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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第3章 勇者、本格的登山にチャレンジ
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第17話 イサーシュの決意~その1~

「何か弁解の余地はあるか。コカコーライス……」


 巨大な鳥は頭を下げ、頭に着いた長いたてがみをユサユサゆする。


「おとがめを受けることは覚悟(かくご)していました。ですから後悔はありません。

 ですがあと少しのところで勇者どもを打ち倒すことができなかったのが唯一の心残り……」

「下手な申し立てはいいっっ!」


 段上に立つルキフールは持っていた杖を思いきり堅い床についた。

 甲高い音でコカの身体はビクリとふるえる。


「わかっておらんなっ! 勇者は貴様のちゃちな小細工に気付いておったぞっ!

 もし他の者にも見抜かれておったら、貴様の身は無事では済まなかったとまだわからんかっっ!」


 コカはより一層頭を押し下げた。

 それをいいことにルキフールはさらに言葉を投げつける。


「貴様は一介の魔物ではないっ! 数多くの兵を従える責任ある立場なのだぞっ!

 それをわきまえたうえでの失策であること、お前は重々承知しているとでも言う気かっ!」


 するとルキフールはあさってのほうを向いて、目に見えない相手に向かって思い切りにらみつけた。


「いや、貴様だけの責任ではあるまい。

 間違いをしでかしたのは、知る者の少ない地上へのゲートの転送をわざわざ施した者のほうだ」


 そしてその険しい視線を、身体を変えずにコカに向けた。


「誰だ。貴様にそれを許したふとどきものは?」

「それは……」


 コカコーライスは迷っていた。その名前を素直に白状するべきかどうか。


「……ワタシです。ワタシが、それを許しました」


 その場にいるのとは別の声が聞こえた。

 2人がそちらに目を向けると、広間の外から人の形をした影が、コツコツと(くつ)を鳴らせてやってくる。


 現れたのは一見、高価な衣装を身にまとった普通の人間だった。

 肩まで伸びたウェーブがかった黒髪に、顔にはびっしりとひげを生やしている。

 しっかり整えられ粗野な印象は受けない。


 ただし、相貌(そうぼう)はと言えば違う。

 非常に端正(たんせい)な顔立ちながら、明らかに人ではないとわかる緑がかった肌の色。

 そして赤い瞳からのぞく目つきは、どこかしら不気味な印象を受ける。


 ルキフールはその人物をまじまじと見ると、とたんに顔色をより険しくさせた。


「そうか、貴様か。貴様だったのか……」

「『毒の猛将ヴェルゼック』。貴様、何の用でこの城に足を踏み入れた」


 ヴェルゼックと呼ばれた新手の魔物は、玉座に座る影に目を向けると胸に手を当て頭を下げた。


「これはこれは。

 魔王殿下、いらっしゃるとは気付きませんで。大変失礼しました」


 玉座に座る魔王ファルシスは身を起こし、薄明りに照らされ不機嫌な表情を見せつける。


「貴様は自分が失態を犯したことを忘れたのか。

 とある戦地で己の味方を巻き込み、死なせた(むく)いで僻地(へきち)へと送られたのだぞ」

「ああそうでした。あの時は自分も血迷ってしまっていて。

 ですがご安心ください。僻地への任務は無事こなして見せましたよ」

「確かこれも言ったはずだ。任務完了後は現地にとどまり、次の命令を待てとな」

「その命令がやってこなかったので、わざわざこうしてまかり通ったのでございますよ」


 肩をすくめるヴェルゼックに、突然ルキフールのどなり声が上がった。


「命令もなく戻った末に、他の幹部をけしかけて失態を演じさせたかっっ!」


 すると貴族の風貌をした魔物は眉をひそめ、コカに続いてルキフールに目を向けた。

「失態? コカの任務が成功しなかったのは立て続けに邪魔が入り続けたからでしょう。それを責任者に押し付けるのもどうかと……」

「弱肉強食の魔界では結果がすべてだ。

 ヴェルゼック、行ったこともない地上の人間どものような世迷(よま)いごとを吐くではない」

「そちらこそ、地上の様子の見過ぎでしょう。

 ワタシの頭は少しもそれを意識したことはありませんが?」


 そして両者はにらみ合う。

 いや鋭い剣幕を見せているのはルキフールのほうだけで、ヴェルゼックはどちらかと言えばすました表情をしている。


「……もうよい。今回はコカコーライスも奮戦(ふんせん)した。

