狼と犬との対面
昨日は食後に空間術の練習を再開。維持よりも大きさ重視でと言われたので、できるだけ大きく作ろうとする。3度目で何とかいつものファイアボールと同じほどになった。
この大きさで1日、20の刻を維持し続けられるようになったら、小さい異空間倉庫を作れるそうだ。
異空間倉庫は一度作るときに魔素をどっと吸うけど、核さえできれば、あとはつぎ足さなくても、よほどのことがない限り崩壊することはないらしい。魔素をつぎ足すのは倉庫を広げたいときだそうだ。
そう、作れても、初めの大きさは倉庫なんて言えない小さいもので、そこに継ぎ足し継ぎ足しして、入れられる量を増やしていくんだ。
また、異空間と言えど品質劣化は起こる。劣化しない鉱石素材など用にするか、ギルド長のように、劣化しないように、時弄りの魔道具を一緒に異空間に入れるかしないといけないそうだ。僕の場合は時術でそれもできるようになるだろうとは言われたけど。
まずは空間術、そして時術を使えるようにしたい。そうすれば異空間倉庫にアイテムを入れることで、アイテムポーチに入りきらないというのも防げそうだ。
ただ、今日からの練習は部屋の中でやるように言われた。室内のような場所のほうが空間が安定するようだ。ギルド長の作った庭も、外ではなく空間だそうだ。
外で使うならば5の刻が過ぎるほど安定させ続けられるようにと言われた。帰宿後に練習するとしよう。
今はギルド長に言われて北の南兎平原ではなく、東側にと足を延ばしていた。
東側にはほとんど建物がなく、ほとんどが畑ときおりリンゴの果樹が見える。この辺りは大通り沿いにも露店はない。
さすがに大通り沿いはほとんどもう誰かの土地のようだが、南東の扉から一番近い場所に、一部ぽっかりと土地が開いていたのが印象的だった。
どうしてここだけ手が付けられていないんだろうか?それぞれの土地ごとにみんな柵で囲っているけど、開いた土地は他と比べても圧倒的に広いのがわかる。多分、今の宿の土地よりも広いなここ。
そして南東の扉は北の人が通る用の扉だけだ。馬車が通れるような門はない。まぁここを馬車が通ることもないってことなんだろう。
ぽっかり空いた広い土地の奥側も、石壁からは民家一軒分くらい離れるように柵ができてる。ちなみに大通りの向かい側は土壁だ。
東にある門は東の大通りにあるのは知っていたけど、西、東の南端大通りにも扉があると聞いたので来てみたわけだ。
この扉の先は少し聖域の石畳があった後は、広大な森になっているそうだ、今回の目的はその森だ。
この南端の街は西と東に大きな森がある。西にはレッサースパイダーという蜘蛛が多くいて、その糸からいろいろな布製品を作るので、西側は生産を中心に栄えたそうだ。そして東側に開いた土地はこうして農業地になった。
東の森の魔物は街に近いところは犬、奥は狼がいるそうだ。そんな方向に農業区を?と思うところもあるが、まぁ石壁があるのでいいのかな。でも少し怖いからこうやって土地を開けているんだろうか。
この開いた土地を歩いていけば東門に行けそうだな。誰の土地かもわからないとこに入るのはいけないだろうけど。
さて、土地ばかり見てないで行くか。扉をくぐると、本当に森だ。出てすぐは聖域の石畳があるけれど、それだって広くはない。ちょっと歩けばすぐに森なわけだ。この扉には兵士もいない、ここにいるのは僕だけだ。
さっそく森に入っていく。犬たちは兎と違って地面に埋まってじっとしてるなんてことはない。
それぞれの縄張りを巡回しているらしいので、いつ出会うかわからない。なかなかに緊張感をもっていかなきゃいけない。
なぜここに来たのかというと、兎狩りになれた冒険者はほとんどが蜘蛛狩りに行く。そんなわけで西は人の多い人気スポットなので、目立つ可能性がある。
そのうち行く予定はあるけど、人の少ないところを探すにも、もう少し自分の探知能力を上げるつもりだ。その目的のためにもここに来たんだ。
