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第9話 潜入! リアル心霊スポット~その2~

 ヴィーシャのつぶやきを聞いた時、コシンジュは信じられない思いにかられた。


 同じものを見たように視線をまっすぐ向けたままの彼女は、今の状況に全く動じていないかのようだったからだ。


「ヴィーシャ、いくらなんでもお前平然としすぎだぞ?

 いるんだぞ、絶対にいるんだぞ。この城、絶対何かいる……」

「しつこいわね。まだ何かわからないじゃない。きっと魔物がこっちを監視してんのよ」

「それにしたって、おかしいじゃないですか。

 今ヴィーシャさんが視線を向けている部屋は、完全に行き止まりになっているんですよ? そんな部屋に魔物が忍び込めるわけがないじゃないですか」

「魔物なんでしょ? そう言う連中がいたっておかしくないじゃない」

「情報屋に聞いてみるか……」


 コシンジュは震える声でかがんで棍棒を入れる袋をのぞきこんだ。

 そしてすぐに視線を変える。そしてなぜか首を振る。


「ダメだ。中で完全に(ふる)えてる。とっくに起きて今の状況を察したらしい」


 ヴィーシャはため息をついて金髪をポリポリとかいた。


「まったく、使えないやつね。しょうがない、見回りに行きますか」

「お、おお、お前、正気か!?」


 ヴィーシャはあきれた表情でコシンジュを見つめ返した。


「しょうがないじゃない。魔物がひそんでいるんなら確かめるしかないじゃない。

 それともここでおとなしくしてやられるのを待っているつもり?」

「すげえ、こいつ完全に相手が魔物だって言うこと前提で話してる……」

「幽霊前提で話してるあんたらのほうがおかしいわよ。

 とにかくのんきに寝てるそいつを叩き起して。全員ここでおとなしくしているのは危険よ」


 ヴィーシャがそう言ったとたん、突然部屋中にボンッ! という音が響き渡った。


「「「おわぁぁっっ!」」」


ヴィーシャ以外の3人が思いきり飛び上がる。ちょっとびっくりしただけのヴィーシャは落ち着いた様子でロヒインのいた場所に目を向ける。


「……なんで変身してんの?」


 彼女につられてロヒインを見ると、その寝姿は完全に赤毛の美少女のものになっていた。

 コシンジュは不本意ながら興奮(こうふん)する。


「そう言えばこいつさっきブツブツつぶやいてたような気がしてたぞ。寝ながら呪文唱えてたんじゃないのか?」

「な、なんていう職業病……」


 イサーシュの発言にメウノがドン引きしている。コシンジュはあきれてつぶやいた。


「というよりはこいつの願望がよくあらわれているな」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?

 夢の中でも呪文が唱えられるってことは、下手するとアタシたちの身が危ないってことでしょうが。

 アタシには幽霊なんかよりよっぽどそっちのほうがホラーよ」


 ヴィーシャの発言にメウノが平然とした口をたたく。


「睡眠中に攻撃されてケガしたり死んだりしたという話は聞いたことがありませんが」

「うるさいっ! いいからさっさと叩き起こしなさい!」





 ロヒインを叩き起こすと(あまりに時間がかかったので詳細は割愛)、ロヒインは自分が睡眠中に変身していたことに心底おどろいていた。


「ぎゃぁ~っ! なにこれぇ~っ!」

「あのヴィーシャがビビってるぞ。

 お前寝ているあいだに攻撃魔法でも使ってくるんじゃないかって思われたぞ?」

「え? コシンジュそれでわざわざわたしを叩き起してくれたの?」


 問われてコシンジュは後ろの2人と目を合わせる。

 言えない。それよりもっと怖い事実があるだなんてとても自分の口からは言えない。


「この部屋の周りをうろうろしてる連中がいるのよ。

 幽霊だか魔物だか知らないけど一度誰なのか確かめなきゃいけないじゃない」


 平然と口走るヴィーシャにコシンジュ達は固まる。特に初耳のロヒインは顔を完全にひきつらせている。

 と思いきやロヒインはすぐさまその場に寝転がり始めた。コシンジュは思い切りゆさぶる。


「寝るなっ! 寝ちゃダメだっ! 寝たら死ぬぞっ!」

「うるさい! これは夢だ! 悪い夢を見ているんだ!

