戦いの結果⑩~草凪澄人の頼み~
澄人が師匠へ頼みごとをしようとしております。
『はい、もしもし』
「師匠、今お時間よろしいですか?」
俺は師匠へ電話をかけ、今回の件を説明することにした。
じいちゃんから話があったとは思うが、頼み事も伝えるためだ。
『澄人か……二つ名おめでとう』
「ありがとうございます。それでなんですが、ちょっとお願いがありまして……」
俺は言葉を区切り、聞いても良い事なのか躊躇してしまった。
(おそらく俺のやろうとしていることは人道に反するだろう)
世のためと言えば聞こえが良いが、捉え方を間違えば人殺しの補助になってしまう。
人の力では到底及ぶことのできない能力を手にして、俺自身の価値観が変わっていることは自覚している。
それでも、俺は師匠へこの提案をすることを止められなかった。
『どうした?』
「師匠……引退したハンターから能力を抽出して、別のハンターへ移植しようと思うのですが、どう思われますか?
俺は少し間を空けて答えると、電話の向こう側から何も反応がなくなった。
『…………』
電話の向こう側で沈黙が続き、聞こえてくるのは風が木々の葉を揺らす音だけだ。
数秒ほど沈黙が続き、俺は返事を待ち続ける。
「師匠?」
あまりにも反応がないため、俺が再度呼びかけると、師匠の咳払いが聞こえる。
そして、落ち着いた声で話し始めてくれた。
『今の問いかけで、お前が何をしようとしているのかわかってしまった。ジェイソン・ホワイトが姿を消したのはそれが理由だな?』
「そうです。俺が彼から能力を抽出し……輝正くんへ移植しました」
『それで白間の神格上限が8になっていたのか……』
「はい」
今、師匠に隠し事をしても意味がないと考え、正直に話すことにした。
『抽出できるのは神格だけか? スキルは?』
「試していませんが、おそらく可能です」
『……そうか……そうなのか』
俺の返答を聞いて、師匠は動揺したように声を震わせた。
何かを考え込んでいるようで返事をしてくれない。
俺はもう一度質問をするために口を開く。
「それで、この案についてどう思いますか?」
俺がそう聞くと、師匠は深く息を吐いてからゆっくりと話し始めた。
『どうしてワシへ相談をしたんだ? お前が黙っていれば隠し通すこともできるだろう?」
「俺が移植しようとしている候補が全員草根高校の生徒だからです」
『抽出も移植も強制はしない……それを守ればワシは澄人を守ろう」
師匠が静かにそう言い、俺の言葉を肯定してくれた。
「わかりました。では、これから動きたいと思います」
『ああ、わかった。だが、決して話を漏らすなよ? 世界に激震が走る羽目になるぞ』
「ご忠告ありがとうございます。決して漏らしません」
師匠との通話を終わらせ、俺はスマホを耳から離した。
それから俺はリストを作ってくれているであろう夏さんに会うため、聖奈への返事を打つ。
【俺もアジトで寝ようかな。必要なものはある?】
俺が送信すると、すぐに既読が付き、返事が返ってくる。
【着替えと歯ブラシがあれば大丈夫だよ。お兄ちゃんのクタクタになっていたから捨てちゃったんだって】
【了解】
スマホをポケットへ入れ、聖奈に言われた物を買うために歩き出す。
(何人か抽出の候補がいればいいんだけど……)
俺の頭の中は能力移植のことでいっぱいになった。
◆◆◆
澄人が家から出るのを見送った後、居間に残された役員たちは気まずい沈黙に包まれていた。
「……会長。彼は何とおっしゃっていましたか?」
沈黙を破ったのはジェイソン・ホワイトの治療を希望しているローレン・ライヤーで、ワシを見つめながら尋ねてきた。
「彼は忖度をしないで自分の受けたい依頼だけを受注すると言っていた」
「……それだけですか?」
ワシの発言を聞いたローレンは目を大きく見開き、信じられないとでもいうような表情を浮かべる。
その態度を見た他の役員たちは落胆し、肩を落としてしまった。
「月に一回以上の依頼を受けると言ってくれた。ローレンよ、今はそれで——」
「そんなことわかっております! ただ、私は彼から依頼を受けてもらえる確約が欲しいのです!!」
「む、むぅ……」
ローレンの剣幕に押されてしまい、思わず口をつぐんでしまった。
ローレンは目に涙を溜めて、怒りの感情をぶつけてくる。
「あなたはあの少年のことをわかっていない!! ジェイソン・ホワイトは我が国の誇りなのです!! それが——」
ローレンがそこまで言ったところで、ワシの背後から大きな音が聞こえた。
振り返ると、先ほどまで黙っていた横に座るケビンがテーブルを叩きつけたようだ。
「お前の依頼だけが急務なわけではない。ここにいる皆が同じような事情を抱えているのだ」
「ですが!」
「救世主を怒らせたのはジェイソン本人だろう? 本気で彼が治してくれると思っているのか?」
ケビンの静かな怒りの声が響き渡り、ローレンは口をつぐみ、俯いてしまう。
ケビンはワシの方を見て頭を下げる。
「すみません。この度は会長の手を煩わせてしまって……」
「構わん。おそらくここにいる誰が来ても、話を聞いてもらえなかったじゃろう」
澄人はワシが持つ【破壊王】の二つ名を襲名するために、異例な臨時世界ハンター会議を開かせたと聞いた。
ワシが生きている以上、この二つ名を継承するという澄人の目的が果たされることはない。
それで急遽澄人の二つ名を会議で提案したものの、やはりまったく喜んでいなかった。
(ワシ以外が伝えに来たら二つ名も要らないと言いそうな雰囲気だったな)
ワシは澄人のことを考え、苦笑いをしながら首を左右に振る。
「それで、ローレン、ジェイソンの容態はどうなんだ?」
「……それは……その……」
ケビンが尋ねると、ローレンは言葉を詰まらせ、言いにくそうにしていた。
その対応に、ケビンはジッと彼女を見つめたまま目を細める。
「命に……別状はありません。ただ……回復の兆しが見えないだけです」
「癒し手を持つアラベラを派遣したじゃないか。それでも治らないのか?」
「……はい」
「……そうか」
ローレンは下唇を噛みしめ、悔しそうに拳を握っていた。
それを見たケビンは眉間にしわを寄せ、天井を見上げる。
アラベラはジェイソン・ホワイトの治療を世界ハンター協会から秘密裏に依頼されていた。
ヘレンやソニアは依頼に反対していたものの、病人を放っておけないというアラベラの言葉に渋々了承したらしい。
その話を皮切りに、ワシへ訴えるように各国の役員が依頼についての現状を語り始める。
各国の役員が口を開くたびに空気が重くなり、誰も彼もが暗い顔をしてうつむいていく。
(今日は帰ってくるんじゃないぞ……)
この雰囲気の中、ワシは澄人たちがこの家に帰ってこないことを祈った。
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