森にと入ったら、意識を集中する。とりあえずは入ってすぐにこちらに来るような気配は感じない。まぁ気配を探るなんて、兎でやろうとしてただけで、うまくできているのかはわからないけど。
それでもできるだけ気配を探ろうとしながら森を歩く。今回の目的は自分から先に魔物を見つけることだ。先に魔物に見つかってるようじゃ、ドーンのようにはなれないだろう。
もちろん、あのレベルまでになるにはかなり努力する必要はあるだろうけど、ちゃんと索敵できれば、旅もかなり楽になるだろう。
まぁ僕にも六感分析っていうスキルがあるから、育てばきっとしっかり探知できるはずなんだけど。
・・・いる、何かいる。右前方のほう、50歩先くらい?杖をしっかり握って、いると思う場所にと近づいてみる。
見つけた、何か倒れてる?ここの魔物の犬だろうか。グレーの毛並みは大きいシベリアンハスキーのように思える。
動かない、どうやらかなり大きなけがをしているようだ。血は出ていないが、横腹に大きな打撲傷が見える。とりあえず相手を知ることから始めよう。
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≪識別結果
インヴェードウルフ 危:F
群れの長の命令により、森を集団で侵略する狼
単体で見かけた場合は、何かの理由で群れから離れたものだろう≫
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こいつ、狼だったのか。自分たちの縄張り拡張に来てたんだろうな。
そして、おそらくこの負傷が原因で群れから離れたか。もしくは離れるときに負傷したかというところか。
・・・僕は何を考えているんだ、相手は魔物だぞ。今何を考えた、いや、そもそもできるかどうかさえ。
あぁくそっ、なるようになれだ。触れられるほど近づいても、動かない。でも生きているのはわかる。
放っておいたらおそらく、犬の魔物に襲われて死ぬ。
この怪我を治せば、強さ的にも負けることはないんじゃないだろうか。犬は強くても危険度Gと聞いている。治してやりたいだなんて、なんで思ったんだろうか。
いや、なんでかはどうでもいい、思ったなら行動するまでだ。でも僕は癒術なんて覚えてないし、癒せる術法も教わってない。ただ、愛でる手、これには癒しの力が発現する可能性がある。
手というくらいだから、直接触れればいいのだろうか。打撲傷に軽く触れると、狼の体が少し動く。だけれどそれ以上は動かない、それだけ消耗しているということだろう。
どうすれば治るのかわからない、でもとりあえずゆっくりと撫でる。治れ、治れとゆっくりと撫でていると、自分の撫でる手がうっすらと淡く緑に光る。
そうだ、技を言葉にするといいんだっけ。癒すのはヒールとかでいいのだろうか。いや、これなら癒しの手というべきだろう。
「ヒーリングハンド。」
緑の光が少し強くなったように感じる。ゆっくりとだがひどかった打撲傷が薄れていく。ただ、結構きつい、多分魔素が流れていく感覚なんだろう。
どのくらいそうしていただろうか。森の中に差し込む日の光が一番強い時間は過ぎてる。
ようやく狼の傷が消えたけど、僕の体内魔素もかなり減ったと思う。ファイアボールあと2,3発というところだろうか。
どれだけこの狼は消耗していたんだか。まだ寝ているが、目を開いて首をこちらに向けている。
一応背のほうから撫でていたから、ちょっと振り向くのもつらそうか?うーん、これ以上踏み込んでいいのか?まぁいいか、ここまでやったんだ。
アイテムポーチから豚肉をそのまま出して、ちょいと投げる。振り向いてた顔は、その肉を追って元の向きに戻る。
ちょうどそのあたりに投げたから、食えるだろう。さすがに腹も満たせばある程度動けるだろう。ここまでだな。
「じゃ、元気でやれよ。」
ひとり身となったこいつがどうなるのかは知らないが、今は去ろう。テイムする気は不思議と起きなかった。せめて周囲に犬公がいたら倒してはおいてやるか。
