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第106話 対決! 最強の魔神 vs 最強の魔王!!

 ギルボロスと名乗るグレーターデビルに立ち向かう鬼姫だったが、力の差は大きく開いており、全く歯が立たない。ついには渾身の大技である『影鰐かげわに』までも防がれてしまう。

 彼女が絞め殺されそうになった時、何者かが魔神の脇腹に飛び蹴りを食らわせる。魔神は豪快に吹っ飛び、その手から離れた女を何者かがキャッチする。


 彼女を助けた人物こそ、魔王ザガートに他ならない。山頂でグレーターデーモンを片付けた後、転移魔法で村に駆け付けたのだ。


「ザガート様っ!」


 魔王が飛んできた方角から、三人の少女が遅れてやってくる。彼女達も転移魔法で一緒に来ていた。

 三人が合流すると、ザガートは回復魔法で鬼姫の傷をいやす。傷が癒えると彼女を地面に下ろす。


「……俺が合流するまでよく持ちこたえた」


 重苦しい表情を浮かべてねぎらいの言葉を掛けた。口数は少ないが、鬼姫の健闘ぶりに対する感謝の念と、敵の策にまんまと乗せられた自身の不甲斐ふがいなさに責任を感じた心情がうかがえる。


「そんな顔せずともよい……それより敵は恐ろしい力を持った魔神じゃ。くれぐれも気を抜くでないぞ」


 鬼姫が責任を感じる必要は無いむねを告げる。敵の恐ろしさを伝えて、油断しないよう忠告する。

 魔王が女の言葉に「分かった」と言いたげにコクンとうなずく。東の妖怪の王たる仲間が苦戦した以上、ただならぬ相手である事は最初から理解していた。


 一行が言葉をわしていた時、うつ伏せに倒れていたギルボロスがムクッと起き上がる。一瞬何が起こったのか状況を理解できず、うろたえたように周囲をキョロキョロ見回したが、魔王の姿を視界にとらえると、彼に蹴られた事を即座に把握する。

 冷静さを取り戻すと、一行に向かってドスンドスンと歩きだす。魔王から数メートル離れた場所まで来て立ち止まる。

 脇腹を蹴られた事によるダメージは全く無いようだ。


「異世界ノ魔王……アラタメテ自己紹介サセテイタダク。ワシハ、ギルボロス……魔王軍最強ノグレーターデビルニシテ、バハムートニグ魔界ナンバー『(スリー)』ノ地位ニアル者」


 宣戦布告するように名乗りを上げる。鬼姫に名乗った時と違い、今度は魔王軍内における自らの序列を教える。


(最強の魔神ギルボロス……確かに凄い魔力だ。鬼姫ですらアスタロトの二倍あるのに、こいつは十倍……つまり鬼姫の五倍の強さという事になる。冒険者では歯が立たないのも道理だ。何しろこいつに勝てるだけの強さがあれば、世界を救う勇者になるのも夢ではないのだからな……)


 魔神の強さにザガートが驚嘆する。直接対峙するまで実感が湧かなかったが、いざこうして目の前に立つと、その魔力の高さに驚きを禁じえない。

 アスタロトの十倍という事は、二十倍であるザガートやアザトホースの半分程度の強さという事になる。彼が今の二倍強くなっただけで、大魔王と肩を並べてしまうのだ。彼が如何いかに化け物じみた存在かが分かる。


「ギルボロスとか言ったな……俺の仲間を傷付けたむくいを受けてもらう。挨拶あいさつ代わりに受け取れ」


 敵の予想外の強さに一瞬驚いた魔王だったが、それでも自分より実力は下だと冷静に思い直す。自らの中に湧き上がった懸念を打ち消すように前に一歩踏み出すと、正面に右手をかざして魔力を集中させる。魔王の手のひらに炎が集まっていき、凝縮されて一つの塊になる。


