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第154話 開戦! 魔物 vs 魔物!!

 これまで地図を頼りに宝玉を集める旅をしてきたザガート達だったが、自分達が今いる大陸には宝玉が残っていないと知る。残りの宝玉を得るためには海を渡る必要があり、船を手に入れなければならないと思い立つ。

 宿の主人から港町の存在を知らされた一行は、そこを次なる目的地と定める。宿に一晩泊まって朝食を済ませると、ただちに港町を目指して出発するのだった。


 宿を出た一行は開けた平地を西に向かって歩き続ける。一言も言葉をわさず、ただ黙々と歩く。ひたすら目的地を目指して進んでいく。

 地図を見た限り宿から港町までは二十キロほど離れていたが、まったいらな平地になっており、障害物は見当たらない。歩き続ければ昼までには着きそうな距離だ。


 このまま何事もなく進めば良いのだが……そんな考えがみなの頭をよぎった時。


「………」


 集団の先頭を歩いていたザガートがピタッと足を止める。地平の彼方を凝視したまま一歩も動かない。

 魔王が異変に気付いたのだろうと察して、他の五人も足を止める。魔王が見つめた方角に目をやる。

 皆の視線が一点にそそがれたまま、数秒が経過した後……。


「ああっ!」


 ルシルが悲壮感に満ちた声で叫ぶ。その直後、地平の彼方に小さなモゾモゾした物体が姿を現す。物体はこちらに近付いて来ており、それと共にザッザッと足音が鳴り出す。軍隊の行進のように足音が揃っており、統率された集団だと分かる。

 距離が近付くにつれて、彼らの姿がハッキリ見えるようになる。


 姿を現した物体……それは邪悪な魔物の群れだった。

 右の集団はオークが五百体、左の集団はゴブリンが五百体、さらに彼らの後ろにはレッサーデーモンが百体……合計千百体からるそれは、大魔王が差し向けた刺客であろうと思われた。


 魔族の集団はザガートから十メートルほど離れた場所まで来て足を止める。そこから一歩も動かない。慎重に相手の出方をうかがうように静止する。


「頭数を揃えてお出迎えとは……俺の歓迎会でも開いてくれるのか?」


 ザガートがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。大部隊を前にしても一切ものじせず、皮肉を利かせたジョークを吐く。


「そんな訳ないだろう! 異世界の魔王をこれ以上先に進ませるなと、そうアザトホース様から命令を受けた! 我々はそのためにここへ来た! 我ら魔族の誇りにかけて、この命にえても使命をまっとうする! ザガートッ! ここが貴様の墓場となるのだ!!」


 集団の先頭にいたオークがごく真っ当なツッコミを入れた。自分達が大魔王から命令を受けた事を伝えて、何としても使命を果たすのだと息巻く。


「どどど、どうするんだ、ザガートッ! 敵は物凄い大軍だぞ!!」


 レジーナが血相を変えて慌てふためく。敵の大部隊を前にして冷静ではいられなくなり、声を震わせてにわかにパニックになる。


「たわけめ……何を慌てておる。頭数を揃えただけの雑兵なぞ、魔王が全体即死魔法を唱えれば一発でカタが付くではないか」


 動揺する仲間を鬼姫がしかり付けた。恐怖で恐れおののいた王女と違って、一ミリも焦っていない。この程度の敵なら魔王が一瞬で片付けてくれると、冷静に判断する。


「フム……確かに致死風デッドリー・エアを唱えればカタが付く。だがそれにもきてきた。せっかくだから、ここはいつもと違うしゅこうらしてみたい」


 ザガートが鬼姫の言葉に同意してうなずきながらも、別のアイデアを提唱する。敵をあっさり片付ける事に飽きてしまっており、別の方法を試してみたいと思い立つ。


「忠実なるしもべよ……我が呼びかけに応じて、遠方より来たれッ! 召喚生命サモニング・ライフッ!!」


 正面に右手をかざして魔法の言葉を唱える。すると彼の前にある大地に巨大な円形の魔法陣が浮かび上がる。それは召喚の術式であったらしく、魔法陣からズモモモモッと何かが出てくる。


