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extra 11

後日談最後のお話しです。

長いです。

よろしくお願いします。

 

 目覚まし時計の音が聞こえて仕方なく私は目を開ける。そしてすぐさま腕を伸ばしてそれの頭を叩きスヌーズにしてやった。

 このまま後五分だけ寝かせておいて欲しいと言いたいところだけれど、それはもう既に二回していたので私は諦めて起きることにした。


 時刻は午前7時。私はのそのそと起き上がり、部屋の寒さに震えながら時計の目覚まし時刻をセットし直した。

 タイマーをセットしていたオイルヒーターがじんわりと部屋を暖めてはいても、いまだに私を誘惑している羽毛布団の暖かさに比べれば寒いものは寒いのだ。冬だから。

 季節が移ろうのはなんとも早いものだ。年齢を重ねるごとにそう思うようになったわねと、朝から少し歳を取ったと感じてしまった。


 いやいや私は大人になっただけなのよと思い直して、私は布団の中からフリースを引っ張り出した。寒い朝のために毎晩寝る時に布団に突っ込んでおくのだ。そうしておけば寝起きに冷たいフリースを着ないで済むのだから、それを思いついた私は自分でもなんて天才なのだろうと思っている。

 フリースに袖を通しながらそんな事を少しだけ考えて、布団に潜ってまだ眠っている響子さんの頭があるであろう辺りをぽんぽんと優しく叩く。そのまま少し感慨に浸ってから私は寝室を後にする。



「寒っ」


 テレビをつけてエアコンを入れ、お手洗いに行ってお花を摘んでから、キッチンに立って電気ケトルのスイッチを入れる。お湯が沸くのを待ちながら口をよく濯ぎ、冷蔵庫から水と野菜ジュースを取り出して、水、野菜ジュースの順にゴクゴクと飲んだ。


「うぅ、冷たっ。寒っ」


 身体が冷えてしまうけれど、これが私のいつもの朝なのだから仕方ない。身体にいいのかは分からないけれど、きっと悪くもないのだろうと私は思っている。

 それから私としては身体に悪いだろうなと思っているタバコに火をつけて、コーヒーを淹れる用意をした。



「あったかい」


 淹れたてのコーヒーの入ったマグを両手で持って飲む。香りと温かさにほっとしながら、ハムと昨晩用意しておいたレタスと茹でておいた卵の半分をトーストに置いてマヨをかけ、それをそのまま挟んでもぐもぐと食べているうちに、なんとなく部屋が暖かくなってきた気がした。


「ご馳走さまでした」


 私はそう小さく声に出してお手入れをするために洗面所に向かった。



 洗面所で朝のお手入れをして戻ってくるとリビングはかなり暖かくなっていた。


「おはよう麻衣子」


「おはようきょうちゃん」


 キッチンから聞こえてくる響子さんの声に答えながら私は響子さんの傍に寄っていく。私が抱き締めるために両腕を広げて近寄ると、響子さんは飲んでいたコーヒーを置き、嬉しそうに私に包まれてくれた。


「今日も寒いね」


「本当ね」


 少しの間お互いの温もりを堪能して私たちは身体を離す。私が響子さんの頬にキスをすると響子さんは微笑んでくれて、私の頬を撫でてくれる。

 それから私は寝室へ着替えに、響子さんは朝のお手入れをしに洗面所に向かう。

 響子さんは基本、起きてすぐはコーヒーだけでご飯を食べない。痩せちゃうよと私が言うと痩せたいのよと軽く睨みながら言われたことがあったので、それからは何も言わずに黙っていることにしている。



 私が着替え終わる頃に響子さんが寝室に入ってくる。響子さんはこれから着替えるのだけれど、その前に私を抱き締めてくれて、それから私たちはようやくおはようのキスをする。

 優しく唇に触れてから少しだけ入って見つけたモノと優しく絡め合ってから離れ、最後にまたそっと唇を触れ合った。


「おはよう麻衣子」


「おはようきょうちゃん」


 私たちは抱き合ったまま顔を見合わせて微笑み合う。



 そのおはようの挨拶の後、私は再びキッチンに向かいタバコ片手にコーヒーを飲み、それから再び洗面所に行って最期の仕上げをすれば準備完了。っと、その前にお手洗いに行っておくのも忘れない。