周囲を探しても近場には犬はいなかった。おそらくだがあいつのいた群れで狩りつくしたんだと思う。じっくり探していたんだけれど、その成果はなかったな。
仕方ない、差し込む日の光がかなり弱くなってきた。空間術の練習もしたいので、いったん帰るか。
帰るときに狼を見つけた場所の近くを通ってみたが、そこにはすでに姿はなかった。
翌日、再びの東の森。東の森は狼皮を狙う人が入ることもあるけど、そういう人は東門から出て一気に奥を目指す。
だから、僕みたいに南東の扉から東の森に入る人はいないといっていいと、ギルド長に教わっておいてよかった。
南の大通り沿いを歩いても、畑仕事をしてる人を時折見る程度で、その人たちも自分の仕事を忙しそうにしてるので、歩いてる僕に目を向ける人なんていなかった。うん、昨日とおんなじ感じだったということだ。
森に入って少し深く入ると、何かこっちに近づいてくる気配がする。敵意、感じたのはまさにその感覚だった。
杖をぎゅっと握る、犬の速さを僕がよけれるのかはわからない。飛びつかれたときに術法じゃ遅いんだ。左側か!
振り向くと真っ黒なドーベルマンを二回り小さくしたような犬が、こちらに向かってうなり声をあげながら近づいてきていた。
赤黒い目はこちらを捕らえ、ゆっくりとこちらに近づこうとしている。まだ飛びつくには遠い位置だからこそ、うなりを上げ始めたのだろう。じりじり近寄ってはいるが、まだ距離はある。
しっかりと相手を見よう。
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≪識別結果
グリーディードッグ 危:G
個として生き、縄張りの獲物を貪欲に狙う犬≫
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なるほど、聞いてたHランクの犬じゃないな。Hランクの兎しか相手にしたことないが、やれるだけやってみよう。射程範囲に入ったな。
「ファイアメモリー。」
ごぅっと一瞬で犬が燃え上がる。しかし犬は冷静にも地面を転がって火を消す。
なるほど、やっぱただの雑魚じゃないか。すぐに杖を左手に向けて火の力を球状にためる。出来上がったファイアボールを打ち出す!ほのかにかすったが、よけられた。
そして体勢を崩さずにこちらに突っ込んできた!でも焦らずに、飛びついてくるまでしっかり引き寄せてから杖で殴る!
「ギャイン!」
「ぐっ!」
横顔を殴打して方向をずらしたけど、後ろ蹴りを食らってしまった。あんなに力をそらしたはずなのに、かなり痛い。兎の突進とは比べ物にならない。追撃を許したらまずい。
「ファイアメモリー!」
再び燃やすけれど、すぐに転がって火を消される。承知の上だ、その隙に再びファイアボールを放っている!
「ギャィ、グゥ!」
今度は直撃した!吹っ飛んで燃え続ける。地面を転がっても、この炎はそう簡単に消えないようだ。好機、すぐにもう一発、最大火力!
「ファイアボール!」
ドンッと燃える音とともに、犬が焼失した。ちっ、素材はなしか、まぁ燃やしすぎた、しょうがないな。
「はぁ、おもったより疲れるな。」
僕が大変だというのに、レイトはいつも通り頭の上でぐうたらと。手伝ってもらいすぎても、僕の為にならないからいいんだけど。
「グルルルル・・・」
「おいおい、嘘だろ?ちょっと休憩させてくれよ。」
さっきとは違う、クリーム色の毛並みのビーグルほどの犬が詰め寄ってきた。
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≪識別結果
レッサードッグ 危:H
他の縄張りに入らないよう、群れ単位で行動する犬
上位種の個体の縄張りのおこぼれを狙う≫
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なるほど、僕はおこぼれってわけ。そして視認したのは1だと思ったらすぐに後ろからもう3匹。右側からさらに2匹、計6匹か。とりあえず全部視界には入っている!
