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7.1

*真琴視点に戻ります


春樹の家にお見舞いにいって、翌日。

いつも通り家を出るといきなり春樹がいてびっくりした。

うちの塀にもたれ掛かっていて、私の姿を確認すると体を起こしてこちらに来る。


「え、あれ…お、おはよう」


「病み上がりを外で待たせてんじゃねーよ」


そう言ってごく自然に私の手を取る、掌を大きな手で包まれた。いつものように無理矢理手首でも掴めばいいものを、こうされるとどうしたらいいか分からない。困る、すごく困る。恥ずかしい。

というか、なんで私の家を知ってるんだ…。前も思ったけど、教えたことないよね。なんでだ。だけど色々な意味で恐ろしくて聞くに聞けない。


「いや、春樹が来る必要はないんじゃないかな…」


こんな風に待たれていたら親に見つかるのが恐い。今日だって父が気まぐれに早く出勤しようしてたら遭遇してもおかしくない。


「なら真琴が来るの?八時前には来ればいいから」


「え…どう」


「決定な」


どうしてそうなる、と言おうとしたらもう決定されてた。しかも八時前とか、殺す気か。

私が戦慄していると春樹の顔との距離がなんか近い気配がしてそのまま額になにか温かいものがくっ付いて離れた。見上げると春樹が妙に上機嫌そうに口端を上げている。

春樹が変だ。

いままでだってとてもまともじゃなかったけど、それでも今日の春樹はおかしい。

まだ体の調子が悪いんだろうか。昨日大分具合が悪そうだったし。


「ほんとに体大丈夫?無理して来なくていいんだよ」


言うと何故か春樹の頬に朱がのぼる。

なんで照れる。そして、そんな顔されたら私も恥ずかしくなってしまう。


「もう熱は下がってるし…お前に会わないほうが無理」


やっぱおかしいよ。何かおかしいよ、そんな言葉を口走る訳ないもの。

いや、おかしいのは私なんだろうか。

私の頭がおかしくなってへんな幻聴が聞こえるようになってしまった?

あるいは新しい春樹の嫌がらせなのか。

そんな態度をされて悶絶させてあとで思いっきり陥れるとかそういう嫌がらせなのか。

なら、下手に動揺した様子を見せないほうがいいのだろう。


「良かった。私も春樹に会いたかったから元気になって嬉しいよ」


平静を装って軽く受け流したつもりで春樹に言い返せば、なんでさらに顔が赤くなっているんだ。必然的に私の顔にも熱が集中しだす。


「………」


「………」


そしてなんで黙る。私がすごく恥ずかしいことを言っちゃったみたいじゃないか。

この微妙な雰囲気もなにこれ。困る、すごく困る。

助けて、痒い、なんか痒い。無性に恥ずかしい。

悪かったから、私が悪かった。謝るからもう許してください。


春樹はそのまま無言で歩き出し、私もそれに付いていく。終始会話はなくいつもとはまた違った居心地の悪い雰囲気がそこに漂っていた。無性に緊張して手汗をびっしょりかいてしまって手を外して欲しいと思ったが、いつもなら文句の一つや二つ言いそうなものなのに春樹は何故かそのことには言及せず教室で別れるまで手を離さなかった。





「須藤さぁ、それは私の机であって椅子ではないんだけれども」


そして私は英語の予習をしているんだけれども。

休み時間になると、気付けば須藤は当たり前のように私の机に尻を置いている。尻が曲がるって教えられなかったのか。


「えー、何?聞こえなーい」


須藤がにやにやしながら私を見下ろしている。

絶対聞こえているだろ、お前。なにどいつもこいつも私に嫌がらせしようとするのか。


「大体予習なんて家でやってくるもんじゃない。英語次の時間だし、今更やっても間に合わないわよ、大人しく授業で当てられないように祈っときなさいよ」


「なに、優等生ぶって…」


「あんたが怠け者過ぎんのよ」


びし、と人差し指を向けられて四の五の言えない。まさにその通り、大正解。

だけど少し言い訳すると昨日は予習なんぞする余裕がなかったのだ。いや、精神的余裕が。

昨日は春樹の家にいって色々お見舞いにいって、そしてそこでうっかり寝こけてしまって長居をしてしまった。まぁ、その程度のことがあったに過ぎないんだが…


――――約束破ったこと絶対忘れてやらない。裏切り者、お前なんか嫌いだ。


あの時、ずっと昔に私がいったバカみたいな言葉を春樹はずっと信じていたんだろうか。

とっくにそんなもの忘れていると思っていた。信じていたなら、私が転校していったあの日春樹はどんな気持ちだったのだろう。

春樹が言ったように私は裏切り者だ。春樹がその言葉をまだ信じて約束を守るように自分かわいさに春樹の気持ちを踏みにじったことになる。


――――今後一切俺から離れようとしたら絶対に許さない。


そして、そんなことも言った。

それってどういう意味だ。今後ってなんだ。いつまでだ、高校まで?でも、なんとなくニュアンスが違っていたような。もしかして、この先ずっと?ずっとこのまま恋人のふりをしておけと、そういうことなのか。