 また私と入れ替わるように響子さんが洗面所にやって来る。私はリビングに戻り、テレビの前でコートに身を包みマフラーを巻きながら天気予報と今日の占いをチェックをする。それが終わる頃には、だいたい出かける時間になっている。


 私がバッグを持ってリビングを出ようとするとまたまた入れ替わるように響子さんが戻って来る。


「じゃあきょうちゃん、先に出るね」


「うん。気をつけてね麻衣子」


「きょうちゃんもね」


「わかってる。あ。私、今日は遅くなると思うから」


「わかった。じゃあ晩ご飯は軽めのものにするからね」


「そうね。そうしてくれる?ありがとうね麻衣子」


「いいの。じゃあまた後でね」


「ええ、また後で」


 そんな会話をして、私たちは口を尖らせてリップグロスの効果でぷるんぷるんになっているお互いの唇をちょんと触れ合った。

 私はじゃあねと小さく手を振って玄関に向かう。だからこの後響子さんが何をしているのかは分からないけれど、する事はたぶん私とあまり変わらないと思う。


 よいしょと声に出しながらブーツを履いて、最後に鏡で全身をチェックをする。その隙のない出来映えに満足すると私は扉に手を掛けて、では行ってきますと外へ出る。


「うわ、寒っ」


 思わず漏れた言葉とともにもわもわと白い息を吐きながら、私は扉に鍵をかけてエレベーターに向かってすたすたと歩いていく。


 これが私と響子さんが一緒に暮らすようになってからの、私たちのいつもの朝なのだ。







 11月半ばの週末に私は響子さんの部屋に引っ越した。転入届や会社の手続きはもう既に済ませている。


 パートナーシップ制度については今は保留にしている。調べていくと拍子抜けというか、空かされたというか、私たちの望むものとは明らかに違っていた。

 法的には認められない。法律上の婚姻とは異なる。男女の婚姻と同じ権利を認める云々。

 導入されてそれ程時間の経っていない制度だから、まだまだ途上の段階のように思えることを差し引いても、現段階の内容で証明書を貰うために不特定の人達に私たちはレズビアンですとカミングアウトをするのはどうにも気が乗らない。私は親にすらカミングアウトしていないのだ。

 カップルそれぞれで見解は異なるとは思うけれど、私たちの場合、今の時点ではメリットよりもデメリットの方が大きい気がしてしまう。もしもこの制度で響子さんと法律上の婚姻をすることが出来るなら、私は喜んで申請しますけれど。

 まぁ、一地方自治体の条例だから、そんなことはあり得ないのだけれど。


 とは言え不満ばかり言っていても仕方ないので、今はまだ焦ることもないわねということになっている。

 私たちの生活は始まったばかり。制度の内容も変わっていくかも知れない。いずれは申請することになるかも知れないけれど、自分たちに合わないのであればそう焦って飛びつくこともないのだ。

 ただ、私たちはこの制度が、同性婚が認められるという私たちの望みに繋がって行けばいいなとは思っている。そのための布石がこの制度なのだと今はそう信じていたい。



 とにかく私たちが一緒に暮らすことについて話し合っていた最初の課題は、後は私の両親へのカミングアウトとお互いの両親との顔合わせを残こすだけになっている。だけと言っても私にとってはそのカミングアウトこそが一番の問題なのだけれど。

 ふたりで暮らし始めてとても幸せなことは確かではあるけれど、たまにそのことが私に影を落とすのもまた確かなことで、とうの昔にカミングアウトを済ませている響子さんが余裕な顔をしているのを見ると、羨ましくもありちょっとだけズルいなと自分勝手なことを考えてしまって、もやもやした気分になることもある。

 けれど、そんな時でも響子さんは変わらず私を優しく甘やかしてくれるので、それがまた私を幸せな気持ちにしてくれたりするのだから、やはり私は今とても幸せなのだと確信を持って言えるということなるのだ。うへへ。



 そんな訳で、私はそろそろ自分の課題をなんとかするべく、一緒に暮らし始めてから一月ほど経った十二月の半ばの週末、響子さんが傍で見守ってくれているなか、ローテーブルに置いたスマホを前にしてかなり緊張していた。


「よっし。いくぞっ、おー」


 どうせなら景気よくと思って掛け声をかけたけれど、響子さんは私と一緒に手を上げておーと言ってくれなかった。ひとりで右手を高々と突き上げたままの私を見て響子さんが笑っているのだ。


