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第139話 不死騎王 vs 吸血鬼王

 男の言葉を黙って聞いていたブレイズだったが……。


『……せろ。下郎め』


 沈黙を破るように言葉を発する。口数は少ないが声に明らかな怒気をふくんでおり、男の態度に気分を害したらしい事が容易に伝わる。


「……は? 今、何と」


 吸血鬼王が聞き間違いかもしれないと思い、慌てて聞き直す。黒騎士が主君の誘いを断るはずがないという考えが根底にあった。


『……失せろと言ったのだ』


 黒騎士が改めて言い直す。聞き間違いでも何でもなく、男に謁見の間から退出するよう命じる。


『この不死騎王……貴様らごとき魔族風情ふぜいの飼い犬に成り下がるほど安くはない。もし本気で迎え入れたいというなら、使い走りをよこすのではなく、王自らが頭を下げて願い出るのが道理というもの。それが出来ぬのなら、それがしを力ずくでこの場から引きずり出してみせよ……』


 大魔王に仕える意思がない事を明確に伝えた。欲しければ力で勝ち取ってみろと挑発的な言葉を吐く。魔王軍の幹部相手に一切ものじしない態度は、自らの力量に相当の自信を抱いていた事がうかがえる。


 黒騎士は玉座から立ち上がると、さやから刀を抜く。鞘を床に放り投げると、刀を右手に持ったままズカズカと歩き出す。すでに敵と戦う意思を固めている。


「グッ……」


 吸血鬼王がギリギリと割れんばかりの力で歯ぎしりする。全身をわなわなと震わせて、呼吸が乱れて、鼻息が荒くなる。怒りで脳の血管が爆発寸前になる。

 本当の実力差はともかく、彼にとって黒騎士は格上の相手ではない。にも関わらずそのような人物に敬愛する主君の好意を踏みにじられた事は、プライドに泥をられたに等しい。


「よくも……よくも言いやがったな!! このクソ野郎がッ!! 許さねえ! 絶対許さねえぞ!! そこまで言うなら、望み通り力ずくで引きずり出してやる!!」


 胸の内に湧き上がった怒りを声に出してぶちまけた。これまでの紳士然とした態度をかなぐり捨てて、汚い言葉を早口でわめき散らす。完全に頭に血が上ったチンピラの物言いになる。

 話を終えると両手のツメがジャキーーーンと長く伸びる。彼の武器のようだ。


「死ねぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーーーッッ!!」


 死を宣告する言葉を発すると、両腕を左右に広げたポーズのまま敵に向かって走り出す。鋭い爪で相手を引き裂こうともくろむ。


『……さんッ!!』


 ブレイズは右手に持っていた刀を両手に持ち替えると、掛け声らしき言葉を吐く。その瞬間彼の姿がフッと消えた――――。




 吸血鬼王の真横を一陣の突風が吹き抜けると、彼から数メートル離れた背後に刀を振り下ろした構えのブレイズが姿を現す。刃には何かを斬ったらしい血痕が付着する。


「……なっ」


 吸血鬼王が言葉を言いかけた瞬間、彼の首に一本の赤い線が走る。

 線が通った箇所が切断面となり、断面から上の首がズルリと滑るように落下して、ゴトリと床に転がり落ちる。残された胴体は首から大量の血を噴き上げた後、糸が切れた人形のように前のめりに倒れて動かなくなる。


 ブレイズが相手の生死を確かめようと、倒れた体に近付いた時……。


「クワァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 突如吸血鬼の首がけたたましい奇声を発する。蜘蛛クモのような多関節の足がニョキニョキ生えて自力で起き上がると、大きく口を開けながら高々とジャンプして、黒騎士めがけて急降下する。鋭い牙で噛み付こうと考えたようだ。


 ブレイズはすかさず左手を斜め上に突き出して、吸血鬼の口の中にガッと指を突っ込む。


『……地獄の炎に焼かれよッ!!』


 そう叫ぶやいなや、騎士の左手から紫の炎が発せられた。


「ギャアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 紫の炎に包まれた吸血鬼王が断末魔の悲鳴を上げる。騎士の手から放たれた炎はかなりの超高熱であったらしく、吸血鬼の頭は十秒とたないうちに黒焦げになる。やがて完全に炭化して灰になると、ボロボロともろく崩れ去る。

