第13話 新しい仲間~その5~
コシンジュが窓からこっそり外をうかがうと、衝撃のあまり思わず目を見張った。
そこではさながら地獄絵図のような光景が繰り広げていた。
老若男女がところ構わず逃げ惑い、それを上空にいる無数の黒い影が追いかけている。
目をこらすと、それは人間ほどのサイズもある巨大な鳥だった。
いや、なにかがちがう。
そう思った時、そばにある入口の扉がいきおいよく開かれ、誰かが入りこんでいた。
「たっ、助けてくださいっっ!」
若い女性が叫んだとき、真後ろから何かが現れた。
先ほどの巨大な鳥だとわかったが、明らかに普通の姿とは異なっている。
翼と足は鳥なのだが、胴から頭にかけてはどこか人のような形をしているのだ。
どこかなまめかしい体つきは女性のものを思わせる。
「あれは風属性の魔物、『ハーピー』ですっっ!」
腰の袋からマドラゴーラが叫ぶ。
言い終わったときには女性はハーピーの両足に捕えられてしまい、むなしい抵抗を続けながら入口へと引きずられて行く。
その時、ハーピーの顔がクルリとこちらに向いた。
頭から長くまとまったトサカを生やし、長いくちばしを向けるその姿は、さながらマスクをかぶった女性のように見える。
一瞬動きを止めたハーピーだったが、「クカァッ!」とだけ叫んで女性を連れ去っていく。
人質もこちらに気づいて届くはずのない手を伸ばすが、すぐにその姿は入口に消えた。
「クソッ! 見つかったっ!」
コシンジュはあわてて立ち上がろうとすると、ふたたび腰から声が聞こえる。
「コシンジュさんっ! あわてちゃダメです!
奴らは空を舞いながら風の魔法を放ってくる強敵、ましてや人質をとられた状態で外に出るのは危険ですよっ!」
「さっきから誰が話しかけてきているんだ?」
事情を知らないムッツェリが問いかけてくる。
「こっちこっち。コシンジュさんがぶら下げている袋を見てくださいよ」
彼女がその方向を見ると、袋から飛び出した赤い花を咲かせる植物が、まるで敬礼するかのように大きな葉を動かしている。
「どうも。魔物ナビゲーターのマドラゴーラで……グェッ!」
ムッツェリが複雑な表情を死ながらマドラゴーラの茎をつかんでいた。
コシンジュはあわててその腕を払いのける。
「やめろっ! そいつは味方だ!」
「趣味が悪い。魔物をペットにするなんてどうかしている」
ムッツェリの手から自由になったマドラゴーラが、のどを押さえるしぐさをしている。
「ごほっ! ごほっ!
なんて人だっ! 初対面の相手の首を絞めるなんて!」
「お前それって首っていうのか?」
「しっ! どうやら騒ぎが収まったみたいだぞ!」
イサーシュにうながされコシンジュは窓の外に目を向ける。
外は全く無人になってしまったと思いきや、各家の戸口や屋根の上に、ハーピー軍団に取り押さえられた人々がヒザをついている。
村は完全に魔物に占領された形だ。
そんなハーピー軍団の中から、ひときわ大きな個体が翼をはためかせ、大きく空を舞いながら村の真ん中上空をホバリングする。
他のハーピーとは違い、より姿が人に近い。羽根のほかにも不気味な形の腕が生えており、体表にあわせて真っ青な衣装を着ている。
そしてクチバシのついていない顔はまっすぐこちらを向いている。
「ワタシは風の上級魔族、ハーピーの長『嵐の翼メーヴァー』!
この村はすでに我々『飛翔魔団』の支配下にある!
人質の命が惜しければ武器を捨てて投降してこいっ!」
メーヴァーの叫びは少しくぐもっているが内容ははっきり伝わる。完全に先手をとられた形だ。
「まずいな。敵は山岳地帯にあわせて風の魔物を送りつけてきた。
より一層不利な状況に追い込まれるぞ」
顔をしかめるイサーシュに遠くのロヒインがうなずく。
「ここが人里であるだけまだましです。
奴らは人質を取っていて身動きが取れない。その逆をつきましょう」
しかしメウノはそれを聞いて逆に首をかしげた。
「それはゴブリンの襲撃の際に試したはずじゃないですか。
向こうはこちらが姿を隠して忍び寄る戦法があることを知っているはずです。
きっとどこかに伏兵を潜ませているに違いありません」
「むぅ、それは難しいですね。敵は風の魔法を使う。
空気を操る術があれば逆に向こうが姿を隠している可能性があります。うかつには外に出られませんね」
ロヒインが首を振っていると、突然おもむろに誰かが立ち上がった。
振り返るとすでに弓に矢をつがえたムッツェリの姿があった。コシンジュは声を小さくして叫ぶ。
「おい! そんな動きをしていると敵に怪しまれるぞ!