「ふふふ。なにそれ?もう住み慣れちゃったの?」


「そうよ。だってこの部屋はフローラルな香りがって、きょうちゃん。私は緊張をほぐしているのよっ。もう、わかるでしょ」


「大丈夫。なるようにしかならないんだから。それに、どうなったって私がずっと麻衣子の傍にいるんだからね」


「そうよね。うん、ありがときょうちゃん」


 私は膨らました頬を緩めて、響子さんの有り難い言葉を胸にスマホを手に取った。少し震える指先で実家と表示されている画面をタップしてスマホを耳に当てる。コールされる音を聞きながら、留守なら留守でも全然いいのよと、私はへたれなことを思っていた。



 私の両親に響子さんを紹介する前に、私は私のこと、私がレズビアンであることを両親に伝えておくことにした。いきなりふたり一緒に訪ねるのではなく、ワンクッション入れた方がいいような気がしたからだ。ただし電話で。

 こうして電話で伝えようとしているのは勿論私がへたれなせいだから。

 私は面と向かって伝えた瞬間の両親の顔を見たくなかったのだ。受け入れられてもられなくても、きっと親の顔に浮かぶのは驚きや失望、悲しみや困惑の表情のその一部かもしくは全部。もしかすると怒りの表情さえ浮かんでしまうかも知れない。

 そう思ったら、驚くことは当然のことだとは思うけれど、とにかく私はそんな両親の顔を見るのが凄く怖くて仕方なかったのだ。

 それを響子さんに伝えると、響子さんは麻衣子の好きにすればいいのよと、優しい声でそう言ってくれた。そして、ただし逃げては駄目よと諭すようにも言ってくれた。私はその言葉に頷いた。伝えると決めたのだから、私はそのこと自体からは絶対に逃げたりはしない。



「もしもし」


「あ、母さん。私、麻衣子だけど」


「あら、珍しいね。麻衣子から連絡してくるなんて。どうしたの?」


「うん。えっと、その、実はね」


 私は余程テンパっていたのだろう。その会話の後、直ぐに私のことを伝えてしまった。


 私がレズビアンであること、そのことを黙っていてごめんなさい、と。それから今恋人がいて、その恋人の響子さんと一緒に暮らし始めたこと。その恋人の響子さんが私をずっと支えていてくれたこと。その恋人の響子さんと将来を誓い合ったこと。その恋人の響子さんを連れて、父さんと母さんに会いに行こうと思っていること。


 母は黙って私の話を聞いていたけれど、私が全てを話した後も、そうなんだと困惑気味に言ったきり何も話してはくれなかった。

 だから私はおやすみと言ってそのまま電話を切った。その長い沈黙が母の答えなのだと感じて、それが私を苛んでいるような気がして仕方なかったのだ。


 電話を切った後、スマホを握ったまま俯く私を響子さんがそっと包むように抱いてくれた。

 麻衣子、よく頑張ったねとそう囁いてくれた。私は響子さんの優しさに泣きそうになってしまったけれどそれを堪えることにした。

 こうなることは想定内なのだから、この程度で泣いていては駄目なのだ。これはきっとカミングアウトをした者達ならば誰でも通る道なのだから。響子さんだってきっとそうだったのだ。

 そう自分に言い聞かせて、私が親に伝えると決めた時に響子さんが言ってくれたことを思い返すことにした。



 私たちはこの社会で普通と定義されている人達とは違う。そんなことは今更の話だけど、私たちはそのことをちゃんと受け入れて生きているでしょ。ちゃんと受け入れるということは、子供として、娘として親とどう向き合うのかということも含まれているんだから、いつまでもどうか解って欲しいと願っているだけではいられないの。伝える伝えないのどちらを選ぶにしても、しっかりと向き合わないといけないの。たとえ自らの選択がどんなに望まない結果を招いたとしても、泣いてばかりいてはいけないし、嘆いてばかりでもいけないの。私たちは、私たちが私たちであるが故に、他のそうでない人達よりも強くならなくてはいけない場合もあるんだからね。

 ねぇ麻衣子、麻衣子もそう思わない?