「ファイアメモリー!」
「グルゥッ!!」
目の前の4匹はすぐに地面にうまく転がって火を消したが、右の二匹は燃えたまま身じろぎしている。どうやらこの4匹はさっきの戦いを見ていて覚えたな。こいつは、まずいかもしれない。
ファイアボールは単体相手にはいいが、僕の隙もできる。ファイアメモリーで地道に削ってもいいが、いかんせん魔素が足りるかわからない。でもやるしかないか。
「ファイアメモリー!」
4匹を再び燃やす、だけど燃えたうちの二匹が器用に前転、そのまま火だるま状態で僕に突っ込んできた!
「なにっ!?」
一匹をかろうじて杖でねじ伏せたが、もう一匹に腕を噛まれる。
「がぁぁ、いてぇ!」
体勢を崩すように犬ごと体を地面に押し付ける。杖で殴った一匹と、今つぶした一匹からはもう息を感じない。でも崩れた体勢の僕には2匹の犬が飛びつこうとしていた。
「ガゥ!」
その直前、後ろからすごい勢いで気配が近寄ってきていた。そして、目の前の犬は、その気配によって二匹とも吹っ飛んでいた。
「お前、あの時の奴か?」
「グゥ。」
灰色の狼が僕の目の前に立っていた。おそらく治療したあいつだろう。嬉しいことしてくれるじゃないか。
「キュ。」
「あ、なんだ?」
いつの間にか僕の上からレイトが下りていた。バチバチッとすごい音が吹っ飛んでいった犬のほうから聞こえた。ちょっとふらつきつつ立ち上がり、音の場所を見てみる。
絶命した二匹のレッサードッグは、赤黒い目から真っ黒に焦げた目に変わっていて、どんな衝撃で死んだのかを物語る。
「レイト、今頃こんなことするのかよ・・・」
「キュ。」
「グ、グゥ・・・」
レイトがにらんだのは僕を助けた狼だ。うーん、上下関係の見せつけ?そんな風に感じた。そして狼が僕のほうに向いて、その場でお座りをした。
「ガウ!」
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≪対象をテイムしました
対象:インヴェードウルフ
名前を付けてください≫
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あぁ、テイムの技も使ってないんだが、まぁいいか・・・名前ね、もう何でもいいかな?
「ベードでいいか?」
「グゥ。」
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≪個体名が確定しました
ベード・アルイン
種:インヴェードウルフ≫
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よし、名前はついたな。さて、こいつはレイトみたいな強力な認識阻害は、まぁ持ってるはずがないよな。どうするか・・・
「悪いが、そのまま街の中に入るのは、多分危険なんだ。とりあえず今日何とかできないか相談に行ってくる。待機できるか?」
「ガゥ!」
うなずいてくれてる、どうやら待機してくれるようだ。まずは南東扉に移動だな。
扉前まで敵襲なしで付けたのは幸いだったか。ベードも聖域の石畳に乗ってるけど、どうやら思っている以上に平気そうだな。詳しく見てみたいが、そういうのは後だ。まずはこいつを置いて、ギルドに行かなきゃいけない。
「この扉の近くで待てるか?もし人が来たら、攻撃はせずに隠れてくれ。
この石畳の上が嫌なら、森で待っててくれてもいいぞ。僕が来たら見える位置にはいてくれよ。後、助けてくれてありがとうな。」
そういえばお礼を言ってなかった。一応豚肉を一つ出して渡してやると、喜んで食べてくれた、お礼になってるといいんだが。
「んじゃ、僕はベードを街中に入れられるように掛け合ってくる。今日中には来れないかもしれないから、明日に会おう」
「ウォン!」
食べるのを中断して返事してくれたようなので、大丈夫だろう。さて、ギルド長に相談しないといけないなぁ・・・
狼の名前は変更するかも・・・