いいから落ち着いて今後のことについて考え……」
しかしムッツェリはそんな声を無視してさっさと戸口へと向かってしまう。
あまりに自然な動作に引きとめるヒマもなかった。
「「「わぁっ! わあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」
イサーシュ以外の3人があわてた声をあげる。外にいるメーヴァーもまたおどろいた声をあげた。
「誰だお前はっ!? おとなしくしていないと村人たちを引き裂いてしまうぞっ!」
外に立ったムッツェリは素早い動きで弦を引き絞ると、とても狙っているとは思えないほどあっという間に矢を放ってしまった。
4人はその対角線上にいるメーヴァーに目を向けた。
おどろいたことに矢はメーヴァーのふくよかな胸の谷間にまっすぐ吸い込まれてしまった。
「グムゥゥッ!」
ビクリとのけぞったあと、翼をはためかせる力を失いまっすぐ地面へと落下していく。
それを見たロヒインとメウノがあわてて立ち上がる。
ロヒインが「大変っ!」と言ったのに合わせてコシンジュも立ち上がると、急いで戸口の外に出た。
「何やってんだよお前っ!
いきなり外に出てボスキャラを一発なんて、ていうか普通にスゲェぞって言ってる場合じゃねえよ人質はどうすんだよっっ!」
ムッツェリは何も言わずアゴだけを上空にしゃくる。
つられて見上げると、手下のハーピー達はなにが起こったのかもわからずぼう然としている。
「あれが下僕というものだ。
人質に手を出すには親玉の合図がなきゃいけない。まとめ役がいないのに勝手に動くことなど早々に出来るもんじゃない」
「……だったらアタシがやるっ!」
すると突然、上空から新手のハーピーがやってきた。
偵察役をしていた腹心らしい。両足の鋭い爪を抱えあげるその先には、酒場に逃げ込んできたあの女性がいる。
ムッツェリは迷うことなく弓をつがえる。
しかしその前に腹心のハーピーの動きが止まった。わき腹に深々とナイフが突き刺さり、力を失ったハーピーはそのまま地面に倒れ込んだ。
ムッツェリが横をにらみつけると、片手を前に出したメウノが不敵な笑みを浮かべる。
「これでもまだ役立たずって言いますか?」
「フン、いい腕だ」
「ち、ちきしょうっ! こうなったら片っ端から人質を片づけて……グフッ!」
わめいた一匹のハーピーは、しかし途中で言葉をさえぎられた。
ムッツェリが改めて矢を放ったからだ。
「みんなっ! 身を伏せてっ!」
ロヒインが前に進み出ると、4人全員が地面に伏せた。
「エクスプロージョンッッッ!」
突然上空で爆発が起こる。
人質を取り押さえて身動きの取れなかったハーピー達は、ものの見事に爆風にやられ壁に叩きつけられる。
「今ですっ! 村人たちを助けてついでにハーピーもやっつけちゃってくださいっ!」
「でかしたロヒインッッ!」
立ち上がりざまに叫んだコシンジュは屋根の上をほかの仲間に任せ、すぐ近くにいるハーピーのもとに向かう。
よろけながらも立ち上がろうとしたハーピーに向かって、背中から取り出した棍棒を振りかぶった。
相手が息絶えるのを確認しないうちに倒れていた人質に手を伸ばす。
「大丈夫かっ!?」
酒場に逃げ込んできた女性だ。
顔をあげると、うっとりとした顔でこちらを見つめてくる。
コシンジュは赤面しつつあわててつかんだ手を離し、顔をそむけた。
「い、今のうちに建物に隠れるんだ!」
女性がうなずいたのを確認すると別のハーピーのもとに向かう。
すると完全に体勢を立て直していた敵が翼をはためかせる。
突風の中から空気のゆがみが生まれ、とっさに危険だと判断したコシンジュは棍棒を前に構える。
空気のゆがみは見事にはじけ、そのあいだに間合いを詰めて棍棒をなぎ払う。
そばにいた人質に目を向けると、例のくたびれ中年だ。
うつ伏せになっている彼の肩をたたくと、突然腕を振り上げてきた。
「触るなっ! 案の定これだっ!
