第133話 魔女の能力の秘密
魔王が鬼姫に伝えた指示……それは九十秒間敵の攻撃に耐え続けるというものだった。魔王は魔女の能力を探るために無防備になるので、その間彼女に攻撃を防ぎ切って欲しいというのだ。
「……こんな事を頼めるのはお前しかいない」
最後に念を押すように一言付け加えた。
「しょ……しょうがないのう! そこまで言うなら、頼まれてやるわい! その代わり一つ貸しにしておくぞ! 後で何でも言う事を聞いてもらうからのっ!」
鬼姫がしぶしぶ頼み事を承諾する。かなり無茶振りであったが、魔王にそこまで親身に頼られてはとても断れる空気ではない。貸しを作っておく事を、困難な仕事を引き受ける条件とした。
「さて、そうと決まったからにはそこの骸骨ババアよ! ここから先はこの鬼姫が相手となろう! 他の者には指一本触れさせぬゆえ、いつでも掛かってくるがよい!!」
気持ちを切り替えて魔女の方を向く。両手で握った一振りの刀を構えると、自身に注意を向けさせようと挑発的な言葉を吐く。
「キィィーーーーーッ! アンタマデ、アタシヲババア呼バワリスルノカイ! 全ク許セナイネェ! トイウカ、何百年生キテルアンタモ、アタシト同ジババアダロッ!!」
ワルプルギスがまたも老婆呼ばわりされた事に憤慨する。鬼姫が自分と同様に長く生きている事を指摘して、お前にだけは言われたくないと言いたげに声を荒らげた。
なずみは心の中でババア同士の対決が始まったと思ったが、あえて口には出さない。
「ハラワタヲ ブチ撒ケテ死ヌガイイ! 死光線ッ!!」
魔女がザガートに発射した魔力の光線を、今度は鬼姫に向けて放つ。
「フンッ!」
鬼姫が鼻息を吹かせながら光線を刀で弾く。光線は刃にぶつかると鏡に触れたように反射して、別の角度へと跳ね返される。魔女の光線はマサムネに傷を付けられない。
「死光線ッ! 死光線ッ! 死光線ッ!」
それでも魔女はひるまず光線を撃ち続ける。威力を増すための詠唱を省略し、数に任せた戦法に切り替える。右手だけでなく左手からも発射して、両手の人差し指から交互に撃ち続ける。その動きは壁のボタンを押しているようにも、リズミカルにダンスを踊っているようにも見えて、何とも奇妙だ。
「フンフンフンフンフンッ!」
鬼姫も負けじと刀を振り回して相手の攻撃を弾く。魔女の光線はおよそ一秒に一発のペースで放たれたが、女は正確に反応しており、一発の防ぎ漏らしも無い。魔女より女の方が反応速度が上回っていたようだ。
魔女が光線をピュンピュンピュンと発射し、鬼姫がキンキンキンッと刀で防ぐ。そんな激しいせめぎ合いが続く。
鬼姫の後方にいたザガートは目を閉じて眉間に皺を寄せて、額に人差し指を当てて意識を集中させる。なずみ達他の三人はカナミとマイを庇うような配置で立つ。
魔女と鬼姫の滑稽な攻防が一分半ほど続いた後……。
「……ムッ!」
ザガートが突如目をグワッと開いて言葉を発する。
「魔王よッ! あやつの能力に気付けたのか!?」
仲間が何かに気付いたらしい素振りを見せたため、鬼姫が後ろを振り返らないまま声だけ掛ける。いい加減時間稼ぎにも疲れてきたらしく、表情に焦りの色が見えた。
「ワルプルギスは……ヤツは今この場にいないッ! ヤツは自分の姿を模した幻影だけを映し出し、本体は別の空間にいるッ! その本体を叩かない限り、ヤツを倒す事は出来ない!!」
魔王が鬼姫の問いに答える。魔女が自分達とは異なる空間に潜伏しており、そこから一方的に攻撃を仕掛けてきていた事実を突き止める。
「ならば今すぐ本体を叩くがよい! お主ならたやすい事じゃろう!」
鬼姫が魔女の潜伏先を割り出して倒すよう求める。魔王ほどの力があればそれが可能だろうと考えた。
「そうしたいのは山々だが……ヤツは探知魔法を阻害する結界をも張っている。おかげでヤツがどの空間に潜伏しているか割り出すのは、俺の力を以てしても容易ではない。何とも厄介な事だ……まさかこれほど念入りに防御策を練っていたとはな」
一転して魔王の表情が険しくなる。仲間の期待に応えられない自身の不甲斐なさを深く嘆く。
魔女が居場所を割り出されないよう対策を取っていた事、魔王でもそれをすぐには破れない事を伝えて、敵の周到さに一杯食わされた気分になる。
(だが、どうしても分からない事がある……それほど強力な結界を維持し続ける為には、膨大な魔力が必要になる。ヤツはその魔力を一体何処から得ている……?)
ある一つの疑問が湧き上がり、またも下を向いて物思いに耽る。まだ魔女の能力に明かされていない秘密があると考えて、それを突き止めようと躍起になる。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
魔王が考え事に没頭した時、魔女の息が上がる。表情に疲労の色が浮かび、両腕をだらんと下に伸ばして攻撃をやめた状態になる。一分半光線を撃ち続けて、彼女も相当魔力を消耗したようだ。
「……ソロソロ魔力ヲ補給スルトシヨウ」
そう言いながら右の拳をグッと握り締めた瞬間……。
「うっ……うああああああああああっっ!!」
地面に寝かされていたカナミの体に電流が流れ出す。




