第126話 廃墟のウワサ
――――そして現在。
二十年前の惨劇があった村から東に一キロ離れた場所に、もう一つ村があった。
村の外れにある一軒家の居間で、三十代半ばになる夫婦と思しき男女が、テーブルを挟んで向き合ったままソファーに座っていた。
妻は暗い顔をしており、夫は気まずそうに天井を見ながら葉巻を吸う。あまり明るい話題では無さそうだ。
「貴方……あの子ったら、また一人で遊んでるの。ちゃんと他の子と遊ぶよう注意したのに……」
妻が重苦しい表情で口を開く。二人は娘の交友関係について話していた。
「しょうがないじゃないか……この村には、マイと同じ歳の子が他にいないんだ。みんな年上ばかりじゃ、声を掛けられなくても仕方ない」
夫が妻の言葉に反論する。娘が人とうまく付き合えない理由を説明し、彼女が一人でいるのを仕方のない事だと話す。他に打つ手が無いと諦めた様子だ。
「でもだからって、このままじゃ……私、あの子の事が心配なの。今はまだ七歳だから良いかもしれないけど、このまま誰とも話せないまま大人になるんじゃないかって……」
妻が娘の将来を不安視する。彼女がぼっちでコミュ障になってしまうのではないかと気が気でない。
「……せめて誰か一人でも、気軽に話せる友達がいたら良いんだけど」
藁にもすがる思いでそう口にした。
◇ ◇ ◇
夫婦が娘の将来について話した頃、当のマイは外で土いじりをしていた。
赤いエプロンドレスを着て、白いサンダルを履いて、茶色い髪をリボンでツインテールに結んだ少女マイ……彼女は地面に棒切れで絵を描いたり、泥をこねて人形を作ったり、アリの巣をぼーっと眺めたりする。そうして気ままな時間を過ごす。
少し離れた原っぱで、十歳くらいの少女数人が鬼ごっこをして遊んでいたが、マイは彼女達に混ざろうとはしない。声を掛け辛いのか、一人で遊ぶ。
「……一人でも寂しくないもん」
小声でボソッと呟く。胸の内に湧き上がった孤独を打ち消そうと躍起になったのか、他の誰でもない、自分に言い聞かせて強がる。
やがて鬼ごっこをやめた少女達が草むらに座って話を始める。マイは見つからないよう木の陰に隠れて、彼女達の話を盗み聞きする。何を話すのか興味があった。
「ねえ、知ってる? バルティナ村のお化けの話……」
最初の一人が口を開く。バルティナとは二十年前に惨劇があった村の名前だ。
「あそこ、もう人が住んでないんでしょ? それなのにあそこを通りかかった旅人が、七歳くらいの女の子が一人でいるのを見たって」
二人目の少女が、廃墟を通りかかった旅人が子供の姿を見た話を伝える。
「女の子を見た旅の人は、肌の色がおかしいって言ってた。幽霊かもしれないし、悪魔かもしれないって……近付かない方がいいね」
三人目の少女が、より具体的な旅人の証言を語る。子供の外見に違和感を覚えた事、それにより生きた人間ではないと推測した事……最後に廃墟に近付くべきではないと私見を付け加えた。
「魔王サマが村に来たら、お化けの事調べてもらおう。悪いお化けだったら、きっと退治してもらえる」
最初に口を開いた一人がザガートの事を話す。救世主の名声はこの村にも届いており、彼に幽霊の噂を解決してもらう事を期待する。
話が終わると少女達は立ち上がり、徒歩で帰路に就く。それぞれ家のある方角へとバラバラに散っていった。
ただ一人その場に残されたマイは、これまで聞いた話を頭の中で整理する。話の中に出てきた幽霊の子供に思いを馳せた。
(私と同じ、七歳の女の子……どんなだろう)
真相を確かめたい気持ちがムクムクと湧き上がり、廃墟のある方角へと歩き出す。
◇ ◇ ◇
マイの住む村からバルティナまで一キロ離れていたが、子供の足でもそう時間が掛かる距離ではない。この辺一帯は危険な魔物がいないのか、特に襲われる事なくサクサク進む。やがて村があった廃墟に辿り着く。
村には数十件ほど家があったが、どれも屋根が吹き飛んで半壊している。風雨に晒されてボロボロに傷んでおり、今にも崩れそうだ。人が住んでいるようには見えない。
あたかも巨大な爆弾を落とされて全滅したように荒廃しており、長年ほったらかしにされた哀愁を漂わせた。
壁に空いた穴からヒュゥーーーッと吹き抜ける風の音が、幽霊の泣き声のように聞こえて、少女をゾッとさせる。カサカサと風に揺れる雑草も、廃墟に棲まうムカデや蜘蛛も、不気味さを助長させる。
吹き抜ける風以外に物音は一切鳴らず、シーーンと静まり返っていたが、それがかえって何かが現れそうな不安を煽っていた。
(……やっぱり帰ろうか)
恐怖心が湧き上がったマイが自分の村に引き返そうと思い立った時……。




