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第113話 ニセ勇者は無様な醜態を曝け出す

「くそっ……こんなはずじゃ……」


 アドニスが悔しげに言葉を吐きながら起き上がる。一瞬意識を失いかけた彼であったが、気力によって自らを奮い立たせる。頭を左右に揺り動かして正気を取り戻すと、魔王の方を向いてゆっくりと立ち上がる。

 自分にはじをかかせた相手を憎々しげな表情でにらむ。何としても仕返ししてやらねば気が済まない憎悪に満ちており、とても話し合いで解決する雰囲気じゃない。


「……」


 ザガートがあごに手を当てて気難しい表情になる。どうやってこの場を収めるべきか思案する。無鉄砲な若者を力で殴り飛ばすのは簡単だが、それは最良の選択ではないと心の中で却下する。彼自身に力の差を知ってもらい、反省をうながすのが一番だという思いがあった。


 穏便に解決する方法を探った魔王であったが、突然真横に空間の裂け目を生じさせると、そこからさやに収まった一振りの刀を取り出す。それを若者の足元にある地面へと放り投げた。


「……その刀を抜いてみろ」


 刀を拾って鞘から抜くよう命じる。


「何の真似だッ!!」


 魔王の意図が読めず、アドニスが声に出して怒りだす。彼からすれば全くもって意味不明な流れだ。魔王の所有物となったはずのムラマサを、いきなり目の前に差し出したのだから。


「その刀は自らの意思で持ち主を選ぶ……もしお前に資格があったなら、鞘から抜いても命を吸われる事は無い。もしそうなったら、その刀はお前にくれてやる」


 意図が読めず困惑するアドニスに、魔王が自分の考えを伝える。呪われた刀を扱えるかどうかテストを行い、合格したなら刀をゆずり渡すという。

 これが魔王が思い付いたもっとも穏便な解決策だった。若者に刀を扱えまいとタカをくくったようにも見えたが、仮に刀を奪われたとしても惜しくはないようにも感じ取れた。


「……ッ!!」


 魔王から突き付けられた挑戦に、若者が一瞬驚いた顔をする。相手の言う通りに刀を抜くべきかどうか思い悩む。あれだけ恋焦がれた宝だというのに、すぐには手が出せない。

 呪われた刀である事は重々(じゅうじゅう)承知しており、命を吸われるかもしれない恐怖が頭をよぎる。刀に認められる保証など何処にも無い。


(……ええい、ままよッ!)


 相手の挑戦に乗るべきかどうか迷ったアドニスであったが、啖呵たんかを切った手前引き下がれない思いがあり、なかばヤケクソ気味に刀を拾い上げる。

 鞘から抜くと、宝石のような輝きを放つ刃が眼前にさらけ出された。日光を反射してキラキラ光る氷のような鮮やかさは、周囲の人だかりもゴクリと息をむほどだ。


「……れいだ」


 あまりの美しさに若者が見とれた瞬間……。


「うっ……ぐああああああああっっ!!」


 突如悲鳴を上げて苦しみ出す。思わず刀を手放すと、地面に倒れてミミズのようにのたうち回りながら激しくもだえる。目を真っ赤に血走らせたまま全身の皮膚を指でむしる。口からはブクブクと泡を吹く。このまま放っておいたら一分と持たずに発狂して死んでしまいそうだ。


 男の手から離れて地面に転がり落ちた刀の刃から、禍々(まがまが)しい紫のオーラが立ちのぼる。その時刀から「クククッ」と不気味な笑い声が聞こえた。自分の弱さをかえりみない若者の無能ぶりをあざ笑ったようだ。