 それでいて失敗したのは非常におしいことだ。両者の責任はとらん」


 ファルシスがため息まじりに言うと、コカは深く頭を下げた。

 しかし顔をあげた瞬間に鋭い視線を向ける。


「ただしお前は勇者退治にはもう用なしだ。

 今後は正規の地上侵攻以外は命令が下ることはないと思え。お前もブラッドラキュラーのようにおとなしく動向を見守ることだ」


 コカは羽根を使わず、両足をペタペタと地面に張り付けるようにゆっくり広間を出ていった。

 ファルシスは続いてヴェルゼックのほうに目を向けた。


「お前の狼藉(ろうぜき)には目に余るものがある。

 余興(よきょう)のつもりかどうか知らんが、それでわが軍の貴重な幹部を死なせることは許しがたい。

 余に対する忠誠心がほんの少しでもあるのなら、くれぐれも行動は(つつし)め」


 するとヴェルゼックは再び胸に手を当て、すました顔をあげたままぺこりとする。


「御意のままですよ殿下」

「殿下は確かにおっしゃったぞ。

 くれぐれも、ふざけた真似(まね)はするな、と……」


 ルキフールが横目でにらみつけると、ヴェルゼックは少しずつ後ろに下がっていく。


「ええ、わかっていますとも。

 出来る限り、ハジけた行動はひかえますよ……」


 ふたたび黒いシルエットとなったヴェルゼックの、赤い瞳だけがらんらんと輝く。

 次の瞬間あっという間に真横に消えさっていった。

 それを見た瞬間、ルキフールは目頭を押さえ歎息(たんそく)をつく。


「ヴェルゼックめっっ! 奴が出てきおったかっ!

 勇者討伐が失敗に失敗を重ねたあげく、あの狂った恥さらしが出てくるとはっっ!」

「コカコーライスも追い詰められたな。よりによってあのような者を頼るとは……」


 ファルシスは天井を見上げた。

 今後どのような作戦に出るとしても、奴は何らかの形でしゃしゃり出てくるに違いない。

 我々もとんだ鼻つまみ者にとりつかれてしまったものだ、と深くため息をついた。





 一方魔王城の一角にあるバルコニーの一角を、いまだにコカコーライスはトボトボと歩き続けていた。

 がっくりと肩を落とし、失った部下の姿を延々と頭の中で浮かべ続けている。


「おい、コカコーライス」


 こうべをたれたその顔が、不意に横に向けられる。

 並び立つ円柱の影の中に見知った姿を浮かべた。


「ブラッドラキュラーか……」


 人の姿に似た上級魔族は、アゴでしゃくりさらなる暗がりの中に招いた。

 コカはあたりを見回しながら、吸い込まれるようにしてそのあとに続く。


「……このままでいいのかコカ。

 このままではお互いの軍団は炎の連中に取りこまれる。

 我々は奴らの舎弟としてこき使われねばならんぞ」


 ブラッドはささやくように話しかけてくるので、コカも同じようにする。


「スキーラがいるだろう。あいつはまだ失敗を経験していない。

 マノータスの増長は彼女が防いでくれるはずだ」

「あんな女、今まで散々わが軍の惨状(さんじょう)を目にして、いまだに勇者どもをナメてかかっているのだぞ。

 たしかに海の上はさらに有利になるだろうが、我々が地の利を(くつがえ)されてきたことを思えば、まったく油断ならんことはわかりきっているだろうが。

 このままでは奴も負ける」

「では幻魔兵団は事実上マノータスの天下に?

 まさか、そんなことは考えられない」


 頭を下げつつ首を振るコカに、ブラッドは顔を(のぞ)き込むように告げた。


「いいか、4つの兵団はたがいに優劣(ゆうれつ)をつけずに台頭を保つことで、マノータスが横柄なツラを見せつけることを防いできた。

 わがはいも風属性のお前は苦手だが、奴がえらそうにふんぞり返るよりはマシだ。

 だがその均衡(きんこう)(くず)れてしまったのだ。

 考えても見ろ、奴が実質兵団の長に収まれば、残りの3つの隊はどうなる?」


 コカは片方の羽根で顔を隠した。


「最悪だ。しかも奴の上には、左遷(させん)されてるとは言えあのヴェルゼックがついているのだ。

 あいつらしく、マノータスはヴェルゼックにだけは心服している。

 奴に乗っ取られているということは、あのイカれた貴族の支配下につくということでもあるのだからな」

「コカ、考えたくないことだがこの事態はもしや、あのヴェルゼックの奴が……」


 巨大な鳥は羽根を下げてあわてて首を振った。


「あり得ない。あの小僧がワーキューレズを撃退(げきたい)するのは不確定の要素だったはずだ。

 いくらなんでもそこまで読み切ったとは思えない」

「ではどうする?

