草凪澄人の日常⑦~病室にきたローレン~
澄人が休んでいる病室へローレンさんが現れました。
俺と敵対していることになっている、覇王ギルドのマスターと副マスター。
副マスターのネッドさんに関しては、異界で助けてあげたにもかかわらず、剣を向けて攻撃してこようとした。
そんな相手に手心をかける気になれるわけがなかった。
「はい。おっしゃる通りです……」
そう口にしたローレンさんの顔を見ると、眉を下げた申し訳なさそうな表情をしていた。
何かを言おうとして口を開きかけたところで、言葉を詰まらせている。
「……お礼だけを言いに来たんじゃないですよね?」
「えっとですね……」
本題に入ることができずに悩ませてしまっているローレンさんをジッと見つめていると、頬を指で掻き始めた。
「スミトさんにお話があります」
「……なんですか?」
真剣な眼差しを真っ直ぐにぶつけてきたため、俺は唾を飲込みながら相手を見据えた。
緊張したようにふーっと息を吐きだしたローレンさんは、持っていたビジネスバッグから封筒を取り出す。
「本国大統領に今回の件を相談させていただきました」
「大統領にですか?」
なぜ大統領がでてくるのか意味が分からず、同じセリフを口にして聞き返した。
深刻そうにうなずいたローレンさんは、俺の前に封筒を置く。
「我が国の誠意だと思っていただければ幸いです」
俺が封筒を開ける前にローレンさんが額に汗を浮かべながら口を開く。
封をされている数枚の紙を引き抜き、中身を確認する。
中には、空白の欄がある書類の下部へミミズののたくったような字が書かれている。
「これは?」
「スミトさんの要望を書いていただければ、大統領の名の下に必ず叶えます」
「白紙の小切手ってやつですか……」
覇王ギルドの件にもかかわらず、アメリカの大統領がどの程度保証してくれるのか興味が出た。
俺の興味をそそり、思わず前のめりになってしまった。
「これでジェイソン・ホワイト氏の治療と、ネッドの件を不問にしていただけますか?」
ローレンさんの声で冷静になり、一旦顔を上げて姿勢を元に戻す。
そして一呼吸置いて答えた。
「……ネッドさんの件はいいですけど、ジェイソンさんの治療はヘレンさんたちに許可をもらってください」
ジェイソンさんに迷惑をかけられたのは主にヘレンさんたちだ。
彼女たちがジェイソンさんを許してなければ俺は彼を治療する気はさらさらない。
俺の要求を聞いた瞬間、ピクリと反応したローレンさんが、静かに深々と頭を下げる。
「本当に申し訳なく思っている。彼女らを不愉快にさせた件は直接謝罪した」
「……いたんですか。そうだと思っていましたけど」
ローレンさんの背後から、2メートルを超える巨体を揺らしながら一人の男性が入室してきた。
かつての傲慢さは鳴りを潜め、どこか居心地悪そうな感じをしている。
そんな態度の変化を見せるものの、彼は間違いなく本物のジェイソンさんだ。
(これは誰の差し金だ? こんなタイミングで……まさか……)
俺がこの病院にくるのは今朝決まったことだ。
そんな中でタイミング良くジェイソンさんとローレンさんが揃っているなんて出来すぎている。
ジェイソンさんが現れるとローレンさんが立ち上がり、彼へ寄り添うように立つ。
「きみにも突然襲い掛かって申し訳なかった」
頭を下げるジェイソンさんだったが、今の俺は彼に感謝していた。
何度も実験し、神の祝福を極めさせてくれた相手へ恨みなど持つはずがない。
「気にしていないのでいいですよ。剣と鎧は返さないですけど」
一秒も目を合わせることなく謝罪を受け入れると、二人は驚いた様子を見せた。
少しの間を置いて言葉を発するまで時間がかかってしまったようだった。
二人とも呆然としているので、治療する条件について再度伝えることにする。
「ということで、ヘレンさんたちが良いなら俺が治療します」
二人はお互いの顔を見合わせながら確認するように小刻みにうなずく。
一歩下がったジェイソンさんに代わり、ローレンさんがバッグから別の書類を出した。
「奇跡の癒し手であるアラベラ・マーシュは、自分から彼の治療を行うためにアメリカへ来てくれました」
「本当ですか?」
「はい。ソニア・ヘレンの両名も同行しております」
ローレンさんが差し出した書類は、アラベラさんが受けた依頼書だった。
ジェイソンさんの治療をアラベラさんが依頼され、ソニアさんとヘレンさんの名前も同行者として書かれている。
世界ハンター協会が発行している正式な書類なので、偽造の心配はなさそうだ。
「そういえば、この三人でなにかの依頼を受けていたようでしたけど、これだったんですね」
「ご存じでしたか?」
俺の言葉を聞き、ローレンさんは表情を変えることはなく声音だけが嬉しさを帯びている気がする。
三人がジェイソンさんの治療の依頼を受けたようなので、俺が拒否をする理由もなくなった。
すでに能力の移植についてはやったことがあるため、造作もない。
ただ、以前と同じ水準まで強くはなれないことを念押ししておく必要がある。
「ジェイソンさんのハンターとしての能力を治療しますが、完全には治らないことを承知しておいてください」
「大丈夫だ。もう一度戦えるのなら問題ない」
俺の問いにジェイソンさんが冷静に言葉を返してきた。
その目は欲望に濁っておらず、強い意志を秘めたものを感じ取れる。
これならどんな能力を付与しても問題なく受け入れてくれるだろう。
(一番神格が高い能力を与えようかな……なんか悪いし……)
もともとジェイソンさんが持っていた神格8の能力は使ってしまったため、手持ちにある神格7の能力を使うことにした。
「それでは治療を開始しますね」
「頼んだ」
ジェイソンさんが目を閉じ、ローレンさんたちも静かに見守る中、治療を開始する。
神の祝福を発動し、金色の光がジェイソンさんを包み込む。
神格7の能力をジェイソンさんへ付与すると、ゆっくりと光が失われていく。
数秒で全ての輝きが失われた時に口を開いた。
「終わりました。これで神格の上限が1ではなくなっているはずです」
恐るおそるというふうに自分の体をまさぐっていた彼が急に動きを止める。
そして目を開き、拳を握るとそのまま空へ向かって突き出した。
「ありがとう……これでまた祖国のために戦える……」
天へと伸ばされた右腕を見て、全身へ染み渡るような声で呟く。
心の底から溢れる感情を抑えることができないといった感じの笑みを浮かべていた。
(とりあえず一件落着だな)
そう思い、ローレンさんの方へ視線を移すと、先ほどまでの緊張した面持ちとは違い、穏やかな笑顔を見せていた。
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