閑話 冒険教官と商業教官
Side.クエルム・オーノマー
この時間帯になれば納品報告も少なくなって、後は面倒な書類整理だけとなります。
疲れますが大切な仕事で、誰かがやらなくてはいけないことです。
ドーンさんがいると早いんですが、今日は朝から出かけてるんですよね。
「おう、もどったぞ、といってもどうせすぐ出るだろうけどな。」
「お疲れ様です、どちらに行ってたんですか?」
噂をしたら帰ってきたんですが、どうも顔色が優れないようです、何があったんでしょうか。
「あぁ、ちょっとな。」
こんな風にはぐらかすということは、ちょっと恥ずかしいことということですね。
つまりは、お気に入りの新人のとこですね。自分に範囲術の教え方まで聞きに来てるので、あの食事に誘った彼に期待を寄せてるのはバレバレですよ。
「せっかく自分が範囲術のこと教えてあげたのに、隠しちゃうんですか?」
「うっ、お前な・・・・まぁお前なら口は堅いか。そうだな、少し相談に乗ってもらおう。」
「えっ。」
ちょっとちゃかしたつもりが、面倒ごとに巻き込まれそうです。
でも、他の職員もいないのに、防音の魔道具まで用意されたら、そりゃ聞くしかないです、先輩の話ですから。
「お前、サチュレイトフォーチュンラビットって、見たことあるか?」
「見たことがあったらおそらく自分はここにいませんよ。」
その兎を見ただけでとてつもない幸運を持つという兎。確か金鉱山の話が有名だったはずです。
「伝説通りならそうだろうな、正直にいう。俺はそいつのせいでこの後どうなるかわからない。」
「え、どういうことですか?」
「つまり見たんだよ、サチュレイトフォーチュンラビットを。」
サチュレイトフォーチュンラビットを先輩が見た?
「そ、それ、すごくまずいじゃないですか!すぐにギルド長、街長に報告しないと・・・」
「わかってる!でも、問題はそれに納まってねぇんだよ。」
「え、というと?」
脅威度Bに認定された魔物が、この周囲の脅威度Hばかりの街付近で見つけられたなんて、それだけで一大事だというのに、それ以上の問題?
「お前、脅威度Bと戦った経験は?」
「あるわけないじゃないですか、自分はこの街以外行ったことないんですよ。私が相手にしたのはFの狼だけです。」
北にまっすぐ進んだ林の狼が多くなり、草原まで被害が広がり始めたころに、そのリーダーとパーティーで戦った記憶を思い出す。
「あいつか、じゃあ無理だろうなぁ。それじゃあもう一つ、この街の戦力でBに勝てると思うか?」
「どうでしょう、街の中ならおそらく弱るので行けるでしょうが、もし外で戦うとなれば、かなり難しいと思います。しかも相手が相手ですからね・・・」
正直、伝承でしか知らない相手と戦うのは自分には無理だ。相手の情報を知らずに戦うのはそれだけ危険が伴う。
この街にサチュレイトフォーチュンラビットの、情報を知る人がいればいいんですけれど。
「ま、そういうこった、慌てても仕方ないのさ。そして、サチュレイトフォーチュンラビットは、今は街の聖域内にいるからな。危険と判断したら何とか対処できるだろう。」
「っ!?」
危険と判断したら!?危険に決まっているじゃないですか、街中に魔物がいるなんて。
しかも脅威度Bという存在、すぐにでも討伐したほうが、いえ、先輩の判断を間違っているといいたいわけではないんですが。
「大丈夫だ、まぁなるようにしかならねぇよ。ところで、こんな辺境に王都から従魔証ってもらえると思うか?」
「従魔証ですか?王都の冒険者ギルドでしか作られてないですよね。なんでそんなものを・・・まさか!」
脅威度Bが街の中にいる理由としては、従魔となったならばなるほどとはなる。
そして先輩が疲れた表情ながらも、不安を感じさせないのも。
「察しがよくて助かる、で行けそうか?」
「どう、なんでしょう、そもそも従魔証を他の街に卸したことがあるかさえ、不明ですからね。」
「だよなぁ、はぁ・・・あの偏屈に頼むしかないか、街長よりは話がとおる。」
あぁ、こんな話だなんて想像もしませんでしたよ。
でも、聞けて良かったです。先輩の重しが少し軽くなったようですから。