 起きたら朝になっててチュンチュンスズメが鳴いているんだ!」

「悪いけどこれは現実だ! 今からオレたちは真夜中の古城を探索(たんさく)しなきゃいけないんだ!」

「イヤだ! それだけはイヤだ!

 こんな不気味な場所をウロウロするよりは間違えて睡眠中に人を爆死させたほうがまだましだ!」

「なわけないでしょうがっ! つまらない寸劇(すんげき)してないでさっさと起きるっ!」


 ヴィーシャに叩き起されたロヒインはしぶしぶ杖に光をともして立ち上がった。


「もうヤダ。旅が無事に終わっても今日のことは絶対に思い出したくない」

「後悔するの速すぎ。あと5人そろってはダメよ。2手に分かれて散策しましょ」


 4人は顔を見合わせる。ヴィーシャはこれで何回目になるのかわからないため息をついた。


「しょうがないでしょ。コシンジュ、アタシのあとに続いて。他の3人はあたしたちとは別行動。いい?」

「え~っ! お前ズカズカ前に進んでいきそうだから絶対ムリ!」

「つべこべ言わない! ほら全員さっさと動くっ!」


 すばやくその場を立ち去ろうとするヴィーシャをコシンジュはあわてて引き止めた。


「おいっ! 明かり明かりっ! 明かりがないとオレ動けないってばっ!

 そっちが夜目きいてもオレはムリだってっ!」


 ロヒイン達と協力してあわててたいまつを探し(まだ使えるやつが残っていて助かった)、コシンジュとヴィーシャはほかの3人と分かれた。

 一応敵がいる可能性があるので指で反対方向をさすと、3人はしぶしぶそちらの方向に向かって歩いていった。寄りそって固まるようにして、おぼつかない足取りで進んでいく彼らを見てヴィーシャは笑ったが、コシンジュにとっては人ごとではなかった。


 急にヴィーシャの気配が遠ざかっていくのに気づくと、コシンジュはあわててズカズカ進んでいく彼女を追いかけた。


「ちょっ、ちょっと待てよ!」


 コシンジュはひかえめに叫ぶ。ヴィーシャがこちらに振り返った。

 たいまつに照らされるその顔は不機嫌そのものだ。


「あのねえ、正直たいまつの明かりがあると邪魔で前がよく見えないのよ。

 こっちの位置も敵にバレるし、正直もうちょっと火の勢い弱めてくれない? せめてアタシの真横に並ぶとか」

「なんだよ。じゃあオレ、ロヒイン達のあと追いかけるわ。1人で大丈夫なんだろ?」


 ヴィーシャは舌打ちしながら、ふたたび暗闇の前を歩きだした。コシンジュはあわててヴィーシャの真横に並ぶ。

 正直彼女の真横はきつい。彼女の後ろを歩いていたほうが比較的安全なのだが(心的ショックの意味で)、ああ言われてしまったら前に進まざるを得ない。

 自分のいる側のほうに現れたらどうしよう。


 しかも彼女、けっこう足の進みが速い。


「おい、お前盗賊なんだからもっとゆっくり歩けよ」

「ムダね。どうせ松明でこっちの位置はバレバレなんだから、コソコソ慎重に動き回ったって意味ないわ」

「だからってズカズカ進まれるのは困るんだよ」

「あら、だったら置いてっちゃっていい? だとしたら1人でこの城歩かなくちゃいけなくなるわよ?」


 たいまつに照らされるヴィーシャの顔は挑発的にほほえむ。状況が状況なためになんだか誘惑(ゆうわく)しているかのような錯覚(さっかく)を覚える。これが世に言う吊り橋効果というやつか。コシンジュはその思いを振り切るように首を振り続けた。