「アドニスっ!」


 人だかりの中にいたヒーラーのエレナが慌てて駆け寄る。一連の光景を黙って見ていた彼女であったが、仲間の生命に危機が迫ったとあってはそうも行かない。

 倒れた仲間の前まで来てひざをつくと、両手を当てて回復の呪文を唱える。


「……ううっ」


 水色の光に包まれると、痛みがやわらいだのか男が苦しむのをやめる。最後は激痛から解放された安心感で全身をグッタリさせた。


「……これで分かっただろう。お前にこの刀を扱う資格は無い。資格が無いのに持っていても、宝の持ちぐされになるだけだ。これは返してもらうぞ」


 力なく大地に横たわる若者を、ザガートが侮蔑の眼差しで見る。ほれ見た事かと言わんばかりに冷徹な言葉を浴びせる。カツカツと歩いていって地面に落ちた刀を拾い上げると、空間の裂け目にポイッと放り投げた。


「ぐっ……」


 アドニスが悔しげに歯ぎしりしながら起き上がる。相手を憎々しげな目付きでキッと睨んだものの、魔王の指摘は的をており、ぐうのも出ない。

 男が周囲を見回すと、観衆の視線が彼にそそがれる。ある者はあきれた顔をしており、またある者はため息を漏らす。「へへへっ」と声に出して笑う者もいた。

 反応は様々だが、誰もが公衆の面前ではじさらした若者を心の中で笑っていた。


「ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 アドニスが大声で叫びながら駆け出す。周囲の人ごみを力ずくでどかすと、侮蔑の眼差しから逃れるように表通りの彼方へと走り去る。


「アドニス、待って!」

「何処へ行くつもりだッ!!」


 三人の仲間が慌てて後を追う。若者が逃げた方角へと走っていく。そのままいつまでっても戻らない。


 アドニスとその仲間達がいなくなり、場がシーーンと静まり返る。誰も一言も発しないまま黙り込んでいたが、騒ぎが収まったと知って、観衆が一人、また一人と離れていく。騒ぎを見るために集まった街の住人は全員元の生活に戻る。


 黒山の人だかりが解消されても、ザガートとその仲間達、ドーバン、そしてアドニスの仲間以外の冒険者連中はその場にとどまっていた。


「すまない……騒ぎを大きくした上に、酒場の壁を壊してしまった」


 ザガートが申し訳なさそうな顔をしてドーバンに謝る。当初想定したよりも大事おおごとになった事、若者のパンチを避けたせいで壁を破壊した事を深くびる。


「いや……良いんだ。ケンカを吹っかけたのはアイツの方だし、壁を壊したのもアンタがやった事じゃねえ。修理代は後でアイツに払わせるよ。それよりこっちこそすまねえ。ウチのモンが迷惑かけちまってよ……」


 ドーバンが責任を感じる必要は無いむねを告げる。魔王に非が無い事を伝えて、今回の騒ぎの過失はアドニスにあると語る。自分のギルドに所属する冒険者がやらかした事に責任を感じて平謝りする。


 彼の言葉を聞いて魔王もそれなら、と納得する。双方が謝り終えて、一連の騒動が収束した空気が漂う。数人の冒険者が壁が壊れた後に散らばったゴミを片付けて、残りの連中は酒場に入って飲み直す。ドーバンも建物の中に入る。


「……」


 魔王はアドニスが去っていった方角をじっと眺める。騒動が片付いたというのに表情は晴れやかではない。何か胸にモヤモヤしたものを抱えたような思いつめた顔をする。


「どうしたのじゃ? 辛気臭い顔なんぞしおって」


 魔王が浮かない顔をしたのを見て、鬼姫が首をかしげた。


「いや……何でもない。気にしなくていい」


 魔王は仲間にそう伝えると、ズカズカと酒場へと入っていく。


(……本当にこれで全て解決したのか? あのアドニスという若者、何かしでかさなければ良いのだが……)


 仲間にああ言ったものの、魔王は胸の内に不安があった。それはアドニスの事だ。彼がこれで引き下がるとは思えず、何らかの事件を引き起こすのではないかという懸念を抱いた。

 けれども、じゃあ何をすれば彼の気が晴れるのか、その方法は思い付かなかった。

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