第138話 不滅の黒騎士
人里から離れた山奥の秘境……森に囲まれた場所に大きな城がそびえ立つ。
その城は遠い昔に放棄されたものらしく、外壁はボロボロに朽ちており、苔がびっしり生えている。大地は雑草まみれで、手入れが全く行き届いていない。人が住んでいない事は一目で分かる。
上空をカラスの群れが飛んでおり、城壁に停まったり、周囲に群がる虫やネズミを捕まえて食べる。その事もより一層不気味さを引き立てる。
長年放置され、廃墟と化した城……その奥にある謁見の間で、一人の男が大股開きで玉座に腰掛けている。鞘に収まった一振りの刀を床に突き立てたまま、柄に両手を乗せる。
その者は背丈二メートルほど、フルプレートの鎧に身を包んだ騎士だった。装甲はダークブルーに染まり、鎧の淵には黄金のラインが走る。頭部はフルフェイスの兜で覆われており、素顔を覗く事は出来ない。
マントは羽織っておらず、ボロボロの赤い布をマフラーのように首に巻いたままぶら下げていた。体格は細身でスラッとしていて、騎士でありながら忍者のような風格を漂わせる。ダークヒーローという呼び名が似合う貫禄もあった。
この城の唯一の住人らしき黒騎士が、玉座に座ったまま黙り込んでいると、ザッザッと何者かの足音が聞こえる。それも一人や二人ではなく、五十人はいるようだ。
足音は謁見の間の入口近くまで来てピタッと止まる。城主の反応を待つかのように沈黙する。
『……何者だ』
黒騎士が足音の主に問いかけた。その声は若い男性のものだったが、マイク越しに喋ったように音声が曇っており、普通の人間でない事は一声聞いただけで分かる。
騎士の呼びかけに応じて、一人の男が謁見の間に入ってくる。
男は黒のタキシードを着てマントを羽織った、黒髪の若い男性だ。目鼻立ちが整っていて、色男の雰囲気がある。八重歯が牙のように尖っていて、やはり普通の人間では無さそうだ。肌も屍人のように青白い。
部屋の外には彼の部下と思しき数十人の男が待機していたが、全裸にボロボロの布切れを腰に巻いており、ガリガリに痩せている。血が欲しそうに「うー、あー」と言いながら体をウネウネ動かす。
男は謁見の間をカツカツと歩き、騎士から少し離れた場所まで来て一旦足を止める。
「貴方が不滅の黒騎士……最強の不死騎王、ブレイズ・アングラウスですね?」
相手の素性を確かめようと、名を口にして問いかける。
『如何にも……最強かどうか知らぬが、それがしはブレイズと申す』
騎士が謙遜を交えながら男の言葉を肯定する。忍者のイメージに相応しい、東洋の武士のような独特の口調で話す。
「挨拶代わりに自己紹介させて頂きます。私は吸血鬼王……魔王軍十二将の一人にして、我が軍における不死部隊の首領を務める者」
男が頭を下げて自分の名を明かす。初対面の相手に対する礼儀を払おうと、丁寧なですます口調で接する。彼が吸血鬼王だという事は、後ろに控える裸の部下達は低級の吸血鬼なのだろう。
更に彼の口ぶりから、黒騎士が魔王軍に属する存在では無いらしい事が窺える。
『……その吸血鬼王とやらが、それがしに何の用だ』
黒騎士がこの場に来た用件を問う。あまり歓迎している風ではない。
「単刀直入に言いましょう。ブレイズ……貴方をスカウトしに来ました。我が主アザトホース様は貴方を高く買ってらっしゃる。ぜひ我が軍に迎え入れたいと、そう仰せられた。それで同じ不死仲間である私が、交渉役を買って出たという訳です」
吸血鬼王が主君の名を口にして、古城を訪れた目的を明かす。黒騎士を自軍に引き入れたいという大魔王の意思を伝える。
「黒騎士ブレイズ……その力を全知全能たる我が主のために振るえる事、光栄に思いなさいッ! こんなチャンス、二度とありませんよ! 何しろあのお方は滅多に他者の力をお認めにならない……その大魔王様のお眼鏡に適ったのですから!!」
マントをバサッと開いて両腕を左右に広げたポーズを取ると、大魔王に仕える事を上から目線で命令する。主君に実力を認められるのは困難だった事、黒騎士がその条件を満たした事を告げて、誘いを受けるべきだと饒舌に語る。




