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第149話 魔瘴の森

 不死騎王ブレイズを仲間に加えた魔王一行は新たな宝玉を求めて旅を続ける。廃墟となった城を後にすると、宝玉のありかが書かれた地図を頼りに次なる目的地へと向かう。


 山を降りた一行が平地を歩いていると、広大な森へと行き当たる。木と木の間は大きく離れていて普通に通れる広さだが、木はかなりの高さまで育っていて、四方八方に大きく枝を伸ばす。木と木の枝が互いに絡ませ合ったまま葉っぱが空を覆っていて、天然の迷宮と化す。葉っぱの隙間からわずかに木漏れ日がし込んだものの、森の中は暗い。時折ときおりギャアギャアと鳥の鳴く声が聞こえる。


 ふと目をやると森の入口に木の看板が立てられてあり、根元に白骨化した死体が転がっている。

 ルシルが看板の前まで走っていって文字を読み上げる。


「魔瘴の森に足を踏み入れた者は、自分の姿をした化け物に襲われる。命が惜しくば引き返せ……」


 そこに書かれていたのは森に入ろうとする者への警告に他ならない。恐らく白骨死体となった人物が立てたのだろう。


『我が主よ、どうなされるおつもりで?』


 ブレイズが主君の判断をあおぐ。


「地図の情報が正しければ、九つめの宝玉は森を進んだ先にある。恐らく旅人に化けて襲ってくる魔物とやらが魔王軍の幹部なのだろう。そうとなれば避けては通れない」


 不死騎王の問いに魔王が答える。危険である事は重々承知したものの、その危険を生み出した張本人が宝の持ち主であると考え、敢然かんぜんと立ち向かわなければならない意思を示す。


「相手の姿に化けるとは、何とも不愉快な魔物じゃのう。とはいえ、こちらには魔王級の力を持った者が三人もおるのじゃ。どんな敵が来ようと負けはすまいて」


 鬼姫が自分達のパーティの強さに絶対の自信を抱く。敵の能力を知らされて嫌そうな顔をしたものの、どんな能力の相手でも恐るるに足らないとタカをくくる。

 魔王は女の発言に壮大な前フリ、ある種の死亡フラグを感じたが、あえて口には出さない。


「そうと決まったら森の中に入るッス」


 なずみが先に進むよう提案する。みなが彼女の言葉に従い、広大な森に足を踏み入れる。


  ◇    ◇    ◇


 一行はだだっ広い森の中をただ歩く。敵の襲撃を警戒し、何かあってもはぐれないように互いに距離を詰めたまま歩き続ける。怪しい者がいないかどうか周囲を観察する。


 森の中は暗かったが、不気味さを感じさせるものではない。木と木の間から吹いてくる涼しい風、それによりカサカサと揺れる木の葉が自然の美しさを感じさせる。時折ときおりリスなど動物の姿を見かけ、のどかな雰囲気を演出する。立て看板に書いてあった『魔瘴の森』という物騒なワードとは程遠い。


「魔族と戦う旅の途中でなければ、ピクニックでもしたい所じゃのう」


 平和な空気のあまり鬼姫が緊張感のない発言をした時……。


「……ムッ!?」


 ザガートの表情がサッとけわしくなる。明らかに異変を察知したように警戒心を抱いて、辺りをキョロキョロ見回す。


 直後、森のいたる所から白い濃霧のような霧が立ち込めて、またたく間に視界を覆う。さっきまで聞こえていた物音がしなくなり、静寂に包まれて不気味さが増す。


「気を付けろ、みんな! 敵の攻撃が始まったようだ!」


 ザガートが戦いの始まりを告げて、仲間に警戒するよううながす。


「分かったのじゃ!」

「了解ッス!」

『御意に!』


 仲間が口々に魔王の呼びかけに答える。だがその仲間の声は数メートル離れた場所から聞こえており、すでに引き離されてしまっていた。

 はぐれないよう一緒に行動したのに、霧に覆われた途端互いの位置関係がバラバラになったのだ。濃霧で仲間の姿が見えないため、完全に孤立した状態になる。まるで地面が勝手に動いて彼らを移動させたようだ。


(さっきから一歩も動いていないのに、互いの距離が開いている……そう錯覚した訳ではなく、本当に離れているッ! これも敵の仕業なのか!?)