「し、心臓がもたない……」


 文字通り心停止を覚悟しながら、コシンジュはヴィーシャの真横を歩く。

 緊張のしすぎで歩幅を小さくして急ぎ足という奇妙な歩き方をする。


「ちょっ、ちょっと……! その歩き方、ウ、ウケるっ……!」


 ヴィーシャはクスクス笑う。コシンジュはちらりとにらみつけたが、なぜか彼女は笑うのをやめてまっすぐ前に見入る。

 コシンジュも同じ場所に目を向けるが、前方は突きあたりでT字路になっていた。


「この先で息をひそめて待ち構えている可能性もあるわね」

「うぅっ、やめろよぉ。そんな心臓に悪すぎること言うなよぉ……」


 ヴィーシャはふところから短銃を取り出して銃口を上に向けた。


「ヴィーシャァ~、幽霊相手に銃なんか効かねえよぉ……」

「武器を構えなさいって。いざという時はあんたの棍棒が頼りよ」


 コシンジュは両足を引きずるようにしてゆっくり進む。ヴィーシャもさすがに忍び足になり、同じ速度でゆっくり進む。

 そのうちに彼女が壁に張り付いた。そしてコシンジュに向かってアゴでしゃくる。コシンジュも仕方なく壁に寄りそい、ヴィーシャにあわせて角の手前で立ち止まった。


 ヴィーシャはこちらに向かって3本の指をたてた。カウントダウンらしい。コシンジュはうなずく代わりにごくりとツバを飲み込んだ。

 指がひとつずつ折り曲げられていく。コシンジュは覚悟を決め、指がすべて折られたところで武器を振りかぶって角の先へと進み出た。

 すると目の前はなにもない真っ暗闇だった。何もないのがかえって怖くてコシンジュはビビりまくった。


「フゥ。よかった、何もなかった。そっちも何もなかっただろ?」


 振り返ったそのとき、ヴィーシャは何も言わず反対側を見つめたままだった。


「ヴィ、ヴィーシャさん……?」


 緊張ぎみに答えると、彼女はちらりとこちらを向いて小さい言葉でしゃべった。


「何かが向こうを横切った。例の奴はあっちにいるよ」


 コシンジュは苦笑いしそこなったような変な顔になった。

 それを見たヴィーシャは一瞬噴き出し、そしてすぐに真顔になる。


「はやくこっちに来て!」


 コシンジュは両足を引きずり、しぶしぶヴィーシャの横に立った。

 奥はたいまつの火が届かないほど暗い。


「広間に出るみたいね。気を引き締めていきましょ」


 コシンジュ達はゆっくりと前に進む。目をこらすと廊下は途中で開け、あとはただただ真っ暗な空間が広がっていた。


 全身が拒否反応を起こす。信じられないほど時間感覚が長くなりながら、やっとの思いで広間の目の前までたどり着いた。ヴィーシャが先ほどのように壁に張り付き、コシンジュも従う。もう一度3カウントを取りながら、0のところで両者一斉に武器を構えて前に進み出た。


 コシンジュは息が止まりそうになった。円形の広場のあちこちに、倒れている人型の物体を発見したのだ。あわてて両手の持ち物を落としそうになり、何とか体勢を持ち直す。


「たいまつ貸して」


 コシンジュは言われる通り片手を突きだした。ヴィーシャはそれをやや乱暴に奪う。

 そしてかがんで人型の前に座りこむと、それにたいまつを向けた。


「ふーん、死体ね。どうやら大昔にここで虐殺(ぎゃくさつ)が起こったみたいね」


 コシンジュは恐る恐るそれをのぞき込むが、次の瞬間もう一度心臓が止まりそうになった。


「おい、なんでこの死体、白骨化してないんだ?」


 コシンジュがおどろいたのは、今まで遭遇したのは散らばった白骨死体だったのに、そこに会ったのは干からびたミイラだったからだ。

 しかも完全には干からびていないようにも見える。


 しかしそんな妙な事態にもヴィーシャは緊張感のない口ぶりでこちらに話しかけてきた。


「ここはほかの部屋と違ってちょっと涼しいみたいね。

 ただ単に腐敗(ふはい)の進行が遅くてまだ原形が残っているだけじゃない?」

「にしたって、この国が滅んだのは100年以上も前のことなんだろ?