 一矢報(いっしむく)いるにしても、我々はあんな男の力を借りなくてはならんというのに」


 それを聞いて、コカのくちばしがブラッドのほうを向いた。


「なにを考えている?」


 すると相手は人差し指をつき立て、軽く振り始めた。


「コカ、わがはいにはもう打つべき手が1つしか考えられない。

 こうなれば自らの手で、あの勇者どもに打って出るしかない。お前も力を貸してくれるか」

「そんなバカな。それでもし我々に万が一のことがあれば……」


 ちゅうちょするコカに、ブラッドは苦笑いを浮かべてみせる。


「なにを言っている。

 我々はわざわざ自分の部下を思いやるような生意気な考えの持ち主であったか?

 お前も勇者の甘えきった心情に毒されたわけではあるまい」


 それを聞いて、コカのくちばしの下にある人間の口も、ニヤリとゆがんだ笑みを浮かべた。

 それを確かめたブラッドは肩の部分に手を置いた。


「『ラハーン』も乗り気になっている。奴にとってもこれは一大事だからな。

 お前も副官を説得しろ。と言っても断る様子が想像できないがな」





 その日は視界が悪かった。

 まわりを見回しても、あたりは真っ白な霧に囲まれ山々は全く見えない。

 少ししめった岩山にしがみついたロヒインは、細心の注意を払っていたにもかかわらず足をすべらせてしまった。


「わあぁぁぁぁぁぁっっ!」

「おっとぉぉっ!」


 前のめりに倒れそうになったのを、うしろにいたコシンジュに支えられ何とかこらえる。

 ロヒインが振り返るとコシンジュが心配そうに顔色をうかがう。


「大丈夫かっ!?」

「う、うん。コシンジュ、ありがとう」

「気をつけろよ、お前疲れてるみたいだからな。

 ここ数日で(きた)えられてるっつっても、もともと山登りは苦手なんだから」


 そう言って肩をポンポン叩いてくれる後ろで、最後尾のメウノが顔をあげた。


「大丈夫ですよ。ロヒインさんはだいぶ慣れてきたと思います。

 それより心配するなら彼だけでなく、パーティ全体の体力が落ちてきていることでしょう」


 ロヒインはうなずき、前方のムッツェリとイサーシュに目を向けた。

 山登りが専門のムッツェリはこちらに振り向く余裕があるが、イサーシュはちらりと視線を向けるだけで岩にもたれたまま動かない。


 自分だけじゃない。ここのところ起伏(きふく)に富んだ岩山を上り下りしているせいで、すっかり全員の体力が落ちた。

 以前はさわいでいたメンバーも、ここにきてどんどん口数が少なくなっている。夜になればまったく会話をかわすこともなく床に入ってしまう始末だ。


「問題はないかロヒイン。つらいだろうが急がなければいかん。

 天候(てんこう)が悪化して雨が降る前に、屋根のある休憩所にたどり着かなければならんからな」


 ムッツェリの声かけに、ロヒインは大きくうなうずく。一行は前進を再開した。





 一行が岩の中がえぐられるようにしてできた自然の屋根の下にたどり着くと、とたんに雨が降り出した。

 山脈での生活が長いムッツェリの読みが当たったようだ。


「これはさすがにまずいな。このあたりは岩場だらけだから雨が降ると(すべ)りやすくなる。

 もし晴れたとしても午後の歩きは危険かもな」

「こんなところで夜まで足止めか。我々は先を急がなければならんと言うのに……」

「そんなことを言うなイサーシュ。山はもともと天気が(くず)れやすい。

 むしろこれまでよく好天に恵まれたものだ」

「思えば勇者の村を出てから、あまり雨に()られたこともなかったですからね。

 ひょっとしたらこれまでは神々が天を操ってくれたのかもしれませんが、それも限界だということではないでしょうか」


 メウノが言いながら横に目を向けると、ロヒインがリュックにもたれて死んだように眠っている。無理もない。


「はぁ……」


 その横で深いため息をついた者がいた。ほかならぬコシンジュだ。


「もう山ばっかりはうんざりだ。しかもどこまで行っても人っ子1人いないし。

 ババール以来ちゃんとした赤の他人に会ったことがない。早く人里に行きたい」


 振り返ったイサーシュの表情はうんざりといわんばかりだった。


「アホかお前は。

 大森林の時もそうだったが、お前は本当にこらえ性がないな」

「いえ、不自然と言えば不自然ですよ?