「ゲヘナの火に焼かれて、消しずみとなれ……火炎光弾ファイヤー・ボルトッ!!」


 魔法の言葉を唱えると、手のひらにあった火球が正面に撃ち出された。火球は目にも止まらぬ速さで魔神めがけて飛んでいく。いくらの者が強かろうと、直撃すれば間違いなく致命傷になる一撃だ。


「我、魔神ノ名ニオイテ命ジル。精霊ノ光ヨ、スベテノ魔法ヲ消シ去リタマエ……絶対魔法防御アンチ・マジック・シェルッ!!」


 火球が眼前まで迫った時、ギルボロスが両手を組んで人差し指を垂直に立てて、呪文の詠唱を行う。すると彼を中心として虹色に輝く結界がドーム状に張りめぐらされた。

 魔神に届きかけた火球は虹色の結界に触れた途端、風で吹き飛ばされたようにバラバラになる。粒子状に分解されたチリになり、跡形もなく消えせていく。


「何ッ!?」


 攻撃魔法を無効化された光景にザガートが驚きの言葉を発する。予想外の展開に動揺を隠し切れない。


絶対魔法防御アンチ・マジック・シェル……蘇生術リザレクションと並ぶ、光属性の最上位階魔法。それをまさか魔界のデーモンが唱えるとは……もっとも、俺もあまり人の事は言えないが)


 醜悪なる闇の魔神が最上級の光魔法を唱える、その組み合わせに意外性を感じる。最後は自分も似たような事をするので、そう珍しくもないのだろうと思い直す。


「だがギルボロスよ……その魔法は術者自身の魔力をも無力化するもろの剣。一切魔法が使えなくなった状態で、この俺にどう立ち向かうというのだ?」


 魔法の特性を述べて、戦術のあやまりを指摘する。


 絶対魔法防御アンチ・マジック・シェル彼我ひがの魔力差に関係なく、あらゆる魔法を無効化する無敵の結界だ。だがそれは術者自身にも適用される。

 魔神はザガートの魔力を封じるのと引き換えに、自身も全ての魔法を使えなくなる捨て身の戦法を取ったのだ。


「グフフッ……何モ心配スル必要ハ無イ」


 ギルボロスが口からダラダラとよだれらしながら不気味に笑う。良からぬたくらみをしたようないやらしい笑みを浮かべると、何かしらの備えがあるらしい事を伝える。


「ワシノ取ッテオキヲ、見セテヤル」


 そう言いながら、合図を送るように指をパチンッと鳴らす。

 次の瞬間、空の彼方からヒュゥゥゥウウウウウッと音が鳴り、巨大な何かが飛んでくる。それは蛇のようにも、サソリのようにも見えたが、遠くからではハッキリとは姿が見えない。

 巨大な何かはギルボロスの真横にある大地に、ドスゥゥーーーンッと音を立てて着地する。その衝撃で辺り一帯が激しく揺れた。


 飛んできた何かは魔神のサイズに合わせた鋼鉄製の鎖だ。鎖の先端にはトゲの生えた鉄球が付いており、ぶん回して相手に叩き付ける武器のようだ。

 それは創作作品において『モーニングスター』と呼ばれる武器のうち、鎖で振り回すタイプのものと思われた。恐らく目視で確認できないほど遠くの場所に魔神の仲間がいて、合図を送られたため武器をよこしたのだろう。


「魔法ガ使エナクナッテモ、ワシニハ、コレガアル……コレマデ幾人モノ冒険者ノ血ヲ吸ッテキタ、ワシノ必殺武器。今回同様、魔法ヲ使エナクナッタ状態ニシテ、コレヲブンマワシテ、何人モノ魔術師ヲホフッテキタノダ……オ前モ、ソウナル」


 魔神が鉄球について説明を行う。これまで何人もの冒険者を屠ってきたお気に入りである事、互いに魔法を使えなくした状態に持ち込んで、鉄球で命を奪うのは彼の常套じょうとう手段であった事、それらを包み隠さず教える。

 話を終えると、地面に落ちた鎖を両手で拾い上げる。鉄球が付いてない方の鎖を左手でつかんだまま、右手で鉄球がぶら下がった鎖を持ち上げて、ブンブン振り回す。回転の速度が徐々に増していき、最後はプロペラのように高速で回転する。