 今の私もそう思う。だから私は大丈夫。私が響子さんにそう言うと、さすがは私の麻衣子だわと嬉しそうに笑ってくれた。


「それに、母さんはただ驚いて固まっただけなのかも知れないし」


「そうね。そうかも知れないわね」


「そうだといいな」


「きっとそうだといいわね」


 響子さんはそう言って私を強く抱き締めてくれた。やはり私はこの女性(ひと)に守られて、支えられているのだとそう思った私は、その包まれる心地よさに言いようのないほどの安らぎを感じていた。


「ありがときょうちゃん」


「ふふふ。いいのよ」



 その日の夜、日付の変わる頃、響子さんは一足先にベッドに入っていて私はキッチンでタバコを吸っていた。

 先程の母とのやり取りで、と言っても母は無言だったけれど、私はそれが気になって落ち着かない気分なってしまった。気持ちを強く持とうとしても、ふと囚われてしまう時もある。

 それなら一服すれば気分も落ち着くかなと思ったのだけれど、まぁ結局のところ、煙を燻らしていても考え込んで落ち込んでしまうだけで特に望んだ効果は得られなかった。


 じゃあ、やはり響子さんに優しく包んで貰って、甘やかして貰おう。私はそう思ってタバコを消して響子さんの待つベッドに入ることにした。


 洗面所で軽く歯を磨いてからリビングに戻り、エアコンを止めて明かりを消して寝室に向かおうとした時、手に持っていたスマホが鳴り出してメッセージを立て続けに受信したことを教えてくれた。誰かと思って画面を確認すると、それは母親からだった。

 暗いリビングをぼんやり照らす画面の表示をちらっと見るとやけに長文であることだけは分かった。

 知りたくないなと私がその表示から目を逸らしているうちに画面は消えて、リビングもまた暗くなった。


 私はその内容を見なくて済んだことに自ずと安堵の息を漏らしていたけれど、その場にぽつんと立ったまま少しの間考えたあと、ソファまで戻って腰を下ろし、怖いなと思いながらもそれを開くことにした。



麻衣子へ

電話では何も話せなくなってしまってごめんなさい。あなたがあまりに突然そんな大事なことを言い出すものだから少し驚いてしまったのよ。言い訳にしか思えないかも知れないけど本当にただ驚いただけなの。信じてちょうだいね。実は私とお父さんはあなたのことをもしかしたらそうなのかもねなんて冗談めかして話していたこともあったのよ。


今の今まであなたには一度も彼氏が出来たことも無かったし、男の子の話も恋の話すらもしなかったものね。私達が恋人や結婚の話をするとあなたはとても不機嫌になっていたし。由香里なんてたぶん姉さんはそっちの人のような気がするなんて言っていたこともあったのよ。きっとあなたの話を聞いたらほら言った通りでしょなんて自慢するかもしれないわね。


あなたにわかっていて欲しいのは、あなたがそうだからと言って私達があなたを遠ざけたり嫌ったり失望したりすることはないということなの。あなたは昔もこれからもずっと私達の大切な娘だからそんなことは絶対にないの。あなたは私達の大切な可愛い娘なの。本当にそう思っているのよ。


あなたが悩んでいることに長い間気付けなくてごめんなさい。何の力にもなれずにいてごめんなさい。早くいい人を見つけて結婚しろなんて言ってばかりいてごめんなさい。私達がそう言うたびにあなたがどんな思いをしていたかと思うと悔やんでも悔やみきれません。あなたが今までどんな思いでそのことを隠して生きてきたかと思うと胸が苦しくてたまらなくなります。不安でどうしていいかも分からずに一人で孤独だったあなたを思うと胸が張り裂けそうになります。私達に伝えるためにどれだけ悩んで苦しんだかと思うとても悲しくて()(たま)れなくなります。さっきの電話で苦しそうに辛そうに言いにくそうに話すあなたの声を思い出すと涙が止まらなくなります。


優しいあなたはきっと私達に申し訳ないと感じてしまっているでしょう。でもそんなことはまったく必要無いのです。私達のほうこそそんな思いをさせてしまってごめんなさい。あなたひとりに立ち向かわせてしまってごめんなさい。親として本当に申し訳なく思います。駄目な親で本当にごめんなさい。どうか駄目な私達に失望しないでいてください。お願いします。


あなたを支えてくれているという響子さんという女性にも会いたいと思っています。訪ねて来てくれるということなので待っています。

お父さんのことは心配いりません。いま私と一緒にあなたを想って泣いています。あなたに会いたいです。

母より



 私は文字数が多くて吹き出しが六つに別れていた母からのメッセージを読んだ。その途中からぼろぼろと涙を零し、滲む瞳でなんとかそれを読み終わるとスマホを胸に抱いてソファの上で丸まって声を上げて泣いてしまった。


