瘴気の謎⑫~ミュルミドネスへ提案~
澄人がミュルミドネスへ賭けに乗らないかという提案をしています。
「わかった……その提案に乗るとしよう……」
「ありがとう……必ず蘇生してやるから、安心してくれ」
俺は礼を言うと、ミュルミドネスを自分の魔力で覆って捕食を行う。
魔力で覆われたミュルミドネスは抵抗するように魔力から抜け出そうとしてくる。
それを手で押さえると、ミュルミドネスが俺の指を小さな手で必死につかんできた。
「私を捕食するのか!? それはしてはいけない!!」
「心配するな、利用するために必ず蘇生する」
「そうではない! 私が消えると——」
ミュルミドネスは何か言いかけていたが、最後まで聞かずに吸収した。
捕食して何のスキルも付与されないことを考えると、ミュルミドネスはほとんどの力を失っていたようだ。
(七色の樹と同じだとするなら、この大樹を切っても意味がないんだろうな……瘴気が噴き出るって言っていたし)
ミュルミドネスの言葉を信じるならば、この黒い大樹を切ったところで意味はない。
黒い森を消滅させることができれば、これ以上瘴気を濃縮されることはないのだろうか。
(大樹じゃなくて、黒い森から消していくか——またかっ!?)
そんなことを思っていると、黒い大樹が俺の思考を遮るように再び激しく脈打ち始めた。
——ブォンッ!!
「うわっと!」
風を切る音を響かせて俺へと迫る黒い生物に対し、反射的に回避行動を取る。
俺の頭上を掠めるようにして、大樹が黒い根を鞭のようにしならせて攻撃してきた。
間一髪避けることができたが、黒い大樹は俺を殺すつもりなのか、執拗に攻撃を繰り返す。
「このぉおおおっ!!」
俺は剣を振り下ろして黒い根を切り払うと、黒い大樹の表面を瘴気が覆い始める。
やがて黒い大樹が黒く染まり、樹皮が漆黒に変化した。
黒い大樹は生きているかのように脈打っており、俺に敵意を持っているように見える。
「ミュルミドネスが言いかけたのはこれか?」
ミュルミドネスを吸収してから、黒い大樹が俺を狙って攻撃をしてきた。
どうやら、ミュルミドネスを取り込んだことで俺を敵と認識したようだ。
俺がそう呟いている間にも、黒い大樹は俺を殺そうと黒い根を伸ばしてくる。
俺は迫りくる黒い根を斬り払い、黒い大樹を見据える。
この黒い大樹を倒すには、やはり黒い森をどうにかする必要がある。
黒い大樹の攻撃を避けつつ、黒い森を見渡すと、周囲の木や草も漆黒に変色していることに気づいた。
どうやらこの黒い大樹を中心にして、濃度の濃い瘴気が集まりつつあるようだ。
(まずいな……瘴気を集められたら植物を切れない……吹き出したら意味がない)
俺はそう思いながら黒い大樹から距離を取り、様子を窺う。
瘴気と一緒に、黒い植物たちを神の一太刀で一掃してしまおうかという考えが頭をよぎる。
(でも……これだけの量を斬ったら、この辺り一帯を吹き飛ばしてしまうかもしれない……)
神の一閃を使えば黒い木々ごと消し飛ばすことはできるだろうが、それをすれば周囲への影響は免れない。
ただ、このまま瘴気が集まっていくのを指をくわえて見ているわけにもいかない。
「まずは切ってから考える!!」
俺は覚悟を決めると、神器の剣を取り出して神の一太刀を放とうとした。
神気に加えて、体力と魔力を注ぎ込もうとしたら、俺は自分の目を疑ってしまった。
「黒い大樹が……増えた……なんで」
突如として黒い大樹が湖の中心以外の場所に現れたのだ。
黒い大樹たちはそれぞれが瘴気を濃縮し、漆黒の幹を持つ巨大な樹木へと変貌していた。
その数は十本以上あり、俺を取り囲むように根を広げている。
黒い大樹に包囲された俺は、身動きが取れずにいた。
(これはさすがに想定外だ……)
突然の出来事に混乱しながらも、冷静に分析しようと思考を巡らせる。
しかし、考える余裕を俺へ与えないように、黒い大樹たちが一斉に根で襲い掛かってきた。
俺は一気に薙ぎ払うために神器の剣を振り上げた。
だが——。
——ブゥウンッ!! ——ドガァアアッ!!!!
俺が動くよりも早く、根が絡まってできた黒い塊が爆発した。
漆黒の瘴気が噴出して視界が塞がれ、爆発音だけが耳に残る。
(これを吸っちゃいけない!)
危険を感じた俺は、口元を腕で覆って吸い込まないようにした。
黒い大樹が明確に俺個人を敵として認識している以上この場に居続けるのは危険だ。
息を止めて煙幕のように広がる黒い瘴気を観察していたら、目の前に赤い画面が表示された。
【緊急ミッション】
はざまの世界から脱出せよ
成功報酬:貢献ポイント
失敗条件:草凪澄人の死亡
説明:高濃度の瘴気によりスキルの使用不可
ミッションの説明が本当なら、この状況下ではざまの世界から脱出せよというのは無茶振りもいいところだ。
通知画面が嘘を表示するわけがなく、ワープはもちろん、雷の翼や空中に足場も作れなかった。
(本当にスキルがなにも発動しない!! こんなことって!! ちくしょう!!)
心の中で愚痴を言いながらも、身一つで黒い大樹から逃げ出す方法を考える。
辛うじて神気は使えるのか、神気による身体能力向上は発動した。
俺が魔力を使って実行するスキルが使えなくなっているようだ。
(これ以上瘴気の濃度が濃くなったら神気も使えなくなる可能性もあるな)
そう考えるとこれ以上瘴気を濃くする行動を避ける必要がある。
瘴気が噴出するかもしれない、神の一太刀による黒い植物の一掃は最後の手段にしておきたい。
(ゲートまで逃げ切って、はざまの世界から出ればいいんだよな)
俺は緊急ミッションを横目で見つつ、黒い大樹たちの様子をうかがい、湖を飛び越えるべく駆け出す。
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