 いい加減骨だけになってもおかしくないんじゃないのか?」


 コシンジュはほかの死体に目を向けた。そして人差し指を突きつける。


「この死体照らしてみろ!」


 ヴィーシャが言われたとおりにすると、その死体も原形をとどめていた。

 しかしその質感はまだ生々しく、よく見ると何かがうごめいている。コシンジュがのぞき込むと、すぐに顔をあげて口をおさえた。


「うぷぅっ! こいつ……ウジがわいてやがるっ!」


 同じ光景を見たヴィーシャもこれは苦手らしく、口をおさえてモゴモゴとつぶやく。


「うっ、なんて光景見せるのよ。でも確かに言われてみればおかしいわね」


 ヴィーシャはたいまつを前にかざし、横に移動させていった。しかし真ん中を通り過ぎた時点でたいまつが急に戻る。


 そこは別の広間に続いているらしいが、崩れてガレキで完全にふさがれていた。


 しかしコシンジュとヴィーシャはたしかに見た。

 赤い光で見分けがつきにくいが、それはまるで人の形をしているように見える。しかも立った状態で……


「なんなの……あれ……?」


 ヴィーシャもさすがに緊張した声になる。コシンジュはしきりに首をかしげる。しかもかなりぎこちなく。


「さ、さあ。ななな、なんだろ、あれ……」


 ヴィーシャは立ち上がり、ゆっくりと近寄る。コシンジュは引き留めようとして腕を出したが届かない。

 仕方なく彼女より遅いスピードで同じ方向に進む。


 部屋の真ん中まで移動したとき、ヴィーシャは足を止めた。コシンジュも少し後ろで止まる。


「ど、どうしたんだよヴィーシャ。もっと近寄らないのかよ……」


 返事はない。少し斜め後ろから見たその表情は、かなりこわばっているように見える。

 コシンジュも同じ方向に目を向ける。


 それもまた、まわりの死体たちと同じようにボロボロの服をまとっていた。

 しかし同じ様相にもかかわらず、そいつはきちんと2本足で立ちあがっているのだ。どことなく力ないが、たしかに地面に立っているのだ。コシンジュはそっと問いかける。


「す、すみません……ど、どなた、ですか……?」


 返事がない。沈黙のなか、コシンジュはヴィーシャを見た。相手もこちらを見るが、緊張しまくった表情は確実に話しかけるつもりはなさそうだ。


 すると、目の前の人型が動いたような気がした。2人はおどろいて前に視線を戻す。そして後悔する。


 人型は、ゆっくりとこちらに向かって振り返ろうとしていた。そして顔をゆっくりこちらに向けようとしている。

 コシンジュは必死に祈り続けた。どうか普通の人間でありますように。絶対絶対に何かの見間違いでありますように。


 その願いはむなしくも打ち砕かれた。

 振り向いたそれは、


 顔の右半分が白骨化した、干からびかけたミイラそのものだった。


 一瞬その場が沈黙した。コシンジュとヴィーシャはあごをカクカクさせる。

 やがて両者から小さい声がもれ始めた。


「「……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」


 張り裂けんばかりの声が部屋中にこだまする。コシンジュは力を失ってその場に腰を落としてしまった。


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」


 完全に腰を抜かしてしまったコシンジュとは違い、ヴィーシャは後ろに2,3歩下がりながらもなんとか自力で立っていた。

 なんとか恐怖を声にしだす。


「こ、こんなのあるわけないっ! こんな奴、いるわけがないっ!」


 確実に死んでいるはずのそれは、力なく両手を前にあげた。

 そしておぼつかない足取りで、ゆっくりとこちらへと進んでくる。