そんな、困る。

正直止めて欲しい。

そんな関係痛すぎる。こんな利用とか脅しとかそんなもので成り立っている関係なんて今すぐ止めたいくらいだ。

私が欲しいのはもっとこう…

というか、何を言おうとしてるんだ、私は!うわあああああ。


…ってなって、悶々としていた。自分の部屋で床をローリングしていたら、部屋のドアを少し開けてこちらを不審げに見ている母と目が合った。最悪だ。


「もしもーし、あんた大丈夫?なんか脳内トリップしてない?」


「え?あ…大丈夫、大丈夫」


頭をノックしないで下さい。中手骨が当たって微妙に痛いです。


「ぼーっとしてんのもほどほどにしときなさいよ。もう少しでテストなんだから少しは勉強に身をいれなさい」


「ハハ、須藤お母さんみたい………あ、そうだテストあるんだった…」


忘れてた。やばい全然頭になかった。

考えてみたらテストまで2週間ない。学内の掲示板にテスト範囲が貼られているというのを聞いただけでまだメモしに行ってない。

勉強しなきゃ。今から勉強しないとちょっとまずい、特に数学と化学。

でも、あれだ。一人でいて勉強しようとして私がするはずがない。分かんなくなって息抜きにと漫画を読んで、もう二度と机に戻らない可能性大だ。

しかもノートは所々寝そうになり解読不可な部分がある、一人じゃとても勉強できない。


「す、須藤…」


「なっ何よその媚び諂った顔は!情けない顔してんじゃないわよっ」


…私的にアイ○ルのCMのくぅーちゃん(ネタが古い)をイメージしたんだけど。



■■■■



「真琴」


四時間目終了のチャイムが鳴り、弁当を持って廊下を歩いていると春樹に遭遇した。それは来るのは別に不思議ではないけど、当然のように手を繋ぐのはどうかと思う。今朝、あんな雰囲気になって気まずいと思ってるのは私だけなんだろうか。


「今日はあいつらがいない所にいくぞ」


そしてそのままずんずん歩き出す。

あいつら?と思ったが大体思い当たった。多分篠原と井澤さんのことだろう。


「え、なんで」


春樹に追いつこうと慌しく歩きながら聞くと、春樹がちらりと此方を向いた。歩くスピードが緩やかになった。


「……から」


「え、ごめん良く聞こえない」


切れ長の目が吊り上っていくのを確認して怒ったのか、と気付く。なにがいけなかったのか考えていると春樹が口を開いた。


「真琴と二人きりになりたかったからだ。こう言えば満足か!」


怒鳴るようにさっさと言い捨てて、そう言って反対側に顔を向けた。その耳が赤い。


「は、はは…」


なにをおっしゃっているんでしょう、ははは。なんだろう、やっぱりよく分かりません。

その嫌がらせはまだ続いているのか。もう勘弁してください。

もう無理ですから。心臓持ちませんから。


「なに笑ってんだよ」


ふいに顔に手を押し付けられる。多分春樹のもう片方の手が。


「熱っ…」


そう言って一瞬手を離して今度は頬に掌が添えられた。


「すげー赤い…林檎みたい」


止めてほしい。ひー、と泣きそうになる。

慣れてないから、そういの慣れてないから。だって恋愛経験値ゼロ女だから。冗談でも見分けがつかずに本気で反応してしまうから。

春樹もそんな見たこと無いような優しい笑顔をしないでほしい。

そしてそのまま春樹の顔がこちらに降りてくる。恥ずかしさで死にそうになりながら私も顔を上げた。

う、これは…これは…



「はーい、お二人さんイチャコラするのは勝手だけどここ廊下のど真ん中だから」



その言葉にはっと我に返ってとっさに春樹の顔を押しのけた。


「篠原…」


一体いつからいたのだろう、振り返ると見慣れた明るい髪の眼鏡をかけた男子が立っていた。

というか篠原の言うとおり私達は公衆の面前でなんてことをしようとしていたんだ。とんだ赤っ恥を晒すところだった。あまり人がいない廊下まで来ていたけどそれでも先程から人は何人か通り過ぎている。公開処刑なんぞ一度きりでいい。完全に変な雰囲気に呑まれていた。なにそれ恐い、今後は気をつけないと。


「新垣ーっ」


どすっと小さいものが春樹の腰あたりにぶつかって行くのが見えた。春樹が珍しく避けられず、衝撃をもろにくらって軽くよろめいていた。


「井澤さんも…」


この人は本当元気が有り余ってるなぁ…。


「風邪引いて休んだって聞いたけど、体大丈夫?ほんとに直ったの?」


「べたべた触るな、離れろ」


相変わらずな井澤さんと春樹の様子をみて、篠原があははと軽く笑い声を上げていた。


「ごめんね、二人が遅いから探しに来ちゃった。邪魔しちゃったようでごめん」


「い、いや邪魔なんて!」


あやうく黒歴史残す所だったし、むしろ感謝したいくらいだ。

私の答えに、そう、と篠原はへらりといつものようにふやけたように顔を崩した。


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