 敵の術中にはまった事に魔王が焦りを抱く。

 これからどうすべきか思案しようとした時、霧の中から数人の人影が彼に向かって歩いてくるのが見えた。


「……ッ!!」


 目の前に現れた人物の姿を見て、魔王が一瞬顔をこわばらせた。

 そこに立っていたのは、はぐれた仲間の姿ではない。魔王と全く同じ姿をした六人の男が、彼を取りかこむように配置していた。みな邪悪な笑みを浮かべて顔をゆがませており、「ヒヒヒッ……」と声に出して怪しげに笑う。姿形は同じでも品性は下劣そのものだ。


(自分の姿をした化け物に襲われるとは、こういう事か……)


 ザガートがこれまでの出来事を振り返ってに落ちた表情になる。入口に立ててあった看板の事を思い出して、これなら魔瘴の森と呼ばれるのも納得だ、と一人でウンウンとうなずく。


「ウォォォォオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」


 魔王が納得した時、六人の男の一人が大声で叫びながら走り出す。両手をグワッと開いたポーズのまま突進して相手につかみ掛かろうとする。魔王の姿を真似たイメージからは程遠い、知性の欠片かけらも感じられない行動だ。


「フンッ!」


 魔王が鼻息を吹かせながら右手による手刀を繰り出す。男の手が触れると、魔王の姿に化けた敵は煙を散らしたようにバラバラになって消える。まるで手応えが感じられない。


「ウオオオオオオーーーーーーーーッ!!」

「クワアアアアーーーーーーッ!!」


 他の五人が次々に奇声を発しながら飛びかかる。やはり魔王の姿からかけ離れた力任せの行動を取る。

 魔王はパンチとキックを繰り出して、襲いかかってきた偽者を的確に撃退する。男の攻撃が当たると偽者は煙を散らしたように消えていったが、最初の六体が消えた後にまた別の六体が姿を現す。


(襲ってきたのは実体のない、ただの幻影だ……この白い霧が幻覚を見せているのか?)


 魔王の姿に化けた敵がまやかしである事に、ザガートが気付いた瞬間……。


「……ムッ!?」


 突如何らかの異変を感じて、慌てて後ろを振り返る。

 魔王の視線が向けられた方角からププッと何かを発射する音が鳴って、細長い金属の針のようなものが飛んできた。魔王はそれを素手でキャッチする。


(最初に幻覚に襲わせて相手の油断を誘い、そのすきに実体のある攻撃で命を奪う……今までそうやって、森に足を踏み入れた旅人を始末してきた訳か)


 手元にある金属の針をまじまじと眺めながら、敵の戦術に思いをせた。自分の姿に化けた六体の敵はおとりでしかなく、時間差で仕掛けてきた物理攻撃こそ本命なのだと気付く。


(なかなか面白い戦術だが……俺には通用せんッ!!)


 敵の戦術に関心を抱きながらも、自分を殺す事は出来ないと断言する。

 目をグワッと見開いて不敵な笑みを浮かべると、手元にある針をグシャッと握り潰す。


「我、魔王の名において命じる……呪いよ消え去れッ! 解呪魔法ディスペルマジックッ!!」


 正面に右手をかざして魔法の言葉を唱えると、手のひらから金色に輝く小さな光が放たれた。光はどんどん大きくなっていき、またたく間に森全体を覆う。まぶしさのあまり視界が見えなくなる。


 数秒が経過して森を覆っていた光が消えてなくなると、あちこちから立ち込めていた白い霧が晴れて、偽者の姿もいなくなっていた。幻覚を発生させていた敵の術を魔王が打ち消したのだ。


 視界が晴れて森の中が見渡せるようになると、魔王の仲間達は互いに数メートル離れた状態でバラバラに配置されていた。敵の姿は見当たらない。

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