「まぁ聞いてくれて助かった。正直、直接話に行くより気が楽になった。しょうがないからとっておきを一つやるよ。」
「えっ、なんです?兎料理?ドーンさんが自分に料理をくれるなんて珍しいこともあるもんです、話を聞いてよかった。」
先輩がポーチから出したのは一枚の皿に乗った。兎の肉が薬草をまぶして焼かれた料理。
兎の看板の料理店の商品でしょうけど、見たことない鑑定結果ですね、新商品でしょうか。
まぁせっかくいただいたので、出していただいたお箸を持って一口。
「っ!美味しいですね!あの店の新商品ですか?これはいいですね、このノビル?の食感のアクセントもいい。」
「あぁ、やっぱあの店の料理だと思ったか。うまいよなこれ、ところでこれが調味料なしで、野外で取ったものだけで作ったと言ったら、お前どう思う?」
「え?何を言ってるんですか。どんなふうにしたって、野外でここまでのもの作るなら、ちゃんと調味料をそろえてるでしょう?」
鑑定結果で調味料まではさすがにわからないですからね。こうして目に見えるほど使っていれば見れますが。
「やっぱそう思うよな、自然の味だけでここまでやられたら、あの店はもうつぶれるかもしれねぇよな。
はぁ、もう二皿食べたかったんだが、これも偏屈行だなぁ・・・」
「えっと、つまり、ギルド長を通したほうがいいほど、この料理は問題になるかもしれない、と?」
「いっただろ、野外で取れたものだけって。しかも南兎平原で取れたものだけだ。もちろん西の野菜は使ってないぞ。」
嘘、ではなさそうですね。そんな嘘をつく必要がありません。
もちろん、これ以上においしい料理はありますが、これがそれだけの素材で作られた料理ならば、それは間違いなく議題にするべきことでしょう。
おそらくギルド長ならばそこまで見抜けるということを、先輩も自分もわかっています。
この街にいる中で、もっとも【観る】ことに長けていますから。
Side.キャロライン・クリスチーヌ
私がここに呼ばれたのは3度目です。
普通、私のような商業者ギルドの教官が、冒険者ギルド長に呼ばれるというのは珍しいことなのですが、冒険者ギルド長が以前、私の料理を偶然口にしたらしく、料理に対する意見を聞きたいと、2度も呼び出しを受けてしまいました。
そして、本日3度目となります。冒険者ギルドの3階に事務室や情報室がまとまっており、ギルド長室も3階の一角にあるのは、この街の特徴ともいえます。失礼のないよう部屋のドアを3回ノックをしておきましょう。
「失礼します。」
「入れ。」
低いギルド長の声を聞いてから、室内にと入ると、ギルド長らしい大きな机には、山盛りの報告書、始末書などの書類が両端に積まれ、白い髪、白い髭の特徴的なギルド長の前には、コーヒーと兎料理が一つ置かれてています。
そして、ギルド長室にもう一人、スキンヘッドの方がいらっしゃいますが、彼は確か冒険教官の一人だったはずです。
「すまないな、また呼んでしまって、今回はこの料理を食べて、率直な感想がほしい。」
「あの、3度目なのですが、一応聞かせていただきます。
私の感想は本当に必要なのでしょうか?その、ギルド長には【分析眼】があるので、私の感想よりも、ご自身で見て、食べてでも、良いと思うのですが。」
1度目、2度目は雰囲気に押され、そこまで踏み込んで聞けずにいたのですが、今回は他の方がいたので聞いてしまいました。
「それはもっともな意見であろう。だが、儂はこの眼だけに頼らず、多数の意見を聞くことが必要だと思っている。
そなたの料理に対する感想は、非常に有意義なものになる。商業者ギルドに無理を言って、呼ぶかいのあるものだとな。」
「そこまで申されるのであれば、今回もいただかせていただきます。
ただ、できれば当日の呼び出しでなく、事前に申してください。」
「はっ、言われてるぞ!」
「なんじゃ!そなたのせいだろ!わかっておる、事前に伝えたいとは思っておるのだが、今回は幾分、急なことだったのだ。今後は事前に伝えられるよう努力する。」
ギルド長に対しての態度として、あの方の態度はよいのでしょうか?