「死ネ、ザガート! 脳ミソブチケテ、ブザマニイキエルガイイ!!」


 死を宣告する言葉を発すると、鎖の先端に付いた鉄球を魔王めがけて振り下ろす。

 重さ数百キロは超えるだろう鉄の塊が、男の頭上に落下する。男は避けようともしない。相手の技を受け切る気でいたのか、その場から一歩も動こうとしない。

 やがてドガァッと大きな音が鳴り、鉄球の下敷きになってしまう。


「ざっ……ザガート様ぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 ルシルが悲痛な声で叫ぶ。男が鉄球の餌食えじきになった光景を見て、目に涙を浮かべずにいられない。深い悲しみにまれて、ガクッとひざをついてうなだれた。

 他の仲間達も無念そうな表情を浮かべて下を向く。魔王が倒された事に心底落胆する。重苦しい空気が場に漂う。


 鉄球は大地にめり込んでおり、地面に亀裂が走る。魔王は影も形も見えない。鉄球に押しつぶされてペシャンコになったのか、地中に埋まったのかは分からない。だが魔王の生存を信じる者は誰もいない。みなが彼は死んだと確信を抱く。


「グフフ……グッファッファッファッファ! ツイニ魔王ハ死ンダ! ワシガ殺シテヤッタ! コレマデ散々魔王軍ヲ苦シメテキタマワシキ勇者ノヨウナ男ヲ、ワシノ手デ殺シテヤッタノダ! ブワーーーッファッファッファッ!!」


 ギルボロスが勝利の喜びに満ちた高笑いをした時……。




 地面に落ちていた鉄球がひょいっと持ち上がる。最初は地面と数センチのすきしか離れていなかったが、ゆっくりと少しずつ上に上がっていく。

 一瞬鉄球がひとりでに浮き上がったようにも見えたが、そんな訳はなく、鉄球の真下に一人の男がいる。その男は無論の事、鉄球の下敷きになったはずのザガートだ。


「こんなものがお前の切り札なのか? 確かに並みの冒険者なら殺せたかもしれないが、俺にはかすり傷すら負わせられなかったぞ」


 魔王が侮蔑に満ちた言葉を吐く。相手を見下すような視線を向けたまま「フフンッ」と得意げに鼻息を吹かす。

 魔王はあろう事か、鉄球を右手だけで持ち上げていた。全くりきんでいる様子がなく、表情には余裕の笑みが浮かぶ。鉄球で殴られた事によるダメージは全く無い。彼自身は無傷でも、彼が立っていた地面が崩れて地中に埋まったようだ。


「ふんっ!」


 かつを入れるように一声発すると、右手に持っていた鉄球を力任せに放り投げた。

 鉄球は男の姿からは想像も付かないほど凄まじい力で投げられており、まるで星と同じ大きさの巨人に投げられたかのように、放物線を描いて飛んでいく。

 鎖を握っていたギルボロスは、鉄球の勢いに引っ張られて宙に浮き上がり、そのまま一緒に飛んでいく。


「ヌゥゥゥゥゥゥォォォォォォオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」


 突然の出来事に困惑した魔神が絶叫する。うっかり鎖から手を離してしまい、空高く投げ出されると、垂直に落下して強い衝撃で地面に叩き付けられた。

 落下の衝撃で大地が激しく揺れて、大量の砂ぼこりが舞い上がる。魔神はうつ伏せに地べたに倒れたまま、手足をだらんと伸ばして大の字になる。


「ギルボロス……貴様はケセフと同じ間違いを犯した。それは俺が魔法が得意なだけの男だと思い違いをした事だ」


 ざまな醜態をさらけ出した魔神を眺めながら、ザガートが勝ち誇ったように言う。肉弾戦なら勝てると思い込んだ敵に、その認識があやまりだった事を指摘する。


「俺が魔法においてだけでなく、肉弾戦においても最強である事を教えてやる!!」

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