第143話 不死騎王との対面
一階の大広間の中央最奥にある大扉を開くと、目の前に巨大な階段が広がる。階段を上がって廊下の突き当たりにある鉄製の扉を開けると、謁見の間と思しき場所に辿り着く。
部屋の最奥にある玉座に一人の男が座る。ダークブルーの騎士鎧を纏い、鞘に収まった一振りの刀を床に突き立てたその人物こそ噂の不死騎王であろうと思われた。
ザガート達は黒騎士から数メートル離れた場所まで来て一旦足を止める。そのまま相手の出方を窺う。
『……僅か数日の間に二度も来客が訪れようとは、世情も随分と騒がしくなったものだ』
一行の姿を目にして黒騎士が沈黙を破る。マイク越しに喋ったような曇った音声を発して、短い期間に人が訪れた事を珍しく感じる。
「お前が不死騎王ブレイズか……下の階にいた連中はお前の部下か?」
ザガートが開口一番に問いかける。これまで倒してきた数々の魔物が彼の仲間かどうか、聞いて確かめようとした。
『彼奴らは、それがしが発する瘴気に引き寄せられて勝手に集まった連中……部下でも何でもない』
ブレイズが吐き捨てるように言い放つ。自身があくまで孤高の存在であり、城にいた魔物達を率いていた訳ではない事実を明確に伝える。
とはいえ瘴気を発しただけで魔物が集まってくる事は、彼が不死の王と呼ばれる材料として十分だ。
「そうか……知ってるかもしれないが、名乗らせて頂く。俺の名はザガート……異世界から来た魔王にして、この世界の魔族と対立する者だ」
ザガートが挨拶代わりに自分の名を明かす。この俗世間から離れた場所に住む人物が自分の事を知らない可能性があると考えて、念のために自己紹介する。
『名は聞き及んでいる……魔王救世主と呼ばれている事もな』
黒騎士が気遣いは無用と言いたげに言葉を返す。魔王の名声は辺境の地にしっかり届いており、彼が英雄と呼び慕われる活躍をした事も知っていたようだ。
「なら話は早い。数日前にこの城を魔族の一団が攻めたのを見たと、山に住む妖精が言っていた。そいつらを返り討ちにした時に、青い宝玉のようなものを落とさなかったか」
ザガートが率直に用件を伝える。プリムから情報を聞いた事を話して、旅の目的に必要な宝玉を持っていないかどうか問いかける。
『……宝玉なら、それがしが持っている』
ブレイズが魔王の問いに答える。ゆっくり立ち上がって玉座の裏側に回り込むと、その場にしゃがみ込んでゴソゴソと何かを取り出す。再び立ち上がって玉座の前まで歩く。彼の右手のひらに蠍座の紋章が刻まれた青い水晶が乗せられていた。
『欲しければ、くれてやる……拙者には無用なものだ』
そう口にすると、右手に持っていた水晶をザガートめがけてヒョイッと投げる。ザガートはそれを左手でキャッチする。じっと眺めて本物かどうか確認すると、サッと懐にしまう。
かくして大魔王の城に行くために必要な八つめの宝玉を苦もなく入手した事となる。
「よし、これでこの城でやるべき用事は済ませたなッ! そうと決まったら、さっさとこんな城からおサラバしよう!!」
宝玉を入手した事を確認すると、レジーナが魔王の腕をグイグイ引っ張る。彼が黒騎士と戦いたい欲求が湧き上がる事を懸念して、そうなる前に城から出てしまおうともくろむ。
だが王女がいくら腕を引っ張っても、魔王は決して動こうとはしない。まるで重さ百キロを超える銅像になったかのようにその場に留まる。
「ブレイズ……俺と一対一の勝負しないか?」
やがて黒騎士の方を振り返り、決闘の提案を持ちかけた。
「ああっ……!!」
悪い予感が当たったと言いたげにレジーナが頭を抱え込む。強者と戦ってみたい魔王の悪い癖が出てしまった事を深く嘆く。他の女達も呆れたように苦笑いする。彼がそういう性格をしているのをしょうがないと諦めて受け入れる。
「お前は仕えるべき主を千年待ち続けたのだろう? そんなお前をぜひ仲間に加えたくなった。お前ほど高い実力の持ち主、側近として迎えられれば、これほど心強い事はない」
仲間の苦悩など気にもかけず、ザガートが話を続ける。黒騎士の能力の高さに目を付けた事、臣下に加えたくなった意思を伝える。
『魔王よ、気は確かか? かつて世界を救った勇者ですら、それがしを仲間に引き入れる事を諦めた。一旦矛を交えれば、軽い怪我程度では済まされぬぞ……』
ブレイズが我が耳を疑う。遠い昔に戦った勇者を引き合いに出して、自分に実力を認めさせる事がどれだけ困難かを分かりやすく伝える。
「どのみちここで引き下がるようでは、理想の王国を実現させる事など出来はしない……」
ザガートは恰好を付けるようにマントをバサッと開いて、腕組みしてふんぞり返りながら仁王立ちすると、決して揺らがない意思を表明する。その表情には迷いがない。何としても騎士を仲間にするのだという強い決意が感じられた。
男の話を黙って聞いていたブレイズだったが……。
『……フフフッ』
やがて声に出して笑い出す。
『フフフッ……ハハハッ……ハァーーーッハッハッハッ!!』
最初は押し殺すように小さな声で、徐々に声量を上げていき、最後は悪党のように大きな声で笑う、いわゆる三段笑いをする。
相手を馬鹿にして笑う感じではない。どちらかと言うと、魔王の何事にも動じない勇気と覚悟を高く買ったように見えた。
『面白い……面白いぞ、異世界の魔王ッ! 吸血鬼王が来た時は退屈に感じたものだが、世界最強とも噂される人物が、自ら決闘を申し出たのだッ! これは申し出を受けなければ、かえって武人の誇りに傷が付くというもの! それがし、血は通わず肉は無くとも、何十年かぶりに胸の高鳴りを感じたわッ!!』
魔王という人物を面白いと感じた心情を打ち明けた。かなりの大物と目される相手に戦いを挑まれた喜びを興奮気味に熱く語る。よほどテンションが上がったのか、幽霊戦士であるにも関わらず全身をわなわな震わせて呼吸が荒くなる。
『魔王よ……この決闘の申し出、受けさせて頂く! 全身全霊を賭けて挑み、見事それがしを屈服させてみせよ!!』
鞘に収まった刀を手にすると、決闘の申し出を受諾するのだった。




