第152話 ……十三人いるっ!
三体の偽者を倒して、戦いが終わったムードが漂いかけた時……。
「……ムッ!?」
何らかの異変を察知したザガートが慌てて後ろを振り返る。
魔王の視線が向けられた方角を皆が見ると、何もない地面がモコモコと盛り上がる。それも一箇所や二箇所ではない。十箇所の土が盛り上がり、そこから合計十体のスライムが顔を出す。
今度は十体のスライム全員がザガートの姿に化ける。十人の偽魔王が横にズラッと並んだまま「フッフッフッ」と笑いながら本物を眺める。
「メタモルファが十体いた……だと!?」
敵の増援が現れた事にレジーナが驚愕する。三体だけだと思っていた敵が、それを上回る数だった事に困惑せずにいられない。他の仲間達も驚きが表情に出て、見るからに浮き足立つ。驚いていないのは魔王一人だけだ。
「我らメタモルファは全部で十三体いる……貴様らはそのうち三体を倒したに過ぎん!!」
偽者のうち一人が自分達の総数を声高に教える。彼の発言が本当なら、敵の姿に化けるスライムはこれで打ち止めという事になる。
(魔王軍十二将と言っておきながら、こいつらだけで十三体いるのはどうなんだ?)
ザガートは胸の内に湧き上がった疑問を声に出さずしまっておく。あえてツッコミを入れるのは野暮だという考えがあった。
「如何に我らの強さが本物に及ばないとはいえ、十体同時に襲われてはひとたまりもあるまい……」
さっきとは別の一体が勝利を確信した台詞を吐いてニヤリと笑う。本物の強さを再現していない事を認めた上で、数の暴力に頼って押し切る作戦に切り替えたようだ。
「十分の一の強さを持った男が十人に増えた所で、強さが十倍になる訳じゃない……猫がいくら頭数を揃えようと、恐竜に勝つ事はできん。その事を身を以て教えてやろう」
ザガートはカツカツと数歩前に進むと、恰好を付けるようにマントをバサッと開いて風にたなびかせた。腕組みしてふんぞり返りながら仁王立ちすると、喩え話を持ち出して自分の優位性が揺らがない事を教える。
「ブレイズ……鬼姫……お前達は下がっていろ。ここからは俺一人でやる」
後ろを振り返らないまま、仲間に手出ししないよう命じる。
「魔王ッ! いくらお主でも、この数が相手では……」
血相を変えた鬼姫が慌てて駆け寄ろうとしたため、ブレイズがサッと手を横に振って制止する。無言のまま首を左右に振って、主君の意思を尊重すべきだという考えを示す。
「………」
黒騎士に止められて女が押し黙る。一瞬どうすべきか悩んだものの、魔王が考えを捻じ曲げる性格ではないと分かっていたため、止むなく引き下がる。
二人が後ろに下がって一人になった魔王を、偽者の集団がズラッと取り囲む。十人が円状に包囲陣形を作ると、中心にいる男を眺めてニヤニヤと笑う。「ヒヒヒッ」「ハハハッ」と下品な声を出す。完全に獲物を追い込んだハンターの気分でいる。
「魔王ザガート……我らを敵に回した事を後悔しながら、あの世へ行けぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーーーっっ!!」
一人が勝利を確信した台詞を吐いて、それを皮切りに十人が包囲の中心にいる魔王めがけて一斉に飛びかかる。パンチやキックを繰り出して相手を痛め付けようとする。
十人がよってたかって一人の男をタコ殴りにする。ドガガガガッと激しい打撃音が鳴る。
魔王は棒立ちになったまま相手の攻撃に耐える。打撃が当たっても微動だにしない。まるで銅像になったようだ。
「フハハハハァーーーーーッ! どうだ、ザガート! あまりの恐ろしさに手も足も出まい! その証拠に声も出さず、反撃もしないであろう!!」
偽者の一人が大きな声で笑う。魔王がされるがまま一切反撃を行わない事に、自分達が有利になったのだろうと思い込む。
当のザガートはリンチが始まってから全く動いていない。殴られても少しもひるまず、顔色を変えず、平然と立っている。むろん殴られた事による負傷は一ミリも無い。
それどころか殴った側であるはずの男達の拳が徐々に赤くなり、ゼェハァと呼吸が荒くなり、魔王を殴る動作がだんだん遅くなる。最初は激しかったラッシュが次第にゆっくりになり、最後はフニフニペチペチというやる気のないヘボパンチになる。銅像のように硬い男を殴り続けて体力を消耗したようだ。
「フンッ!」
ザガートが喝を入れるように一声発すると、彼を中心として激しい突風が巻き起こる。ブワッと吹き抜けた風を正面から浴びて、偽者の体が宙に浮き上がる。
「ウワアアアアアアアアーーーーーーーーッ!」
十人の偽魔王が鼻息で吹き飛ばされたホコリのようにあっけなく吹き飛ぶ。ポーーンと宙を舞った男の体が地面に叩き付けられて横向きにゴロゴロ転がる。しばらく大の字に倒れたまま起き上がらない。
「どうした……もう終わりか? その程度の攻撃では掠り傷にもならんぞ」
魔王が地面に倒れた偽者を眺めながら煽るような言葉を吐く。表情に余裕の笑みが浮かび、相手を見下す氷のような眼差しになる。完全にゴミを見るような目で見る。
「おのれぇ……」
