第135話 ワルプルギス、死すべし。
(魔力結界が消失した……チャンスは今しか無いッ!!)
魔女に魔力を供給する指輪が破壊されて、探知魔法が正常に機能した事をザガートが瞬時に把握する。一刻も早く敵の居場所を突き止めて、とどめを刺そうと思い立つ。
「……そこだッ!」
目をグワッと開くと、誰もいない空間めがけて手刀を繰り出す。空間の裂け目が生じると、そこに手を突っ込んで巨大な『何か』をズズズッと引きずり出し、ポイッと空に放り投げた。
「ウワアアアアアアアーーーーーーッッ!!」
異空間から引きずり出された何かが悲鳴を上げながら宙を舞う。ドシャァッと地面に叩き付けられて横向きに倒れる。
魔王が異空間から引きずり出した存在……それは言うまでもなく、別の空間に隠れていたワルプルギスの本体だ。探知魔法を阻害する結界が消えたため、魔王に居場所を割り出されて、この場に引っ張り出された。
「オノレェ……ヨクモ……ヨクモ、指輪ヲ壊シテクレタネッ! ソコノ、マイトカ言ウ糞ガキッ! アンタノセイデ、アタシノ計画ハ台無シダヨッ! 絶対ニ許サナイ! コウナッタラ、アンタダケデモ地獄ニ引キズリ込ンデヤル!!」
ワルプルギスが上半身を起こしてゆっくりと立ち上がる。すぐさま体勢を立て直すと、マイに対する恨みの言葉を吐く。自分の野望を潰した少女を憎々しげな表情で睨む。
「ハラワタヲ ブチ撒ケテ死ヌガイイ! 死光線ッ!!」
相手に人差し指を向けて呪詛の言葉を唱えると、魔女の指先から魔力を圧縮した光線が放たれた。
「フンッ!」
ザガートが一瞬でマイの前までワープし、飛んできた光線を素手で弾く。
「ワルプルギス! 地獄へは貴様一人で行ってもらおう!!」
相手に手のひらを向けて死を宣告する言葉を発する。
「悪しき魂よ……聖なる光に焼かれて浄化せよッ! 不死破壊ッ!!」
魔法を詠唱すると、魔王の手のひらから金色に輝く極太レーザーのような光が発射された。レーザーは魔女を直撃すると、巨大な光のオーラに呑み込む。すると魔女の体が粒子状に分解されて散っていく。
「ウギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
魔女の口からこの世の終わりと思えるほどの絶叫が放たれた。全身を灼熱の業火で焼かれるような激痛を味わい、地面に倒れて激しくのたうち回る。痛みから逃れようと必死に手足を動かして暴れるものの、浄化の光は無情にも魔女の体を破壊し続ける。
「イ……嫌ダ……マダ消エタクナイ……消エタ……ク……ナ……」
未練がましい言葉を吐くと、魔女は糸が切れた人形のように動かなくなる。そのまま塵も残らず分解されて、跡形もなく消え失せた。
魔女が完全に消滅すると、彼女が倒れていた地面の真上に青い光が集まっていく。それはやがて一つの宝玉へと変わっていき、ゆっくり降下していって魔王の手元に収まる。
眩い光を放つガラスのような半透明の球体に、天秤座の紋章が刻まれていた。それは大魔王の城に行くために必要な十二の宝玉の一つだ。今回七つめを入手した事になる。
(災厄の魔女ワルプルギス……ヘンゼルとグレーテルに殺されたまま、大人しく死んでおくべきだったな)
魔女の無惨な最期を魔王が憐れむ。復活などしなければ、苦痛を味わう事も無かっただろうに……そう思いを抱く。
「カナミちゃん、やったよ! 魔王様が悪い魔女をやっつけたよ!!」
危機が去った事をマイが大喜びする。地面に寝ていたカナミの体を揺すって、彼女を起き上がらそうとする。
マイに促されてカナミがゆっくりと起き上がる。二本の足でしっかり立つと、友の方を振り返る。その笑顔は魔女から解放された喜びに満ちていた。だが……。
「カナミ……ちゃ……ん」
マイの表情が俄かにこわばる。信じられない光景を目にしたショックで凍り付いたように固まる。
カナミの体が何度も発光した後、蜃気楼のように薄れていくのだ。まだ体に触る事は出来たものの、既に半透明に透けており、向こう側の景色が見える。このままでは一分と経たないうちに消失してしまうように思えた。
「ごめんね、マイ……私、こうなるって分かってた」
カナミが儚げな笑顔を浮かべながら謝る。
彼女は知っていた。ワルプルギスを倒せば自分も消える事を。魔女によって屍人にされた以上、魔女が死ねば存在を保てなくなる事を最初から覚悟していた。
その事をマイが知れば悲しむだろうと考えて、今まで黙っていたのだ。
「そんな……そんなの嫌だよっ! カナミちゃんとお別れなんてしたくない!!」
友が消えると知らされてマイが深く嘆く。辛い別れが訪れる事実を頑なに受け入れようとしない。
「せっかく悪い魔女をやっつけて、ずっと一緒にいられると思ったのに……こんなのあんまりだよっ! 酷すぎる!!」
理不尽な現実に対する怒りをぶちまけた。天に向かって抗議するように大声で叫び続けて、最後は目にうっすらと涙が浮かんで泣きそうになる。
「マイなら私がいなくても、きっと新しい友達とうまくやっていける……だから泣かないで、ね」
マイが悲しむ姿を見てカナミが困った顔をする。せめて別れ際は笑顔で見送ってもらいたいと考えて、気休めな言葉を掛けて泣くのを止めようとする。
「嫌だっ! 絶対嫌っ! カナミとずっと一緒にいるって、そう決めたもんっ! それなのに……それなのに……うううっ……うっ……うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーんっ!!」
マイはカナミの言葉に聞く耳を持たない。年相応の子供らしくだだをこねた挙句、終いにはぐずりだして涙を溢れさせて泣いてしまう。
「……マイのバカ」
カナミが下を向いたままボソッと呟く。湧き上がる怒りを我慢するように両肩をプルプル震わせた。
「私だって……私だって、本当はマイとずっと一緒にいたいよっ! でもしょうがないじゃない! 消えちゃうんだからっ! もうどうにもならないんだよ!? それなのに、わがまま言わないでよ! マイのバカっ! バカバカバカっ! うわああああああああんっ!!」
顔を上げて泣きそうな表情になると、今まで必死に押し殺そうとした感情を堪え切れずにぶちまけた。別れを惜しむ本音が洪水のように溢れ出し、最後はマイに負けじと大声で泣き出す。
二人の少女が強く抱き合ったまま泣く。わんわん声に出して泣き続ける。瞳から大粒の涙がボロボロ零れ出す。
かけがえの無い友を失う悲しみに耐え切れず、胸が張り裂けそうになる。頭の中が絶望に塗り潰されてグチャグチャになり、何も考えられなくなる。
深く傷付いて泣き続ける少女達を、一行はただ見ている事しか出来なかった。




