが湧く。


「……やれるだけの事はしてみよう」


 このままにはしておけないと感じて、ザガートが女の頼みを承諾する。自分に出来る範囲の事であれば、彼女のためにしてやれる事があるかもしれないと思い、依頼を引き受けずにはいられない。


「ああ……ありがとうございます!!」


 魔王の言葉を聞いて女の表情が晴れやかになる。ウワサの救世主が願いを聞き入れた事に、これまで抱えたモヤモヤが払拭されたような満面の笑顔になる。ほほは涙で濡れていたが、それすらもキラキラ輝いて見えた。


  ◇    ◇    ◇


 おやが建物から出ていく姿を一行が見送る。二人がいなくなっても、いつまでもその場に立ち続ける。

 エリザの背中を見送った魔王の胸に様々な思いが去来する。母子に対する同情……何としても彼らの期待に応えたい使命感……魔族に対する怒り……それらがなわのように絡み合う。最後はクラーケンを倒さねばならない一つの思いに収束する。


「ボルツ……無理を承知で頼みたい。西の海を渡る船を一隻出してくれ。俺が防御結界を張って船が沈まないようにすると約束する」


 背を向けたままギルド長に頼みごとを口にする。感情を押し殺したように発せられた声は、静かな怒りを秘めている風でもあった。


「えっ!? それじゃ、ひょっとして……」


 魔王の口から放たれた言葉に、ボルツが一瞬嬉しそうな顔をする。ある期待が胸の内にふくらんで、ワクワク感が止まらなくなる。

 男の期待に応えるように魔王が言葉を続ける。


「ああ……そのクラーケンとかいう怪物、俺が退治してやる!!」

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