「こ、コシンジュッ! 立つわよっ! こいつ、おそってくるっ!」

「ひ、ひぃっ! む、ムリだっ! 立てねえよぉっっ!」


 ヴィーシャは仕方ないといった調子で、コシンジュのすぐそばまで進んで乱暴に腕をとる。

 引っ張り上げるが、なかなか思うようにいかない。


 そんなヴィーシャの顔が、ある一点で止まった。

 それで振り返ったコシンジュは、その固まった表情にいやな予感を覚えながらも、同じ方向に目を向けた。


 コシンジュの目の前に、がっちりと自分の腕をつかむ死体の姿があった。

 それを見て掴まれた腕に圧力を受けていることに初めて気がついた。


「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」


 思いきり腕を引っ込めると、多少引っ張られながらもなんとかほどくことができた。

 あわてて立ち上がると、まわりで異変が起こっていることに気づく。


 部屋中で動かなくなっていた死体たちが、ゆっくりと、しかし確実に立ちあがろうとした。

 完全にパニックにおちいったコシンジュはブンブン首を振り回してそれを確認する。


「か、かかかっ、かこまれたぁぁぁぁぁっっ!」


 真後ろに立つヴィーシャが向こう側を向いたまま声をかける。


「落ち着きなさいよっっ! どうやらこいつら、たんに死体が動いてるだけみたい!

 だったら棍棒でブチのめせるはずよっ!」

「そんなこといったってぇっ! そんなこといったってぇっっ!」


 こんな不気味なものを殴れるわけがない。それを声に出すことができなかった。


 ヴィーシャが「くそっっ!」と言って、前に進み出てたいまつで歩く死体に殴りかかった。

 勢いよく叩きつけられた死体は大きくのけぞるが、その瞬間にたいまつの火が消えかかってあたりが暗くなりかける。死体もまたゆっくりと元の姿勢に戻る。


「ダメよっ! 本気でやったら真っ暗になる! あんたの棍棒で何とかしなさいよっ!」

「ムリ! ムリムリムリっっ! こんな気持ち悪い連中を殴るなんてオレにはムリっ!」

「ゴタゴタ言うなっ! ウジウジしてたらあたしがそれ奪い取るわよっ!

 そしたらどうなるかわかってんでしょうねっ!」


 コシンジュは急いで呼吸を整え、半ばヤケクソな気分で思い切り棍棒を振りかぶった。


「ぉぉおおおおおわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 閃光。見事目の前の死体は上半身がバラバラになって吹き飛ぶ。残る下半身も力を失って床に倒れた。

 コシンジュはそれを見て、ついでにほかの死体たちにも目を向けた。相変わらず連中はちゅうちょなくこちらへと歩み寄ってくる。

 コシンジュは敵を倒せたことに勇気を得た、というよりは理不尽な状況に怒りをみなぎらせて叫んだ。


「……うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!」


 あとはヤケクソ状態で、次から次へと殴りかかった。いつもは戦士として洗練された動きを見せるコシンジュだが、この時ばかりはかなり乱暴な動きで棍棒を振るいまくる。

 しかしそれでも死体の軍勢は次から次へとなぎ倒されていった。


「……2人ともだいじょうぶっっ!? ってのわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 叫び声に振り返ると、先ほど入ってきた入口でロヒイン達3人がそろって腰を抜かしていた。たいまつをブンブン振って敵をけん制するヴィーシャがどなる。


「あんたらもヘタってないでさっさと片付けなさいよっ!」

「おいっ! 今こいつらにまともに攻撃できてんのはオレだけなんだからな!

