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第105話 鬼姫の必殺技はギルボロスに通用するか

「ギルボロス……我の最後の大技、その身に受けるがよい!!」


 鬼姫はそう叫ぶと、右手に持った刀を頭上に掲げてプロペラのようにクルクル回した後、今度はつかを握ったまま大地に突き立てる。


「鬼龍剣奥義……影鰐かげわにッ!!」


 技名らしき言葉を口にすると、刃が刺さった地面から黒い影のようなものがみょーーんと伸びていく。それはギルボロスの真下に来るとみるみる大きくなっていき、半径五メートルほどの大きな丸い影となる。影が水面のようにゆらぁっと波打つ。


「グァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 次の瞬間、影から体長十メートルを超す竜のように巨大なイリエワニが顔を出す。ワニは大きく口を開けると、真上にいたギルボロスを丸みにしようとする。

 ギルボロスは自らに襲いかかってきたワニの上あごと下顎を、それぞれの手でガッとつかむ。ワニに捕食されまいと、ググッと腕に力を込めて抵抗する。ワニも何としても相手に力負けすまいと、必死に口を閉じようとする。


 二体の魔獣がパワーでり合う光景は、さながら実写特撮の怪獣映画のようだ。ヒトが一切介入しない、怪物と怪物の、暴力と暴力のぶつかり合いだ。


 化け物同士の争いを、後ろで控えた村人達がハラハラしながら見守る。影鰐かげわにが勝ってくれるんじゃないかとかすかな期待に胸をおどらせた。だが……。


「ヌウゥゥゥ……ドリャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーーーッッ!!」


 ギルボロスが力をめ込むように低くうなった後、天にも届かんばかりの怒号を発する。その勢いに任せるように、顎を掴んだ両手を左右に大きく開く。ワニの口がバリバリと音を立てて裂けていく。


「グッ……ウギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 この世の終わりと思えるほどの絶叫が放たれた。真っ二つに裂かれたワニの亡骸が大地に転がり、大量の血と内蔵が無惨にブチけられた。敗北を認めてショボくれたように、ワニの出現穴である丸い影が小さくなって消えてゆく。後にはグロテスクな死体が残るだけだ。


「フゥ……フゥ……フゥ……」


 返り血を浴びて赤く染まったギルボロスが、肩で激しく息をする。表情には疲労の色が浮かび、ひたいから汗が滝のように流れ出る。さすがに楽勝という訳には行かなかったらしく、体力を消耗した様子がうかがえる。


「グフフッ……鬼姫ヨ。今ノハ流石サスガキモヲ冷ヤシタゾ。コレマデ散々クビル発言ヲシタガ、撤回シヨウ。オ前コソ、マギレモナク東ノ妖怪ノ王ニ相応フサワシイ実力ヲ持ッタ女ヨ……」


 呼吸が落ち着くと不気味に笑い出す。ひと仕事終えてスッキリしたような、晴れやかな笑顔になる。相手の大技にいたく感銘かんめいを受けたらしく、彼女の実力の高さを素直に称賛する。


「……」


 められた当の鬼姫は言葉も出ない。渾身の大技を防がれたショックのあまりぜんとなる。いくら実力の高さを評価された所で、ギルボロスが健在では意味が無い。彼が村を滅ぼそうとする事実に何ら変わりないのだから。


 やがて地面に刺さった刀を引き抜くと、両手で握って構える。そのまま敵に向かって走り出す。


「ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーっっ!!」


 勇ましい雄叫びを上げると、ギルボロスの腹めがけて斬りかかる。縦一閃いっせんに振られた刀が分厚い肉の壁に激突すると、ガリガリガリッと何かを引きずったような音が鳴り、物凄い力で刃が押し戻されそうになる。


「ぬうっ……うおおおおおおおおっ!」


 鬼姫は腹肉の圧力に負けまいと、両腕に力を込める。刀に全体重を乗せて、一気に振り抜いた。


 当のギルボロスは……全くの無傷っ!

 レッサーデーモンを一撃死させる威力の刀で斬られたにも関わらず、かすり傷すら負わない。魔神の腹肉は何事も無かったかのようにテカテカしている。


(なんの……一撃でダメなら、何撃だろうと食らわせてやるわい!!)


 それでも鬼姫は諦めようとはしない。いずれ攻撃が通るはずだと確信を抱いて、次の攻撃に移る。


「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーーっ!!」


 腹の底から絞り出したように大きな声で叫ぶと、両手で握った刀をブンブン振り回す。高速の連撃を放ち、相手をメッタ斬りにしようとする。

 目にも止まらぬ速さで振られた刃がぶつかるたびに、腹の肉がボヨンボヨンとしなる。まるで受けた力を外に逃がそうとしているかのようで、全く手応えが無い。

 それでも鬼姫は諦めずに刀を振り続けたが……。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 やがて刀を振る腕が止まる。全身汗まみれになり、表情に疲労の色が浮かび、ガクッとひざをついてうなだれた。手足の震えが止まらず、ゼェハァと口で激しく息をする。完全に疲労困憊こんぱいした様子がうかがえる。

 刀を握る力すら残っておらず、彼女の手から刀がこぼれ落ちて地面に転がる。


 鬼姫の連撃は数分ほど続いたが、魔神の腹には全く傷を付けられなかった。が刺した程度のあとすら付いておらず、健在ぶりをアピールするようにでっぷりしている。魔神は「ふぁーーっ」と退屈そうにあくびをしながら、指で鼻くそをほじる。