 私がどのくらい泣いていたのかは分からないけれど、おそらく眠っていた筈の響子さんが私の泣き声に気づいてくれて、ばたばたとベッドを出てソファの上で丸まって泣いている私を見つけてくれた。

 響子さんは私の姿を見て、一度寝室に戻ってベッドの布団を持って来た。響子さんは私にそれをそっと掛けて、自分も一緒に包まってくれた。それから響子さんは、冷えてしまった私を抱き締めてくれて、私が泣き止むまでずっと、静かに私を優しくぽんぽんとしてくれていた。



 響子さんは今はもう落ち着いた私にぴたりと寄り添って私をよしよしとしてくれている。私は響子さんとくっついて布団に包まりながら、その温かさと優しさを噛みしめている。


「ありがときょうちゃん」


「麻衣子。何があったの?」


「これ」


 心配して私を覗き込んでいる響子さんに、私は大丈夫よと微笑んでスマホのアプリを開いて母からのメッセージを見せた。


「いいの?」


「うん。きょうちゃんに読んでほしい」


 響子さんは私の手からスマホを取って読み始める。私は響子さんに抱きついていて、付けてしまった鼻水のことは後でちゃんと謝ろうなんてことを考えている。

 そして少しの沈黙の後、響子さんがスマホを私に渡しながら本当にいい親御さんねと言ってくれた。


「よかったね麻衣子」


「うんっ」


 私が元気いっぱい嬉しそうに答えると、誰しもを癒してしまうようなとても慈しみの溢れる微笑みを返してくれた響子さんは、私にはもう、あの方としか思えなかった。

 そのあの方の微笑みを見て、私が思わず甘えるように響子さんに抱きつくと、響子さんは私をしっかりと抱き締めてくれた。私はこうして私を抱き締めてくれている響子さんのことを、この女性(ひと)が私の恋人、パートナーでいてくれて本当によかったと心から思っていた。


「きょうちゃん。あの方がいた」


「うふふ。それは私。私はいつも麻衣子を見ているのよ」


「そうね。きょうちゃんは私だけを見ていてくれるのよね」


「うふふ。そうよ、麻衣子だけよ」


「えへへ」



「ねぇきょうちゃん」


「なに?」


「ほんとにほんとにありがとね」


「どういたしまして」




 それから私は洗面所で綺麗さっぱり鼻水洗い流し響子さんの待つベッドに入った。

 私が胸に抱いている響子さんに鼻水を付けたことを謝ると、気にしないでいいのよと言って私の胸のあたりにキスをしてくれた。そしておやすみ麻衣子また明日とぶつぶつと呟いて、あっという間にすうすうと寝息を立て始めてしまった。

 私はどうして怒らないのかなと不思議に思って、もしかしたらこれは何かの罠なのかと暫く眠らずに警戒していたけれど、どうやら何もなさそうだった。私は赦されたのだ。


 それなら私ももう眠ろうと思って、私はすうすうと私の胸に涎を垂らして眠る響子さんを起こさないように、ありがときょうちゃんとそっと囁くだけにして目を閉じた。

 寝ている子は起こさない。そうでなければ足が痺れて大変なことになる。私はそれをちゃんと学習していたのだ。

 私は幸せいっぱいな気持ちで響子を抱きながら、あの時は凄く楽しかったなとそんなことを思っているうちに、色々とあって疲れていた私も直ぐに眠ってしまったようだった。






「麻衣子。もう塗るからね」


 響子さんがリビングにいる私にそう声を掛けてくれた。私はそれを聞いて一目散に響子さんの傍に寄っていく。


「待って。塗っちゃったらもうキス出来ないよっ」


「さっきもそんなこと言っていたわね。もう散々したでしょ?」


 そう。私はさっきから響子さんが口紅をつけようとする度にこうしてキスをしに傍に寄っていくのだ。響子さんは呆れた顔で私を見ているけれど私は気にしない。だってしたいものはしたいのだし、今は我慢なんてしなくてもいいのだから。

 それに響子さんだって黙って塗ってしまえばいい筈なのにこうやって一々宣言してくれるということは、私のキスを待っているとしか思えない。実は響子さんもキスをしたくて堪らないのだ。