 ……後には首のない死体だけが残された。


(……この程度の実力で幹部を名乗れるとは、魔王軍の質も随分ずいぶんと落ちたものだ)


 想定を下回る相手の弱さに黒騎士が深く落胆する。敵ながら魔族の劣化ぶりを嘆く。


 吸血鬼が完全に息絶えると、彼の死体があった場所の真上に青い光が集まっていく。それはやがて一つの宝玉へと変わっていき、ゆっくり降下していって黒騎士の手元に収まる。

 まばゆい光を放つガラスのような半透明の球体に、サソリ座の紋章が刻まれていた。


(これが、魔王軍の幹部が死ぬたびに現れるというウワサの宝玉……それがしには無用なものだが、捨ておく事も無かろう)


 吸血鬼王を倒した証であるそれを、ブレイズはひとまず所持しておく事にした。


「ウアア……」


 両者の戦いを謁見の間の入口で見ていた吸血鬼バンパイアの大群がにわかに色めき立つ。主君が敗れた光景を目にしてどうすればいいか分からず、声に出してうろたえる。


(何トイウ事ダ……アスタロト様ノ倍ノ強サヲオ持チニナラレタ我ラガ王ガ、コウモアッサリトオヤブレニナラレルトハ……!!)


 魔物の一人が黒騎士の実力に戦々恐々となる。大悪魔の名を引き合いに出して、かなりの実力者であるはずの主君をほふってみせた騎士の強さに戦慄すら覚えた。


『さて……』


 敵を仕留めたブレイズが後ろを振り返る。謁見の間の入口でオロオロする吸血鬼の大群を遠巻きに眺める。彼らの出方をうかがうようにしばらく何もせずにいたが、やがて思い立ったように口を開く。


『下級の吸血鬼バンパイアども……貴様らの主は死んだぞ。もし主君の仇を討ちたいというなら相手になろう。それをする気が無いなら、今すぐこの場から立ち去れ』


 戦うか退くか、逃れられぬ選択肢を突き付けた。


「ウッ……ウアアアアアアアアッ!」


 吸血鬼達が情けない悲鳴を漏らしながら全速力で逃げ出す。五十人ほどいた男達が我先にと争うように城の出口に向かって走っていき、一目散に城から出ていく。そのまま戻ってこない。

 主君の仇を討とうと思う者は一人もいない。力の差は歴然としており、戦いを挑んでも無駄だという考えがあった。


(魔族に忠義の概念など、ありはしないか……)


 彼らの気骨の無さにブレイズがフゥーーッとため息を漏らす。


『……』


 再び床に転がった死体に目をやり、あれこれ考えていた。


  ◇    ◇    ◇


 城の裏手にある広大な敷地……そこに集団墓地があった。

 墓碑ぼひの数はゆうに百を超える。それぞれに埋葬された人物と思しき名が刻まれる。こけの生え具合や墓石の風化ぶりが異なっており、年代の違いを感じさせる。


 比較的新しい墓石の前で、ブレイズがスコップを手に取り土を掘り起こしていた。墓碑に名は刻まれていない。

 騎士のすぐそばふたが閉じられた鉄製の棺桶があった。どうやら吸血鬼の遺体が収められたもののようだ。ここは騎士に敗れて命を落とした者が埋葬される墓場であり、吸血鬼王はその新たな一人に加わったという事なのだろう。


 土の中に棺桶を入れられるスペースが出来上がると、騎士が乱暴に棺桶を放り込む。スコップで土を被せて埋めると、墓碑に刀でササッと名を刻む。


(……また一つ、墓が増えた)


 吸血鬼王バンパイア・ロードの名が刻まれた墓を見ながら、心の中でつぶやく。何処か遠くを見るような目はコレクションが増えた喜びとは縁遠く、むなしさすら感じさせた。


 冷たい風がヒュゥッと吹き抜けて、赤いマフラーがバサバサ揺れる。刀を大地に突き立てたまま、騎士はしばし物思いにふける。


(次なる来客が訪れるのは何十年……いや何百年先になるだろうか)


 長い静寂が訪れる事を予感して、城の中へと戻っていく。


 ……そう遠くない未来に新たな来客が訪問する事を、この時彼は知るよしもない。

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