 すれ違いで南から来る登山者だっているだろうに、これまで一度も見かけていませんからね」


 メウノの発言にムッツェリが思いきり顔をしかめた。


「当たり前だろう。

 南には魔法伝書バトで使いを送った。一般の登山者が魔物にさらわれて利用されたら困るからな。

 オランジ村でもマスターが足止めをしているだろう。我々が渡りきるまでしばらくは入山禁止だ」

「そうでした。

 よく考えればわかることです。うっかりしていましたね」

「気にするな、疲れているんだろう。

 もっとも南の地方からやってくる者は少ない。あそこは海が近いから、連中の目は山よりそちらに向いている。

 奴らにとってはそこからずっと先にいる南の大陸にロマンを感じているんだろう。

 北からやってきた登山者が戻ってくる場合もあるが、東西に行って別の登山ルートを探すのが恒例(こうれい)になっていることだしな」

「だとしてもよぉ、もう限界だってぇ。

 これ以上誰にも会わないってなったらオレ、気が狂って死んじまう……」

「俺らが付いていながら何を言ってやがるんだ。

 もしやこのままホームシックになったりするんじゃないだろうな。

 愛しのママとパパに会いたいだなんて言い出したら殴るからな」


 イサーシュがため息まじりに告げると、コシンジュがさらにうなだれた。


「ちょっとあるかも……」

「ダメだ、こりゃ相当重症だ」


 これ以上ヘタレにつきあうのもうんざりなので、イサーシュは話題を切り替えた。


「食料はあるのか」


 言われてムッツェリは自分のリュックを確かめる。少しだけ難しい顔をした。


「限界ぎりぎりだろうな。このあいだ仕留めたシカの肉も尽きた。

 最初の干し肉と野山で拾ったキノコや野草が多少残っているが、そろそろ残りの体力を考慮(こうりょ)しながら切り詰めなければならんだろうな」

「新たに獲物(えもの)を確保できんのか?」

「これだけ不安定な場所が続くとな。

 獲物を谷底に落としてしまったら逆に矢がもったいない」

「矢のほうはどれだけ残っている?」

「だいぶ残っている。

 ロヒインのおかげでメーヴァーとその眷属(けんぞく)、ワーキューレズの骨から作った矢が使えるからな。

 ただし問題もある」


「問題?」とイサーシュが問いかけると、ムッツェリは深くうなずいた。


「矢じりは完成したが、組み立てる棒のほうが不足している。

 このあたりは岩場ばかりで木が生えているのもめったに見ないからな。

 しかも棒に仕立てるには形も悪い。このまま木材を調達できなければ、敵に放つための矢は確実に不足するだろうな」


「俺の方はもう限界だ。ムダ撃ちばかりでほとんど消費してしまったからな。

 悪いが対空戦はあまり頼れないと思ってくれ」

「心配するな。我々は空を舞う敵を何度も退(しりぞ)けたのだぞ?

 今後はこんな山奥でおそいかかることはめったにないに違いない」


 そう笑う彼女の笑みは、ここ数日でかなり柔らかくなってきた。

 最初はかたくなだった態度も、我々と接触する中でどんどんほぐれていっている。

 そのあざやかな笑みに、イサーシュは思わず胸が熱くなってしまった。


「どうした? 顔を赤くして。ひょっとして熱でもあるのか?」


 ムッツェリがそう言って額に手を当てようとするのを、イサーシュは「大丈夫だから」とやんわりさえぎる。

 妙な雰囲気になったところに水をさす声がかかった。


「フン、のんきなもんだな。オレなんか身体よりも心のほうが限界に達してるってのによ」

「寝てろお前は」


 イサーシュはコシンジュのほうに見向きもせずに言った。

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