「……グレーターデーモン!!」


 魔王がモンスター名らしき名を叫ぶと、背丈六メートルにも及ぶ筋骨隆々とした青いデーモンが三体現れる。


「……ポイズン・ジャイアント!!」


 次に名を呼ぶと、同じく背丈六メートルほどある毒々しい紫色をした裸の巨人がやはり三体現れる。


「……ボーパルバニー!!」


 最後に名を呼ぶと、獰猛どうもうな目付きをした白ウサギが二十匹現れる。


 魔王が召喚した者達……それはいずれもかつて敵として立ちふさがり、蹴散らされた連中だ。だが生命創造クリエート・ライフによって心を入れ替えたようで、魔族特有の邪悪なオーラを感じさせない。恐ろしい殺人ウサギであるはずのボーパルバニーですらも、魔王の仲間達には優しい笑顔を向ける。


「我が魔王……こうして我らを召喚して頂いた事に深く感謝いたします」


 グレーターデーモンの一体がひざまずいてこうべを垂れる。他の者達も彼と同じようにする。みながこの場に呼ばれた事を光栄に感じる。

 この世界の魔王アザトホースではなく、異世界から来た魔王ザガートを絶対的な主君とあがめる。


「ウム……」


 ザガートが満足そうにうなずく。有能な配下を使役できた喜びに胸をおどらせた。


 魔王には一つの悩みがあった。それは魔王軍十二将を配下に出来ない事だ。彼らには生命創造クリエート・ライフが効かず、改心させて部下に引き入れられない。

 いずれ自分の王国を築きたい魔王にとって、戦闘力の高い部下を得られない事実は大いに頭を悩ませた。そんな彼にとってはグレーターデーモンでも十分にありがたい。

 せめて王国を築いたらブレイズと鬼姫の二大側近制をいて、その下にミノタウロスら強力な魔物を置こう……そう思いを抱くのだった。


 しばし物思いにふけるザガートだったが、今は敵が目の前にいるのだと冷静に思い直す。


「魔王の名において命じる……我が前に立ちはだかりし魔物の大群を殲滅せんめつせよ!!」


 マントをバサッと開いて風にたなびかせると、ゴブリンどもの抹殺を命じる。


「ははーーっ! 我らにお任せあれ! しょうこのグレーターデーモン、必ずや主君のご期待にそえる働きをしてみせましょう!!」

「ザガート兄貴、あっしらの戦いぶりしかと見ててくだせえ!!」

「キキィィーーーーッ!」


 主人の命を受けて魔物達が意気揚々と歓声を上げた。敬愛する王に必要とされた事を深く喜んでおり、何としても与えられた使命をまっとうするのだと思いを強くする。

 ひとしきり歓声を上げたデーモンが後ろを振り返ると、視界の先にオークの群れがいる。みな屈強な魔物を前に恐れをなしている。


「貴様ら、俺とヤるつもりか? 脆弱なオーク風情ふぜいが、このグレーターデーモンと……」


 デーモンがあおり文句を吐いてニヤリと笑う。完全に相手を格下と看做みなしており、ゴミを見るような目で見る。巨人は不気味にうすら笑いを浮かべており、ウサギは「キシシッ」と声に出して鳴く。


 敵に侮蔑的な言葉を浴びせられても、オーク達は怒りすら湧かない。間違いなく自分より強いであろう相手に凄まれて、ただ震えているだけだ。


「え……ええい! 貴様ら、何をひるんでいるッ! こちらは千百体、向こうはたかだか二十六体だぞッ! 数の上ではこちらが圧倒的に有利ッ! ここは見事彼奴きゃつらめの首を持ち帰り、我ら魔王軍こそ正統な魔物集団だという事を、人間どもに知らしめてやる時!!」


 おびえの色を隠そうともしない仲間を、先頭にいたリーダー格らしきオークがしかり付けた。自分達が戦力的に優勢であると力説して、落ちかけた兵の士気を鼓舞こぶしようとする。