 分かっているのよきょうちゃん。まったく、きょうちゃんたら照れ屋さんなんだから、なんて思っていると、響子さんがなんとも冷たいことを口にした。


「もう。これで最後だからね。遅れちゃうでしょ」


「…分かった。これで最後にする」


「さっきもそんなこと言っていたわね」


「そうだっけ?記憶に御座いませんけど」


「便利よね、その言葉」


「まぁまぁいいからいいから」


 私は響子さんを腕に抱いてその可愛らしい唇に私のそれを寄せていく。響子さんは目を閉じて私を待ってくれている。私が唇を重ねてその奥へと入っていくと、響子さんが優しく迎えてくれて私に絡んでくれた。私たちは甘くて優しいキスをして、やがて唇を離した。


「もうお終い?」


「もう終わり。また後でね」


「わかった。我慢する」


 私は呆れ顔で嬉しそうという、なかなか出来そうもないことを余裕でやって退ける響子さんから離れ、自分も口紅を塗ることにした。確かに遅れてしまいそうだったから。


 けれど私が浮かれているのにはちゃんとした訳がある。それは両親にご挨拶をするという一大イベント、つまり私たちはこれから私の親に会いに行くのだ。憂いが消えて無くなった今、これが浮かれずにいられるだろうか。答えは否だ。そんなことは当然なのだ。


 だってですよ、私の親に会って貰うということは、私が親に響子さんを紹介するということでしょ。それはつまり、私の両親に挨拶に伺う私の恋人の響子さんを連れて行くその恋人の私が私の恋人の響子さんを両親に紹介するということになるわけで、しかもそれが済めば私たちは親公認で婚約者ということになるわけですから。ほらね、私が浮かれて幸せいっぱいな気持ちになるのはあたり前でしょ?


 そう思って私がいやぁ、やっぱりなんか照れちゃうなぁなんてにやにやしていると、口紅をつけ終わった響子さんの今度こそ呆れた顔が私を鋭く見つめていた。


「はいそこ。くねくねしないで早く塗る」


「わ、わかった」


「まったく…」


 私は慌てて鏡に顔を向ける。その鏡には私の背後で呆れて鋭い眼差しだった筈の響子さんが優しく微笑んでいる顔が映り込んでいた。その微笑みを嬉しく思いながら、私はささっと口紅を塗って響子さんに振り返った。


「きょうちゃん出来たよ」


「そう。じゃあ行こう」


「うん」


「…ちっ」



 響子さんは少しむくれ、私はそれを不思議に思いながらも私たちは揃って玄関に向かった。靴を履いてお互いの姿を見せ合って、すべてが完璧なことを確認してから響子さんがドアノブに手を掛けた。


「ねぇねぇきょうちゃん」


「なに?」


「なんか緊張しちゃうね」


「ふふふ。そう?私は楽しみだわ」


「そっか。さすがよねっ」


「そうよ。さすがでしょ」



 私たちは手を取り合って扉を開けた。こうしてひとつずつ扉を開けて、私たちは私たちの人生を歩いて行く。私たちのどちらかが先にいってしまうその日まで、私たちは決して繋いだ手を離すことはしない。

 隣を歩く響子さんにその気持ちを込めて微笑みかけると、響子さんは分かっているわよと優しく微笑んで、繋いでいる手をぎゅっと握ってくれた。

 それから私たちは誰もいないエレベーターに手を繋いだまま乗り込んだ。



 このエレベーターを降りて少し歩くと、私たちはマンションの外に出る。なら仕方ない。私たちの決意は、気持ち的にはダイヤモンドのようだけれど、肉体的には臨機応変、当然時と場所を選ぶのだ。


「そろそろ手を離さないとね」


「そうね」


「きょうちゃん」


「なに?」


「私いますっごく幸せなの」


「私もすごく幸せなのよ」


「そっか」


「そうよ」


 そう言って微笑み合った私たちは、マンションの薄暗い通路を並んで歩き、開いた自動ドアを通り抜けて明るい外へと踏み出した。








 おしまい





これで後日談的なものは終わりです。ここまでお付き合いしてくれてありがとうございました。

あらためまして、ブックマーク、評価、感想、読んでくれた方、ありがとうございました。

麻衣子と響子さんは私が初めて創作したキャラなので愛着もひとしおで、もし私が2人に会いたくなったらまた書くかも知れませんが、その時は別のタイトルということにします。

後は31日におまけを投稿しますので、それでおしまいになります。

読んでくれてありがとうございます。

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