 さっさと加勢しないと痛い目にあわせるぞっ!」


 そう言ったコシンジュのすぐ背後に新たな敵が迫る。

 気配を察したコシンジュは「うわぁっ!」と叫びながらあわてて棍棒を叩きつけた。


 吹き飛ぶのを確認してちらりと視線を向けると、3人は立ち上がるのに苦労しているようだった。

 お互い助け合いながらもまったくうまくいっていない。


「まったく何やってんのよっ!」


 叫んだヴィーシャは目の前にいた死体のそばを華麗に回り込み、その背中を「そらよっ!」と言いつつヒールつきの靴でけり上げた。

 おかげでその死体はつんのめりながらもロヒイン達のもとへ向かう。3人は一様に「ひぃっ!」と叫びながらあわてた。


「はやくしろよぉっ!」


 コシンジュが目の前の敵に対処しながらどなりつけると、メウノはあわてた様子でふところから赤いダガーを取り出した。ところがすぐに床に落としてしまう。

 ロヒインがそれを見て「わぁぁぁっっ!」と叫ぶと、メウノは急いでダガーをとり上げようとして、その動きが止まった。動く死体がメウノめがけておそいかかろうとしたからだ。

 メウノは「きゃああああっっ!」と叫びながらもなんとかダガーをとって目をつぶったままその切っ先を突きつけた。

 途端にオーラが現れ、目の前の死体がバラバラに吹き飛んだ。その一部がヴィーシャのわきをすり抜けていき、彼女は3人に向かって振り返った。


「ふざけんなっ! ばっちいじゃないっ!」


 コシンジュはそのスキに彼女のそばまで迫っていた死体をなぎ払った。

 そして前方を確認すると、動く死体はあと3体にまで減っていた。コシンジュはいまだに立ちあがれない仲間たちに向かって叫ぶ。


「おいっ! イサーシュ仕事しろっ! こいつらほとんどオレ1人で片づけてんぞっっ!」


 言われてしぶしぶ立ち上がったイサーシュが、それでも素早い動きで死体の目の前まで詰め寄って背中の剣を取り出して斬りつけた。2,3度斬りつけただけで死体はバラバラに地面に散らばる。

 そうして残りの2体をまたたく間に片づけた。そしてすぐにその場にヒザをつく。


「コシンジュ……こいつは貸しだからな……」

「すげえ、プライドを逆なでてやったらすぐに動いた。さすがイサーシュ」


 コシンジュがつぶやいているあいだに、ヴィーシャがまわりを確認した。

 あたりは手足、そして頭部まで見事にバラバラになった死体であふれかえっていた。


「うわっ、気持ちわるぅ……。でもなんとか片付いたみたいね」

「こんな仕事は2度とごめんだぜっ!」


 コシンジュが手をヒザについて叫んだ。すると背中の部分がガサゴソ動いた。コシンジュは一瞬ビビるがすぐに落ち着いた。


「マドラゴーラっ! 今さら出てきてもおせえぞっ!」

「ふ、ふうっ。いや、だって怖かったんですもん。しょうがないじゃないですか!」

「おいこのクソチューリップ。状況を説明しろ。このタチの悪い現象には魔界は関係あるのか、ないのか」


 ヴィーシャが乱暴に問い詰めると、マドラゴーラはあわてて弁明しだした。


「そ、そう怒らないでくださいよ。魔界に関係あるかはどうか知りませんが、俺が聞く限り、一度死んだ人間を動かしておそわせる、そんな魔法は実際にありますよ」

「そんな。死体をふたたびよみがえらせる、そんな魔法聞いたことがありません」

「タチの悪い魔法ですからね。おとなしく眠っている亡がらを動かすなんて、そんなバチ当たりな魔法はこっちの世界じゃ嫌われているということでしょう。

 ですが魔界だけでなく、戦争の多い南の大陸でも使われている、そんな話を聞いたことがありますよ。『ネクロマンサー』と言って、それを専門にしている魔術師もいるとか」

「いずれにせよ、これは魔法のなせる技、というわけか」


 するとロヒインは急にはっとした顔になった。


「どこかに『使い手』がいるっ!」


 その言葉に全員があたりを見回す。誰もその姿を確認することはできなかったが……


「……その通りだ。しょせん勇者どもにこんなこけおどしは通用しないか」

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