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第119話 蛇腹剣……スネーク・ブレイドッ!

「さすが魔王……一筋縄では行かないという訳か」


 地面に倒れていたアドニスがゆっくりと起き上がる。蹴られた腹を左手でかばうように押さえたものの、深手を負った様子は無い。特に慌てている感じでもなく、表情に余裕が垣間かいま見える。

 二本の足でしっかりと立ち上がると、相手の方へと向き直る。


 ザガートもすぐ相手に飛びかかったりせず、その場にじっと立つ。慎重に相手の出方をうかがう。

 両者は互いに向き合ったまま、一定の距離を保つ。アドニスがジリジリと間合いを詰めると、ザガートがその分後ろに下がる。相手に距離を詰めさせない。


 そうして一定の距離を保ったままにらみ合っていたが……。


「いつまでもそうやって逃げるつもりでいるなら、こちらから行かせてもらうッ!」


 アドニスがそう口にするやいなや、つかの底面にあったボタンらしきものを指で押す。カチッと音が鳴った瞬間、剣の刀身にムカデの甲殻のようなふしの線が横に何十本もびっしりと入る。


「フンッ!」


 鼻息を吹かしながら剣を高く振り上げると、節を境目として、刃が数十個もの細かいパーツに分離する。離れた刃と刃は強靭なはがねのワイヤーで繋がれており、まるで胴長の虫になったようだ。ワイヤーは伸縮自在のようで、あっという間に数メートルの長さになる。


 鎖のように長くなった剣を、アドニスがむちのように振り回す。自身めがけて振り下ろされた刃を、ザガートがサッと横に動いてかわす。刃は地面にぶつかって跳ね返ると、黒騎士の方へと戻っていって、元の長さに折りたたまれる。


「これぞ蛇腹剣……スネーク・ブレイドッ! この剣は魔力と連動しており、俺の意思によって長さが変わる! 軌道も自在にコントロールでき、どれだけ乱暴に振り回しても自分を傷付けたりしない! これも大魔王から与えられた品物の一つ!!」


 剣の性能について自信満々に語る。サソリの尻尾しっぽのように自在に操れる剣であると教える。

 これまで普通の剣として使っていたが、底にあるボタンでモードを切り替えられるようだ。妙に扱いに慣れているのは、ザガートと戦う前に練習したのかもしれない。


「これで貴様の息の根を止めてやる……うおおおおおおっ!!」


 死を宣告する言葉を発すると、今度は剣を正面に突き出す。ジャァッと音を立てて剣がまっすぐ伸びていって、魔王の心臓を突き刺そうとする。魔王がサッと横に動いて避けると元の長さへと戻っていく。黒騎士はそれを再び魔王へと発射する。


 ジャァッジャァッと伸びた刃を、魔王が何度も横に動いてかわす。それが数分ほど繰り返された。

 魔王は回避に徹するばかりで、自分から攻めようとしない。根気強く受け身に回る。ただでさえ素早さが同じな上に、さらに離れた場所から攻撃が届くとあっては、かつに攻撃を仕掛けられないと判断したようだ。


 観衆は離れた場所から戦いを見守る。魔王にこの戦いに勝って欲しいと強く願う。


「ああっ!」


 訪れた状況の変化にルシルが声を上げた。紙一重で攻撃を避け続けたザガートだったが、わずか一センチの差でかわした剣が、彼の左腕に蛇のようにグルグルと巻き付いたのだ。そのまま離れようとしない。


「捕まえたぞ……もう逃がしはしない」


 アドニスが勝利を確信した台詞セリフを吐いてニマァッと笑う。鎖で捕らえた相手を自分の方へと引き寄せようとする。


「……かえって都合が良い」


 ザガートがそう言葉を返しながら、剣が巻き付いたままの腕をグイッと引っ張る。その力は山よりも大きな巨人のごときパワーで、相手を引き寄せようとしたアドニスは逆に自分が引っ張られてしまう。


「ぬおおおおおおっ!」


 黒騎士の体が空高く舞い上がる。かたくなに剣を離そうとしなかったため、両者は互いに鎖で繋がれた状態となり、そのまま魔王のいる方へとさかさまに落下する。


「ムンッ!」


 魔王はかつを入れるように一声発すると、頭上めがけて右拳によるアッパーを繰り出す。魔王の拳は黒騎士の顔面に命中して、ドグォッと骨が砕けたような鈍い音が鳴る。


「なっ……ドグワァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」


 アドニスが天にも届かんばかりの悲鳴を上げながら、飛んできた方角へと打ち上げられた。頭上数メートルの高さまで舞い上がると、剣がこれ以上伸びない長さに達したのか、まっすぐになった状態でピンッと張る。引っ張られる力に耐えるように数秒間ギリギリと音を鳴らしたが、やがてブツンッ! と真ん中から千切ちぎれてしまう。

 アドニスは重力に任せて落下し、大地に全身を叩き付けられた。


「ヌグゥゥゥ……」


 黒騎士がうめき声を漏らしながらゆっくりと立ち上がる。首を左右にブンブン振って、朦朧もうろうとした意識をはっきりさせる。

 殴られた上に地面に叩き付けられたダメージがあったはずだが、深手を負ったようには見えない。鎧の効果によるものか、大魔王に肉体を強化されたからか、非常に打たれ強くなった事は間違いないようだ。


「さて……頼みのつなの剣はこのザマになった訳だが、これからどうするつもりだ?」


 ザガートが相手をあおるように問いかけた。左腕に巻き付いた鎖の片割れを右手でほどくと、ポイッと地面に投げ捨てる。攻撃手段を失った相手を見下すような目で見る。


「フフフッ……」


 アドニスが下を向いたまま声に出して笑う。相手の挑発に動じる事なく、不敵な笑みを浮かべる。まだ何らかの手札がある事をにおわせた。


千切ちぎれただけで剣を無力化したと……そう思ったか?」


 意味深な言葉を吐くと、つばの側面にあるボタンらしきものを指で押す。

 すると先端半分を失った剣が黒騎士の方へと戻っていって、折りたたまれてロングソード形態に戻る。ジャキーーーンッと音が鳴ると、鍔に収納されていたかのように刀身が飛び出して、切断される前と同じ長さになる。その後は再び蛇腹剣モードになる。


「スネーク・ブレイドはただの剣ではない……異空間と繋がっている! いくら刃を失おうと、ボタンを押すだけで何度でも補充が可能ッ! 切断される程度の事など、とうに想定済みッ!!」


 剣の性能について得意げに語る。切断されてもすぐ元の長さに戻せる事を教える。

 まるでカッターナイフの刃が無限にあるかのようだ。戦いは実質的に振り出しに戻る形となった。

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