「グヌゥゥ……何故じゃ……何故我の一撃が通じぬ! 此奴こやつの腹肉は、マサムネの切れ味をもってしても太刀打ちできぬというのか!!」


 女が声に出してうろたえる。攻撃が通らない悔しさのあまり、割れんばかりの勢いで歯ぎしりする。天下の名刀とうたわれた刀で斬ったのだ。敵が無傷に終わった結果は到底納得の行くものではない。


「グフフッ……ソウデハナイ……鬼姫ヨ」


 ギルボロスが笑いながら口を開く。骨のずいまで憤慨する女に、落ち着いた口調で理由を説明する。


「正宗ノ切レ味ハ、マギレモナク一流ダ……モシ伝説ノ勇者ノ手ニヨリ振ルワレタナラ、ワシハ、バラバラニ切リ裂カレタダロウ……ソウナラナカッタノハ、オ前ノ腕力ガリナカッタカラニ他ナラナイ。イクラスルドイ切レ味ヲ持ッタ刀デモ、アツカウ戦士ガ一流デナケレバ、本来ノ強サヲ発揮シナイトイウ事ダ……」


 刀の切れ味は十分だった事、女の細腕では本来の威力を出し切れず、致命傷に届かなかった事……それらの事実をありのまま教える。


 女の実力に一目いちもく置いた魔神の発言だからこそ、嘘は無いのだろう。その事が余計に彼女にとってショックが大きい。もし刀を振るったのが自分でなく桃太郎なら、魔神を倒せたかもしれない……そんな思いが女の胸に湧き上がる。


 無力感に打ちひしがれて茫然ぼうぜん自失になった女を、ギルボロスが右手でガシッとつかむ。強く握ったまま、高々と持ち上げる。


「ぐああああああああっ……!!」


 全身を締め付けられる痛みに鬼姫が悲鳴を上げる。体中の骨がミシミシと音を立てており、魔神がちょっとでも指に力を加えれば、一瞬でペシャンコになりそうだ。もはや彼女の生き死には魔神の意思にゆだねられてしまった。


「グフフッ……鬼姫ヨ……コレガ最後ノチャンスダ。我々ニ降参シ、二度ト魔族ニサカラワナイト約束シロ。サモナクバ、オ前ヲ殺ス」


 頭上に掲げた女を見ながら、ギルボロスがニタァッと笑う。まな板の上のこいを眺めてうっとりしたような、いやらしい笑顔になる。心身共に追い詰められた女に最後通牒を行う。


「グッ……貴様如きに降参するくらいなら、死んだ方がマシじゃ」


 鬼姫が相手の降伏勧告を跳ねける。敵の言いなりになる事を断固として拒否し、自らの意思で死を選ぶ。


「ソウカ……ナラバノゾミ通リ、死ヌガイイ!!」


 魔神の目がグワッと開く。女を握る指にぎゅっと力が込められた。


「がぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーーーっっ!!」


 鬼姫が悲痛な声で叫ぶ。全身の骨がボキボキ砕ける音が鳴り、口から真っ赤な血が噴水のように吐き出された。体中を駆け回る激痛にもがき苦しんだあまり、目をつぶって苦悶の表情を浮かべたまま、体を前後に揺り動かす。かよわい女性が絞め殺されそうになる光景は見るからに痛ましい。


「ああっ……!!」


 鬼姫が死にそうな姿を見て、村人達が顔面蒼白そうはくになる。何とかしなければならないと思いながらも、方法が思い付かない。自分達が飛びかかった所で、女を助けられずゴミのように蹴散らされるのは目に見えている。ただアワアワと慌てふためくしかない。


 最後はわらにもすがる思いで、両手を合わせて神に祈る。

 その祈りも届かず、女が死ぬかと思われた時……。




 何処からか、ヒュンッと風を切る音が鳴る。次の瞬間、音が聞こえた方角から黒いかたまりのようなものが飛んでくる。

 黒い物体はギルボロスの脇腹に激突し、ドグォッと音を立ててめり込む。その衝撃で魔神の体がフワリと宙に浮く。


「バッ……ドブルゥゥゥゥァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」


 ギルボロスが滑稽こっけいな奇声を発しながら豪快に吹き飛ぶ。攻撃を受けたショックで、女を握っていた手を離してしまう。空高く打ち上がった後、墜落するように地面に激突すると、そのまま数メートルほどゴロゴロ転がった挙句、うつ伏せに倒れて手足をピクピクさせた。


 魔神の手から離れて宙を舞った女を、何者かがキャッチする。黒い塊に見えていたのは人だった。物凄い速さで魔神に飛び蹴りを食らわせたのだ。


「まんまと敵の策略に乗せられたが……どうやら間に合ったらしい」


 女をお姫様抱っこしながら、男が口にする。


「フンッ……全く、助けに来るならもうちょっと早く来ぬか。あやうくこっちは死ぬ所じゃったわい」


 男に抱きかかえられたまま鬼姫が憎まれ口を叩く。わざと素直じゃない口ぶりをしてみせたものの、顔から笑みがこぼれており、救援が間に合った事を喜んでいるのが一目で分かる。


 男は救援が遅れた事をびるように無言のままコクンとうなずく。


 ……その人物こそ山頂でグレーターデーモンを倒した後、転移魔法で急いで村に駆け付けた魔王ザガートに他ならない。

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