いっそ死んでしまえこの疫病神がっっ!」
「言いたいことはわかるが死にたくないんだったらさっさと消え失せろこのクソジジイっっ!」
中年は地面にツバを吐きながらとっとと目の前の建物に消えていった。
コシンジュがまわりを確認すると、すでに地上はあらかた片付いたらしい。
ふとイサーシュがいる方向に目を向けた。
斜め横を向いている彼は、何匹かのハーピーの血で汚れた剣をまっすぐに見つめている。
その目はどこかうらめしげだ。
瞬間的に悟った。空を舞い遠くから攻撃してくる敵に、イサーシュの剣は通用しない。
自分もそうなのだが、彼の場合剣一本でやってきただけに、そのむなしさは人一倍だろう。
「2人とも、何をぼうっとしているっ! 上空だっ!」
ムッツェリの声にイサーシュとともに顔をあげると、空気のゆがみが向かってきた。
コシンジュが棍棒で振り払う対角線上で、イサーシュは華麗にローリングしてかわす。
ふたたび上空を見ると、ざっと10匹前後のハーピーが円を描くように上空を旋回している。
「まだこんなに残っていたのかっ!」
「戦法を変えてきたみたい! 人質は全員助けたから本気を出すはずだよ!」
ロヒインが言い終えるなり、ハーピー達の真下に何かが現れた。
空中のほこりを巻き込んでいくと、それはまっすぐ地面に向かっていき、細い渦のようなものが現れた。
とたんにコシンジュの身体が吸い込まれそうになる。
あわてて身をかがめると、渦巻きはあっという間に周りの物を飲み込んでいく。
「うわっ! うわっこれマジやべぇっっ!」
「まずいぞっ! 俺は剣を地面に突きさせるからまだ大丈夫だが、コシンジュには無理だっ!」
イサーシュ顔をしかめながら言うが、それをメウノがさえぎる。
「待ってっ! いまロヒインが何か詠唱してるっ!」
「……ファイヤーーーーーーーーーーーーーッッッ!」
屋根から突然一筋の炎が現れ、竜巻に巻き込まれて回転しながら上空に舞い上がっていく。
「「「「ウギャァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」」」」
複数の叫びが聞こえるとともに、風の力が弱まる。
見上げると先ほどのハーピー達が、全身を赤い光につつまれ乱舞していた。
その光景をひょっこり現れたロヒインの顔がさえぎる。
「いかに強力な力があっても、それを逆に利用すればこんなものだよ」
コシンジュは笑みを浮かべ、親指を立てた。相手もニッコリする。
「そこまでだっ! 全員動くなっ!」
仲間たちの顔が一斉にそちらに向いた。
見ると、胸に矢をまっすぐ受けたはずのメーヴァーがいる。
と思いきや、普通のハーピーよりも鋭い空気のゆがみが飛んできた。
狙われたコシンジュはあわてて棍棒を前に構えた。くずれた空気のゆがみはなおもコシンジュの両脇を通り抜けていき、背後にあった建物にぶち当たる。爆発音とともに2つの大量の煙に包まれた。
「くっ! やはり神々の棍棒は強力だなっ! 仕方がない、これを見ろっ!」
メーヴァーが身じろぎすると、その真下にはまとも中年の姿があった。
顔を鋭い爪がついた足で取り押さえられ、うつ伏せでまったく動けないでいる。
「ああっ! なんてこったっっ!」
そこへ意外な声が飛んだ。
くたびれ中年が突然飛び出し、まっすぐメーヴァーのほうに向かおうとしている。
コシンジュはあわててその腕をつかんだ。
「待てっ! 早まるなっ!」
「うるさいっ! お前らのせいだっ! 全部お前らのせいだっ!」
取っ組み合いのケンカになりそうなところを、突然突風が吹いて2人とも地面に倒される。
コシンジュは顔をあげて、メーヴァーが引き起こした風だと理解した。
ひと吹きなのにすごい威力だ。まともに相手してもやっかいな相手に違いないのだが。
「なにをしているっ! こうなっては正攻法で行くのはムリだっ!
アイツを殺されたくなければおとなしくしていろっ!」
くたびれ中年の叫びは泣きそうなものになっている。
「ダメだっ! どのみち俺は殺される!
俺のことなんかどうでもいいからさっさとコイツをやっちまえっ!」
まとも中年は苦しげなながらも叫ぶ。
メーヴァーはそんな彼に容赦なく体重をかける。より顔をしかめる彼を見てくたびれ中年があわてふためく。
「ああっ! わかったっ! わかったからどうすればいいっ!?」
メーヴァーはあごをしゃくる。
「見ろ、勇者は武器を落としたぞ。そいつを拾ってこちらに投げつけろ」
コシンジュはあわてて棍棒を拾い上げようとしたが、ムダだとわかってあきらめた。
そうしているうちにくたびれ中年はすぐに棍棒を拾い上げ、メーヴァーの足元に投げつけた。
「よしっ! それでいいっ! これで勇者はいなくなったも同然!
