第109話 鬼姫とセックス
……男の胸に顔をうずめたまま泣き続けた鬼姫だったが、やがて泣き疲れたように眠ってしまう。目を閉じたままスゥスゥと気持ちよさそうに寝息を立てる。
魔王は少し困ったような顔しながら彼女をお姫様抱っこし、そのまま宿の中を歩き出す。音を立てないように階段をゆっくりと上がり、二階の廊下の突き当たりにある寝室へと向かう。
部屋に入ると、ドアを閉めて鍵を掛ける。ベッドが二台置かれた部屋の隅まで来て、女をベッドに寝かせた瞬間……。
「……ッ!!」
眠っていたはずの鬼姫がクワッと目を開ける。今がチャンスと言わんばかりに男の肩を両手で掴み、グイッとベッドに引き寄せる。ベッドに仰向けに寝た女の上に、男が四つん這いになって覆い被さる状態になる。
「我を……我を抱いてくれぬか? 落ち込んだ夜に一人で寝るのは寂しいのじゃ……」
性行為に誘う言葉が口から飛び出す。傷心を癒すために体で慰めて欲しいという事のようだ。
「俺をベッドに引きずり込むために、わざと寝たふりをしたのか? ふふっ……全く、大した女だ」
ザガートが不敵な笑みを浮かべる。この状況に持っていくために魔王を騙す演技をしてみせた女のしたたかさに一杯食わされた気になり、思わず顔をニヤつかせた。
「……妾のような女は嫌いかえ?」
鬼姫が瞳を涙で潤ませながら、すがるように問いかけた。声は微かに震えており、今にも泣きそうな顔をしている。この期に及んで拒絶されたら立ち直れない思いがあり、その怯えが表情となって表に出る。
魔王はもしかしたら清純そうな若い娘が好みであり、自分のような吉原の遊女の格好をしたアラサー女は相手にされないのではないか……そんな考えが胸の内にあった。
「……」
ザガートは女の問いにすぐには返答しない。相手をじらすように黙り込んだまま頭の中であれこれ考える。体を起こして女から離れると、全体像をじっくりと舐めるような視線で眺めて、彼女の魅力を再確認しようと試みる。
身長百六十センチ代半ば、外見年齢二十七歳という日本人風の女性……普段あまり意識しないが容貌は飛び抜けており、傾国の美女と呼ばれても不思議じゃない見た目をしている。
極端に太っても痩せてもおらず、適度に肉付きが良い。二の腕と太腿はムッチリしており、足が太くて尻が大きめの下半身は安産型と呼ばれる体型だ。
褐色肌と肌色の中間のような小麦色の肌は、まだ酒が残っているのか汗ばんでおり、微かに火照っている。呼吸も少し荒い。
だらしなく着崩した着物から見える、はだけた胸元……太腿の隙間からチラリと見える、股間の白い布。それらが扇情的で見る者をムラッとさせる。
確かに清純派とは呼べないが、熟した女の色気がある。この場で抱かないのはあまりに惜しいと思わせるものがあった。
ザガートは考えが固まると、再び女の上に覆い被さってグイッと顔を近付ける。
「安心しろ……むしろ好みのタイプだ」
獲物を前にした悪魔のようにニヤリと笑うと、体を前に倒して、互いの体を密着させたまま強引に服を脱がせ始めた。そして――――。
その晩、ザガートと鬼姫は激しく愛し合った!!!!
数時間後……宿の主人が一階の調理場で、どろり濃厚なクリームシチューを調理し始めた時。
「……」
あられもない姿となった鬼姫が、横向きにベッドに寝転がる。魔王に背を向けたままずっと黙っている。嬉しそうに笑ったりもしなければ、悲しんでいる風でもない。正に何とも言えない表情をする。本来魔王に抱かれた事を喜ぶべきという考えは彼女の中にあったが、いざやってみると実感が湧かず、素直に喜べない不思議な感情があった。快楽に満ちた一夜を共に出来た事自体は良かったと思いながらも――――。
魔王はやはり女に背を向けたまま、一糸纏わぬ姿でもう一台のベッドに腰掛ける。ベッドの横にある台に置かれたブランデーの蓋を開けて、ガラスのコップに注ぐ。それをグイッと一気に飲む。
「……まだ鬼族の復興を願っているのか?」
酒を飲み終えると、背を向けたまま話しかける。
「……もうとうに再興の望みなど捨てておるわ」
鬼姫が寝そべったままボソッと小声で呟く。声の調子は少し不機嫌そうだ。
「我は一族の同胞も、鬼族の誇りも、全て失った……今の我には何も無い。今更故郷に帰った所で、二百年も経っておっては妾を知る者は誰もおらぬ。我はただ生きる目的が……自分の居場所が欲しかった。たったそれだけなのじゃ」
桃太郎に敗れて全てを失った事を寂しげな表情で語る。鬼族の再興を本気で望んていた訳ではなく、やりたい事を見つけたかっただけだと真意を口にする。勝負する時に語った『魔王の子を孕む』という野望も、その場限りの思いつきでしか無かったようだ。
ザガートは後ろを振り返り、女が寝ていたベッドの前まで移動する。その場に膝をついてベッドにもたれかかると、背を向けたままの女の頭に顔を近付ける。
「……だったら俺が居場所を与えてやる。お前の生きる目的に、俺がなってやる。お前はいい女だ……手放すには惜しい。これからも俺の手足となって、俺の為に働いてくれ」
女の横顔を上から覗き込んだまま、優しい口調で語りかける。彼女を大切に思った事、自分のために働く事が彼女の生きる目的になると考えた事、それらの思いを率直に伝える。
鬼姫は数秒ほど黙っていたが、寝そべったまま体を動かして男の方を向く。互いに数センチしか顔が離れないまま、見つめあった状態になる。相手の鼻息が顔にかかり、微かにくすぐったい。
「……嬉しい事を言ってくれる」
鬼姫はフッと笑みを浮かべると、目を閉じたまま顔を近付けて、男の唇にキスする。魔王は相手の行為をあるがまま受け止めて、両者は唇を強く重ね合わせた。互いに愛を確かめ合うように――――。




