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6.3

小学校に入学して、また新しい環境の中に放り込まれた。

群がってくる奴等がいたけど、別に仲良くするつもりはなかった。学校の教師に言われた通り、友達をたくさんつくってお勉強をしましょう、とするつもりがなかった。

真琴がいるから、別に他の誰かは必要なかった。他の誰かとつながりを持つことで真琴との関係が希釈されるのが嫌だった。

余計なのはいらない。たった一人、それだけしかいらない。代用もできない。だから、他の誰とも馴れ合う気が起きなかった。


真琴が誰かと仲良くなったりしないように、片時も離れず監視していた。男女問わず誰かと親しくなりそうなら全力で邪魔をした。

真琴のために友達をつくらせてやろうとは思えなかった。そんなもの、いらない。

だって真琴には俺がいるから。俺がいるから、それ以上に他と親しくなる必要なんてない。

クマゴローはもういらない。

また、真琴がそんなものを拾ってきたら今度は切り刻んでゴミ箱に捨ててしまおう。


意外にも真琴は俺のすることに抵抗らしい抵抗はしなかった。

やりたいことのためには駄々をこね泣いてまでしてでも引かないような奴のはずだったのに。単純に少し精神面が成長したのか。やり易いから、それならそれでもいい。

若しくは真琴の方も俺と同じ事を考えているのかもしれないと思った。

それだったらどんなにいいだろう。


そういえば、いつのまにか真琴に強引に引き連れられることがなくなっていた。

真琴が俺を振り回すことがなくなった、あれやろうこれやってと俺の後を追ってきたりしなくなっていた。

そうされるのが嬉しかったはずなのに、いままで気が付かなかった。

それに、近頃真琴が笑っている所を見たことが無い気がする。


元気がない。以前よりずっと。

いじめてみても反応が薄い。これではつまらない。何の楽しみも見いだせない。


最初は風邪を引いているのかと思った、それにしては期間が長いし、おばさんに聞いても別に元気だという。本人も別になんでもないと言う。

でも明らかに違う。それだけは分かっていた。



「あ」


あるとき、朝学校に来て真琴が靴箱の前で声をあげた。

真琴はそのまま固まっててただ自分の靴箱を見つめていた。


「なに?」


俺がそれを覗き込むと真琴の肩が大きく震えた。

そして靴箱を隠そうと俺の前に立ちはだかる。その様子に微妙に腹が立ったので、力ずくで真琴を引きはがした。

真琴の靴箱を見てみると、そこには何にもなかった。

少なくとも中靴が入ってるはずなのに、何も入ってなかった。


「靴、忘れてきちゃった」


真琴はそういって誤魔化そうとした。

本当の事を隠そうとする態度が気に入らない。


「いつ、中靴なんて持って帰ったんだよ」


言えば真琴は気まずげに黙る。

真琴は嘘が下手だ。なんでもすぐ顔に出る。さっきだって目が泳いでいた。


「で?犯人に心当たりあるの」


聞くと真琴は散々黙りこくった上に、しばらくしてか細い声で、ない、と答えた。

本当に真琴は嘘をつき通す気があるのか、甚だ疑問だ。


「誰?」


「だから知らないって」


それでもシラをきろうとするから。その首に手をかけてちょっと力をかけてやった。

そうすれば、真琴は口を閉じて眉をハの字にする。助けを請うような目でこっちを見る。

また例の歪んだ悦びが鎌首をもたげる。


「で、どこの誰が真琴の靴を持って行ったの?」


「た、多分……エリカちゃんたち」


名前に聞き覚えがあった。

たしか同じクラスの女子の名前。たち、という事は犯人は複数か。

真っ先に一人の名前がでるとはよっぽど確信があるんだろう。


「でも、違うかもしれないからね!現場見てないし」


なんで容疑者をそんなに庇うのか分からない。

もしかして、何かしらの感情を持っているのだろうか。そいつらの仲間にでもなりたいと思っているのだろうか。

そんなものは増々許しがたかった。


「いつまで靴下でいるの?さっさと職員室でスリッパ貸してもらいに行けば」


「うん…何にもしちゃだめだよ?」


そう言って真琴は一人歩いていった。

何もしちゃだめ?そんな言葉くらいで俺を制限できると思っているなら大間違い。

何にもしないわけがなかった。

俺が見てない所で、真琴がそいつらにいじめられているのかもしれなかった。

真琴が最近元気がないのはそのせいだったのかもしれない。

そんなことのせいで真琴が落ち込んでいる。


嫌だった、不快だった。

俺以外の誰かが真琴をに危害を与えているのは。

自分は真琴をいたぶって愉しんでいるのに、それが他の誰かに置き換わったら途端に怒りに変わる。

嬉しいのも悲しいのも、真琴は俺のためだけに感情の振れ幅を動かすべきだ。

本気でそんなことを考えていた。


教室に入ってすぐ、真琴が言っていた女子の方に向かう。

一人ではなかったが、別に気にしなかった。

呼んだら、周りを囲まれた。それが鬱陶しい。


「ねぇ、靴返してくれない?」


単刀直入に言えば、女子達は一転して顔色が変わった。


「あたしたちじゃないよ。真琴ちゃんの靴取った証拠なんてないじゃん!」


「だれが真琴っていった?俺ただ靴返してって言っただけなのに」


「あ…」


簡単なはったり。こんなのに引っかかるなんて馬鹿。

案の定、そのまま黙ってしまった。そのままぐずぐずしているのが苛々する。


「で、どこにあるの」


教師にばれないくらいには強行な手段に出てもいいと思った。


「…ま、真琴ちゃんが悪いんだもん!」


聞いてもないのにそんな事を言い出した。



「春樹君を独り占めしているから!あたし達だって春樹君と仲良くなりたいのに」



そこで俺がでてくるとは。

そしてその言いぐさが気にくわない。


独り占め?

俺が皆のものでなきゃいけない理由なんてないだろう。

皆に共有されなきゃいけない玩具じゃない。

俺は俺だけのもので、真琴の傍にいるのは俺がそうしたいからだ。

こんな奴らに絶対近づきたくないと思った。


しかし、俺が原因だということもある。

俺がこいつらに歩み寄れば、真琴に危害を加えたりしなくなるかもしれない。

ただ今止めろと言っても聞かない可能性が高い。強行手段も一歩間違えれば自分の立場を危うくする。


だから、仮面を被ることにした。

自分の気持ちを抑えて、何も感じないようにする、そんな仮面。

そうして、その仮面を被ってしたくないことまでした。

好意的に見える笑顔を張り付けて、奴らの要求に応えた。

『皆の春樹君』になることにした。



そうすることで真琴がまた前のように戻ると信じていた。


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