 彼の言葉を聞いて、それまで浮き足立っていた兵達が落ち着きを取り戻す。大魔王の顔に泥を塗らないためにも、ここで引く訳には行かないとメラメラ闘争心を燃やす。


「偉大な大魔王様に、我らの忠誠を捧げるのだぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」

「オオーーーーーーーーッ!!」


 先ほどのオークが天にも届かんばかりの号令を発すると、他の魔物達がときの声を上げる。それを開戦の合図として、千百体の魔物がザガートの手下めがけて一斉に走り出す。


「ムンッ!」


 グレーターデーモンがかつを入れるように一声発しながら、握った右拳を横ぎに振る。ブゥンッと風を切る音を鳴らしながら振られた拳は、彼に襲いかかろうとした魔物数体をゴミのように吹き飛ばす。


「ギャアアアアアアアアーーーーーーーーッ!!」


 岩のような剛拳で殴られた亜人種の群れが悲鳴を上げる。直撃を受けた者は全身が木っ端微塵に弾け飛び、原型をとどめた者も内蔵が破裂して死に至る。


「俺達も負けてられねえぜ!」


 三体のポイズン・ジャイアントが大悪魔に続けとばかりに駆け出す。ザガートの仲間を巻き込まないようにという配慮から、敵軍の中心を目指して進んでいく。彼らの行く手をさえぎろうとしたゴブリン達は足で蹴られてサッカーボールのように宙を舞う。


「俺達の臭い息を食らえ!!」


 敵軍の中心に着くやいなや、三体の巨人が大きく口を開けて猛毒のガスを吐く。ガスはまたたく間に広がっていき、およそ百体の魔物が餌食えじきとなる。


「ギャアアアアアアアアッッ!!」

「くっ、くせぇぇぇぇええええええーーーーーーーーっ!」

「うげええええええええっ!」


 ガスをモロに吸い込んだ魔物達が大声で泣き叫ぶ。ある者は吐き気をもよおし、またある者はガスが目に染みて涙が止まらなくなり、またある者は呼吸困難におちいって地べたを転げまわる。いずれにせよ無事でいられた者はいない。

 真夏に放置した生ゴミのような腐敗臭を放つガスは、吸った者をあらゆる状態異常におかす猛毒性であり、彼らを絶望の奈落へと叩き落とす。


「キキキィィーーーーーーッ!!」


 敵が無力化したすきを見計らうように二十匹のボーパルバニーが駆け出す。彼らは毒に強い耐性があるらしく、ガスが充満した戦場であろうとお構いなしに駆け回る。敵軍のただ中に入ると、近くにいる魔物から手当たり次第に襲いかかる。


「……ッ!!」


 ウサギに飛びかかられた最初のゴブリンが悲鳴を上げる間もなく倒れた。頚動脈をザックリ切り裂かれており、そこから真っ赤な血を噴き上げたまま数秒間ピクピクした後、糸が切れた人形のように動かなくなる。


 ウサギは熟練の暗殺者のように的確に急所を狙っており、オーク、ゴブリン、レッサーデーモンを次々に狩る。ある者は無言のまま息絶えて、ある者は悲鳴を上げてもがき苦しみながら絶命する。


 大悪魔、毒巨人、白ウサギは魔族の群れを次々に殺していく。魔王から特に作戦は与えられておらず、ただ目の前の敵をゴミのように踏みつぶすだけだ。彼らにはそれで十分だった。

 それはもはや戦いなどと呼べるものではなく、強者が弱者を一方的になぶり殺しにするだけの蹂躙じゅうりん、虐殺と呼べるものだ。とうに勝敗は決していた。




 戦いが始まって数分が経過した頃……それまで鳴り響いていた虐殺の音がピタリと止む。


 大地を埋め尽くす魔物の死体……川のように流れる赤い血。辺り一帯には鉄臭いニオイが充満する。死屍しし累々(るいるい)となった戦場に、大悪魔と毒巨人と白ウサギが勝ち誇ったように仁王立ちしながら、天に向かって咆哮ほうこうを上げていた。