侮蔑の笑みを浴びせられた一人が、憎々しげな言葉を吐きながら立ち上がる。他の九人が彼に続くように立ち上がり、体勢を立て直すと戦闘開始前の包囲陣形に戻る。
「まだだ! まだ終わりじゃない! 俺達の本当の力を見せてやる!!」
負け惜しみを早口で喚き散らして、本領を発揮していないと告げるのだった。
「ゲヘナの火に焼かれて、消し炭となれッ!」
「消し炭となれッ!」
「なれぇっ!」
一人が攻撃呪文の詠唱を始めると、他の九人が後に続くように詠唱しだす。十人全員が一つの同じ魔法を唱えようとする。
「「「火炎光弾ッ!!」」」
魔法名を口にすると、十人の手のひらから煌々と燃えさかる梨くらいの大きさの火球が包囲の中心にいる男めがけて放たれた。火球が直撃すると轟音と共に巨大な炎が噴き上がり、男の体が灼熱の業火に包まれる。炎は轟轟と音を立てて燃えており、いつまで経っても消えない。
「やったか!?」
偽者の一人が思わずそう呟く。敵を倒せたかもしれない喜びが胸に湧き上がり、テンションが高まってウキウキしだす。
だが偽者が喜んだ瞬間、男を包んでいた炎が急速に鎮火しだす。炎が完全に消えてなくなると、魔王が変わらぬ姿のままピンピンしていた。
「散々大口を叩いておいて、この程度とはな……お前達の底は知れた。そろそろ茶番は終わりにさせてもらう。本当の魔法の威力というものを教えてやろう」
ザガートが小馬鹿にするように吐き捨てた。フフンッと余裕ありげに鼻息を吹かすと、早急に戦いを終わらせる旨を告げる。これ以上の戦いは時間の無駄だと判断したようだ。
「地獄の魂よ……我が力となりて、全ての敵を呪い殺せ! 致死亡霊ッ!!」
正面に右手をかざして呪文を唱えると、彼の手のひらから紫の炎に包まれた人型の骸骨が飛び出す。かつてブレイズが使用した怨獄死霊刃という技によく似ていたが、それとは異なり手から直接放たれた。
死霊と思しき骸骨はザガートの正面にいた一体に迫る。至近距離まで近付くと、両手で抱き締めたりチュウしたりする。
「ギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
骸骨にキスされた偽者が悲鳴を上げてドロドロに溶け出す。瞬く間に黒い廃油のような液体になると、水蒸気となって蒸発して塵も残らず消滅する。
骸骨は最初の一体を仕留めると、すぐに他の偽者へと襲いかかる。骸骨に触れられるたびに偽魔王の体が熱したロウソクのように溶けていく。
「ギャアアアアアアアアッッ!!」
「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーーーッ!」
「ウボアアアアアアアーーーーーーーーッ!」
偽魔王達の口から断末魔の悲鳴が発せられた。彼らの絶叫が幾重にも重なって絶望のハーモニーを奏でて、森は阿鼻叫喚の地獄と化した。
十体いた偽者のうち九体があっという間に溶かされてしまい、残り一体だけとなる。
「い……嫌だッ! 俺は死にたくない! 死にたくないんだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーーーッッ!!」
最後に残った一人が何処かで聞いたような台詞を吐きながら慌てて逃げ出す。森の奥の方へと全力でダッシュして、そのまま走り去ろうとする。
だが骸骨がヒョヒョヒョと笑いながら飛んでいくと、あっさり偽者に追い付いてしまう。逃がさないと言わんばかりに男を抱き締める。
「アアアッ……」
骸骨に抱かれた男が苦悶の表情を浮かべながら溶けていく。逃げようとした努力も空しく、黒い液体となって消滅する。
敵を仕留め終わると、骸骨は満足げに歯をカタカタ動かして笑う。蜃気楼のようにうっすらと薄れて消えていく。
メタモルファが全て倒されると、最後の一体がいた場所の真上に魔力と思しき青い光が集まっていき、凝縮されてガラスのような半透明の宝玉になる。ゆっくり降下していって魔王の手元に収まる。
眩い光を放つ水晶のような球体に射手座の紋章が刻まれていた。それは大魔王の城に行くために必要な十二の宝玉の一つだ。今回九つめを入手した事になる。
「ザガート様っ!」
「ザガート、やったな!」
「師匠、さすがッス!」
三人の女が歓喜の言葉を発しながら駆け寄る。強敵を撃退した魔王の無双ぶりを尊敬の眼差しで見る。
「まさか本当に、お主一人だけでやっつけてしまうとはのう」
『我が主……見事な戦いぶりでありました』
鬼姫とブレイズが少し遅れて魔王に駆け寄り、圧倒的な強さに感嘆する。なかなかの強者である二人を以てしてもなお、魔王の実力は凄まじいものがあった。
当のザガートは仲間の称賛を気にも止めず、敵が倒れた場所に目をやる。今までの戦いを回想して、敵の強さに思いを馳せた。
(メタモルファ……決してザコと呼べる相手ではなかった。これまで幾多の冒険者が犠牲となったのは確かだろう)
勝ちはしたものの、敵がかなりの実力者だったと認める。相手の姿と能力をコピーする力はなかなかのものだったと関心を抱く。
「だがまぁ……俺に勝てるほどでは無かったな!!」