しかし、私にも仕事があるので、こういうことはいえるときに言わなければなりません。
あの方のおかげでおそらく雰囲気が柔らかいので、今回はよかったと思っておきましょう。
「ありがとう存じます、ではいただかせていただきますね。」
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≪識別結果
突撃兎の挟み香草焼き 質:3D
アタックラビットの肉にレモングラスとノビルの葉をまぶし
薫りよく焼き上げられた一品
添えられたノビルの根が食感と風味にアクセントをもたらす≫
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兎料理はどうやら香草焼きのようですね。
レモングラスとノビルというのは、初めて見る素材ですが、新しい輸入品でしょうか?
一口大に箸で切り分けて、口に運んでみる。
「広がる青青しくもすがすがしい風味。兎肉独特の臭みなどを感じさせないどころか、兎肉の良さを存分に引き立てています。
このノビルの根も食感としてのアクセントだけでなく、味のほのかな変化も楽しめます。素晴らしい逸品ですね。」
純粋においしいですが、しっかりと食べきり、こうして感想を述べて伝えるのが、今回の私の仕事です。
それにしてもこの感じ、最近どこかで同じようなものを食べたような、おかしいですね、初めて食べる味なのですが。
「そうだな、素晴らしい逸品だ。さて、これに何が使われているのか君は見れたか?」
「はい、突撃兎、ノビル、レモングラスですね。ノビルとレモングラスは初めて見る素材です。」
「そうだな、そしてその料理、その3種の素材しか使われていない。」
「3種しか、使われていない?」
それでこれだけの味を作り出したというのですか。いったいどこの料理人の方がこの料理を作ったのでしょうか。
いえ、似たような感覚を覚えたことがあります。彼はどこかの料理人だったのかと思ったことが・・・
「リュクス・アルインさん・・・」
「ん?」
「おまっ!なんで・・・おっと。」
私が名前を出した瞬間、スキンヘッドの方がすごい動揺し、それに合わせてギルド長がにらんでいるようです。
冒険者ギルドのことは詳しくわからないですが、スキンヘッドの方が隠し事をしているのはすぐにわかってしまいました。
「はぁ・・・そうだよ、リュクスの料理だ。なんでお前わかったんだ?」
「すいません、彼の料理を審査の後にいただいたのです。
それほど珍しい素材を使ったわけではないのですが、初めてとは思えない手際で作られ、その質は4Dでした。
どこかで料理を習い続けていた方で、商業者ギルドは初めてという方なら、そういう可能性もあるとその時は思ったのです。」
私はあれが初めての体験でしたが、他の街の商業者ギルドでは、既に金銭の発生しない場所で料理を経験し、かなりの腕をもってギルドに入るかたもいると聞いたことがあったので、そちらに該当する方なのだとあの時考えていたんです。
「思わぬところから引き出せたわい、やはり眼だけに頼らず、色々な意見を聞くのはよいものだ。」
「ちっ、よくいう。」
「おっと、儂らの話にこれ以上つき合わせるのは悪いな。大変貴重な時間だった、協力感謝する。」
「はい、では失礼いたします。」
頭を下げて、ギルド長室からは私は退出させていただきます。どうやら私が出した名前により、話し合いが再開するようですね。
リュクス・アルインさんですか、商業者ギルドでも少し、目を付けておいたほうが良いかもしれませんね。