 千百体いた魔族は文字通り皆殺しにされており、生存者は一人もいない。みな魔王が召喚した魔物の餌食えじきとなる。


 ザガート配下の魔物は返り血こそ浴びていたが、負傷した者は誰もいない。皆暴力的にザコを狩っただけだ。まさにライオンとネズミのケンカに等しかった。


 ひとしきり勝利の雄叫びを上げた二十六体の魔物はそれにも飽きると、主人のいた方へと帰っていく。ザガートの前まで来て足を止めるとひざをつく。


「我が主よ……ご命令通り、魔族を始末いたしました」


 先頭のグレーターデーモンが、命令を遂行した事を報告する。


「フム、よくやった。お前達の働きぶりは俺の想像をはるかに超えるものだった……その事を誇りに感じて、しっかりと胸を張るといい」


 ザガートが部下にねぎらいの言葉を掛ける。彼らの強さに大いに満足したらしく、嬉しそうにニコニコ笑顔になりながら、魔物達の奮戦ぶりを手放しで称賛する。


「おお、ありがたきお言葉……」


 働きぶりをめられて魔物達が嬉しそうに涙ぐむ。ある者はウッウッと声に出してむせび泣く。偉大な王に存在価値を認められた事は、それだけで彼らにとって何ものにも代えがたい褒美ほうびだった。


「お前達には追って褒美を取らせる。今はひとまず持ち場に戻れ」


 ザガートは報酬を約束すると、大地に手のひらを向けて魔法陣を出現させる。

 配下の魔物達はコクンとうなずくと、続々と魔法陣に足を踏み入れる。魔法陣に入った順番にフッと姿が消えていき、元いた場所へと帰っていく。

 やがて配下の魔物が全員いなくなると、後には死体の山だけが残された。


「師匠、凄いッス! 善の魔物を使役して、敵対する魔族を殲滅する姿はまさに魔王……この世界の魔王を滅ぼそうとする、異世界から来た魔王の姿だったッス!!」


 一連の光景を目にしてなずみが歓喜の言葉を漏らす。魔王らしい実力を見せた男を羨望せんぼうの眼差しで見る。心から感動したように目をキラキラ輝かす。

 大地を埋め尽くす凄惨な死体に顔をしかめたりしない。ただただ男の圧倒的な強さに胸をおどらせた。


 他の仲間達も反応は同じであり、皆一様に魔王をたたえる。ルシルはなずみと同じく目をキラキラ輝かせて、ブレイズは敬服するようにひざまずき、鬼姫はツンデレ気味にあきれながらも称賛の言葉を送る。

 仲間にチヤホヤされてザガートは満更まんざらでもなさそうに鼻息を吹かせたドヤ顔になる。


「………」


 ただ一人レジーナだけが仲間の輪に加わらない。少し離れた場所から魔王の姿をじっと見る。先ほどの戦いを見て何かしら思う所があったのか、彼女だけが浮かない顔をする。


(善人と呼ばれていても、やっぱり魔王は魔王なんだな……もし勇者だったら、こんな戦い方はしないだろう)


 男の魔王らしい戦いぶりに畏怖いふの念を抱く。もしあの力が自分達に向けられたら……一瞬そんな考えが頭をよぎり、背筋が凍る思いがした。


 過去二度世界を救った勇者は、いずれも神ヤハヴェが召喚したものだ。だが今回ヤハヴェは勇者召喚を行わない。当代においてはゼウスが召喚したザガートこそ、もっとも勇者と呼ばれるに相応しい人物だ。

 だがそうであったとしても、やはりザガートは魔王であって勇者ではないのだ……王女はそう考える。


 ファンタジーの王道的な勇者がやらない事を、彼は平然とやってのける。それは長所でもあり短所でもあった。ただいずれにせよ彼はただ強いだけの人物ではなく、『人類に味方する魔王の姿そのもの』だと感じさせるに十分だ。


 今はただ、彼がこちらがわでいてくれて本当に良かった……そう思わずにいられなかった。オークをまたたく間に殲滅する圧倒的な暴力に立ち向かうすべなど、人類にありはしないのだから……。

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