第123話 魔王は若者に説教を垂れる。
仲間が生き返った事にエレナが大喜びし、場の空気が感動ムード一色に染まりかけた時……。
「……どうして生き返らせたんだ」
水を差すようにアドニスがボソッと呟く。下を向いたまま暗い顔をしており、声の調子は重い。死の淵から生還したというのに、全く嬉しそうじゃない。自分を蘇生させた事を非難する言葉が口から飛び出す。
彼の予想外な反応に、エレナも驚くあまり泣くのをやめたほどだ。
「俺はたくさん罪を犯した……二人の衛兵を手にかけ、仲間に酷い仕打ちをして、魔王を殺そうとした……挙げ句の果てに大魔王に魂を売った大悪党だッ! こんな俺が今更生き返った所で、どの面下げて皆に顔向けできるって言うんだッ!!」
これまで犯した罪を並べ立てて、自分が決して許される存在ではないと述べる。世間に白い目で見られる事を自覚して、自分の居場所が無くなったと考える。
「この先、生きながらえても……大罪人と罵られて、後ろ指を差されて、おめおめと生き恥を晒すだけだ……いっそ死んだままでいさせてくれた方が、ずっとラクだったんだ!!」
今後の人生に待ち受ける苦難を想像して、そこから逃れる手段として死を望んだ事を伝える。最後は目を瞑って下を向いたままウッウッと嗚咽を漏らして泣き出す。
「……」
若者の言葉を聞いて皆が黙り込む。誰も一言も喋らない。青年の苦しみを取り除きたいと願ったものの、掛ける言葉が見つからない。
彼の言う通り、これから苦難が待ち受けるのは確かだ。犯した罪が許される保証も無い。裁判で厳しく尋問されて、下手をすればせっかく生き返ったのに処刑される可能性も十分あり得る。
仮に処刑されずとも、犯した罪は汚名として残り続ける。今後一生悪名を背負って生き続けるハメになる。住民から石を投げられるかもしれない。
侮蔑と非難の目に晒されて生きるくらいなら、確かに死んだ方がラクだったかもしれない。青年が生き返る事を望んだ仲間ですら、そう考えてしまう。
彼は生き返るべきでは無かったのか……皆がそう思い始めた時。
「……バカモノォォォォォォオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」
ザガートがいきなり大声で叫びながら若者の頬をビンタする。バチィィーーーーンッ! ととても良い音が鳴り、顔面の肉がブルルッと震える。
「へぶるぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
全力で頬をぶったたかれたアドニスが奇声を発しながら豪快に吹っ飛ぶ。その勢いのまま地面をゴロゴロ転がる。
エレナが慌てて駆け寄り、彼を助け起こす。叩かれた頬は餅のように赤く腫れ上がり、そこからヒリヒリと痛みが湧く。かなり強い力で叩いたようだ。
「ザガート!?」
魔王の予期せぬ行動にレジーナが驚いた顔をする。他の者も一瞬何が起こったのか全く理解できず、ポカンと口を開けた。
殴られた当のアドニスも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。頬を叩かれた痛みも、憎しみの感情も湧かず、予想外の展開にただただ茫然となる。
「馬鹿者が……」
呆気に取られた若者を魔王がキッと睨む。表情は怒りに満ちており、両肩をプルプル震わせた。興奮した猛牛のように鼻息を荒くしており、相当激しく怒っていたのが一目で分かる。
「仲間はお前の事を心配して……お前が生き返った時、心の奥底から喜んだのだぞ! にも関わらず、死んだ方がマシだったとは、何様のつもりだッ! 彼らが今までどんな気持ちでいたか、考えた事があるかッ!!」
物凄い剣幕で説教を始めた。仲間が青年の復活を喜んだ事、青年が彼らの気持ちを理解しなかった事、それらの事実を早口でまくし立てた。
「お前が死ねば、お前はラクになれたかもしれない……だがお前の仲間はどうなる!? お前に生きて欲しいと願った仲間は、お前が死ねばこの先ずっと、死ぬまでお前を救えなかった後悔を抱いて生き続けるハメになるのだぞ! お前はそれで良いのかッ!!」
青年が死んだ後に残された仲間がどうなるかを教える。若者が安易に死を望めば、その後彼らが苦悩し続ける事を口にして、青年がどれだけ大事に思われてたかを伝えようとした。
「俺自身はお前の事などどうでも良い……だがお前が仲間の思いを踏み躙ろうとする事だけは決して許さんッ! お前が死という手段で逃げようとするなら、俺は百回……いや千回だろうと、お前を生き返らせてやるッ!!」
仲間を傷付けようとした若者の言動を激しく糾弾し、逃げの選択肢を強制的に奪う事を声高に宣言した。
「……」
魔王の話が終わると、場がシーーンと静まり返る。男の迫力ある喋りに圧倒されて、皆が石になったように固まる。
言葉の内容も凄かったが、それ以上に魔王が説教を垂れた事自体が衝撃的だった。今までクールで飄々とした態度を取っていた男が、子供を叱る父親のような剣幕で怒鳴った事が、あまりにイメージとかけ離れていた。これまで一緒に旅をした仲間の誰も見た事が無い一面だった。
魔王自身、内心ガラに合わない事をしたと思った。自分のキャラではないと感じた。だがあまりに自分本位な若者の言動を前にして、怒りを抑え切れなかったのだ。もう普段のイメージなどどうでもいいと思った。
(……ザガート)
魔王の熱の篭った喋りにアドニスは胸を強く打たれるものがあった。これまで抱えていた不安や苦悩が一気に吹き飛ばされた感覚があった。自分は何を今までくよくよしていたんだと、そういう気持ちにすらなった。
目の前にいるこの男は、自分を必死に立ち直らせようとしている。言動は辛辣でも、仲間の大切さを説いて、彼らの気持ちに気付かせようとした。本気で体当たりして、全力でぶつかってきた。その不器用で男らしい熱意に感動し、何としても彼の思いに応えねばならないと決意を強くさせた。
アドニスがふと真横を見ると、エレナが彼の方を見ていた。改めて仲間が生き返った事に安堵した、穏やかな笑みになる。
「アドニス……私達、まだやり直せるよ。やり直そう……一緒に罪を償って、また一から冒険者として」
優しい口調で語りかけた。共に支え合う事を約束して、若者に再起を促す。
彼女の言葉に同意するように、背後に立っていたトールとマックスが若者の肩に手を掛ける。
「トール……マックス……二人とも、俺を恨んでいないのか。あれだけ酷い仕打ちをしたのに……」
アドニスが後ろを振り返り、仲間に問いかける。彼らに迷惑を掛けた実感が湧き上がり、申し訳なさでいたたまれない気持ちになる。
「もう反省したんだろ? だったら恨む事なんて無いさ」
トールが親指を立ててサムズアップしながら、気さくな言葉を掛ける。過去の出来事を水に流すようにニコッと笑う。
「アドニス、俺達の仲間。仲間は見捨てない。これからもずっと一緒」
マックスがいかにもパワー系らしい片言の喋りをする。
「みんな……ありがとう……本当にありがとう。そして、すまなかった……」
感謝と詫びの言葉を口にして、アドニスがウッウッと泣く。罪を許された事に感激したあまり声に出してむせび泣く。
そんな青年を三人が優しく包み込む。後悔の意識に苛まれた彼を黙って受け止めた。
ザガートも……そして他の者達も、四人の若者を暖かく見守る。強い絆で結ばれた彼らを目の当たりにして、一連の事件が終わったと確信するのだった。
(良かったな……エレナ)
ザガートは一人心の中で少女にエールを送っていた。