ファブニーズ様のおっしゃる通り、勇者の弱みに付け込めば所詮こんなものだっ!」
コシンジュは思わず顔をしかめた。
笑いが止まらないと言わんばかりのメーヴァーはあたりを見回す。
「お前らもだっ! 手に持っている武器を地面に投げ捨てろ!」
すると上から、ロヒインの杖やメウノの投げナイフが落ちてくる。
イサーシュも躊躇していたが、コシンジュが目くばせするとおとなしく武器を落とした。
ところが、1人だけ武器を落とさない者がいた。
ムッツェリだけが、弓を引き絞って矢をまっすぐメーヴァーに向けている。当然相手は怒りだした。
「おいっ! 聞こえてなかったのかっ!?
今すぐ武器を下に捨てろと言っているんだっ!」
「関係ない。自分の身も守れない役立たずなど死んだってどうでもいい」
「そんなっ! やめてくれっ! やめてくれっ!」
くたびれ中年は必死に手のひらをムッツェリに伸ばす。
しかしムッツェリは舌打ちをしただけで目も向けようとしない。
その時だった。
メーヴァーがそれに気をとられているうちに、イサーシュがすばやい動きで剣を拾い上げ、すぐさまそれを投げつけた。
「ムギィッッッ!」
メーヴァーの頭に剣が深々と突き刺さる。
短い悲鳴を発したあと、目をおかしな方向に向け鳥人間は真横に倒れ込んだ。
自由になったまとも中年に向かって、あわててくたびれ中年が駆け寄る。
「だだ、大丈夫かっっ!?」
「ああ、俺は大丈夫だ。そっちこそケガはないか?」
くたびれ中年が相手を抱き起そうとした時だった。
ムッツェリが地面へと舞い降り、なぜか弓矢をくたびれ中年に向けた。これには全員がおどろく。
「お、おい。ムッツェリ、何をしてるんだ?」
コシンジュが声をかけると、相手は一瞬だけこちらに目を向けた。
「わかっているのか?
こいつは人類を危険にさらした。裏切り者に制裁を加えるのは当然だろう」
それを聞いたくたびれ中年は「ひぃっ!」と言って腰を抜かす。
それをあわててまとも中年がかばいたてる。
「待てムッツェリッ! こいつは俺を助けたかっただけだ。
責めるんだったらまんまと捕まってしまった俺にしてくれ!」
ムッツェリは一瞬ためらっていたが、首を振りながら仕方なくと言った感じで弓を降ろした。
「お前はまともな判断ができるらしいが、友達を間違っているな。
そんなクズよりもほかにいい奴を探せ」
するとうずくまっているくたびれ中年の身体から、嗚咽が聞こえてきた。
そんな彼をゆっくり抱きとめると、相方は少しだけこちらを向いた。
「ムッツェリ、お前も友達をつくればわかる。
なんでお前はずっとひとりで生きていこうとするんだ?
いつまでも人と距離を置きたがっているから、お前は人の気持ちがいつまでたっても理解できないんだ」
ふたたび友人を介抱し始めた彼を見て、ムッツェリは目を閉じて深いため息をつく。
そのあいだにコシンジュは近寄った。
「ムッツェリ。オレたちはお前に助けられたから文句は言えない。
だけど世の中正論だけで乗り切れるわけじゃないんだ。お前もそのことを分かっといた方がいい」
それを聞いた彼女は「勇者」とつぶやいた。
コシンジュはそのきれいな横顔を見つめる。
「わたしがお前たちに協力するのは、世界を救うだなんてふざけた理由なんかじゃない」
コシンジュが不機嫌な顔をすると、ムッツェリはちらりとこちらを向いた。
「わたしにとっての世界とは、この山脈だけだ。
魔王が押し寄せてくれば、大勢の人間が山に逃げ込むだろう」
そして真後ろを向き、顔を見上げる。コシンジュもつられて同じほうを向く。
一面の赤い夕暮れに、影だけを残した鋭い山々が目に映った。
「そうなれば、あの美しい山々が人の手によって汚される。
あそこでずっと暮らしてきたわたしにとっては苦痛だ。
わたしはただたんに、それを防ぎたいだけだ」
コシンジュはその横顔を見つめた。
ふと別の方向に目を向けると、イサーシュが力なく自分の剣をとり上げる姿を見た。
その顔には相変わらず覇気がない。
「言い伝えがある。
この山々は足を踏み入れるものを試すという。
お前たちはそれを乗り越えられるかな?」
コシンジュは振り向いたムッツェリの顔をまじまじと見つめた。
その怪しげな瞳に、少年は吸いこまれるかのような錯覚を覚えた。




