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6.2


真琴とは毎日遊んでいた。


家に帰らなければいけなくなるまでいつでも一緒にいた。それどころか真琴の家に頻繁に上り込んでご飯をごちそうになったりもした。


真琴といると嬉しくて胸が温かい、たぶん幸せとはこういうものだと思った。


遠くまで行くのは勇気が要ったけれど、行ってみるとできることが広がっていた。母親に知られるのが怖くもあったけれど、真琴がいれば何があっても耐えられると思った。あんなに怖がって怒らせないよう用心していたのに。

いつの間にか、それくらい俺は真琴に依存していた。



真琴と一緒に居れば満たされていたけど、それでもいつでも不安があった。


いつ真琴に飽きられるんだろうと怖かった。使わなくなったおもちゃを捨てるみたいに、もしかしたら自分も捨てられてもう見向きもされなくなるんじゃないのかと不安だった。

真琴だって、いつか母親みたいに自分を邪魔者だと思うかもしれない。

いつでも一緒にいて守ってくれるといった真琴の言葉を信じていたが、それでも尚不安の芽は摘むことできなかった。


だけど、いくら不安でもそのために真琴に媚びることができなかった。

つい思っていることと逆のことを言ったり突き放したりしてしまって、自分でやったことのくせに嫌われたのではないかとまた不安になってしまう。

すぐに縋り付いて捨てないでと懇願したくなるがいざとなるとできない。くだらない所だけ似るものでプライドばかり高い。縋れば真琴はもう完全に俺から離れたりしなくなることも嫌いになれなくなることも分かっていたのに。





ある時、真琴はくまのぬいぐるみを抱えてきた。


親戚からもらったものらしい。白い毛並の、片腕で抱えられるような小さいサイズのもので、いかにも女の子が好きそうなものだった。

真琴はそのぬいぐるみがいたく気に入ったようで毎日のようにそれを抱きしめているようになった。名前をつけて、話しかけて、ままごとをしていた。とにかくずっと手から離していないようだった。生きてなんかない人形ごときに向けるには勿体ないほどの愛情をそのぬいぐるみは真琴から注がれていた。


「へんなの。ただのぬいぐるみに話しかけてるなんてバカみたい」


「クマゴローはただのぬいぐるみじゃないもん。あたしのお友達だし」


馬鹿にしても、真琴はどこ吹く風でぬいぐるみをぎゅうと抱きしめた。

苛々した、なんでか。

ぬいぐるみのくせに、と思った。ただのモノのくせに、おもちゃのくせに。

真琴の関心を独占して気にくわない。本来ならその関心は自分だけに向けられるのに。

そう思ったら、真琴がそのぬいぐるみを抱きしめてるのさえ不快に思えた。

なんで、そんな不細工なぬいぐるみが自分より真琴に好かれている?

だってそれはどんなに話しかけても喋りもしないし、抱きしめていたって温かくもない。つまらないものだろう。だから、


そんなものいらない


このままだとこのぬいぐるみに真琴を取られると思った。

そんなのは絶対に嫌だった。絶対に許しがたいことだった。

大丈夫、真琴には俺がいるから。

こんなクマのぬいぐるみ一体いなくなったところで寂しくなんかならない。


「ねぇ、それ貸して」


真琴の頭の隣にあるクマを指さした。


「それってクマゴロー?」


何にも知らない真琴は無邪気に首を傾げた。


「そう、それ。クマゴロー」


答えると、真琴は「いいよー」と簡単に俺にぬいぐるみを手渡した。

それを受け取ってぬいぐるみの頭部をみた。丁度首の所に縫い目があった。



そして真琴の目の前でそれを引きちぎった。



ぬいぐるみの綿が地面に落ちていくのを見ていた。

ほら、やっぱり綿しか詰まっていないつまらないものだった。

お前が友達だと言っていたのはこんなものなんだ、と言いたくて真琴の方を見ると、真琴はその目いっぱいに涙を溜めていた。

今にもぼろぼろとこぼれおちそうなそれに今度は目を奪われる。


真琴が泣いている。


なんで?


クマゴローが引きちぎられたから。


誰が?


俺が引きちぎった。この手で。今さっき。


じゃあ、真琴が泣いているのは俺のせい?


俺のせいで悲しい?


俺が真琴を悲しくさせたの?



そう理解した瞬間、俺は笑っていた。


どうしようもないくらいの愉悦。

それこそ大声で笑いだしたくなるような、圧倒的な悦び。

どんなものより強い快楽。


真琴を苦しめたり悲しませたりするつもりなんてなかった。

別に真琴を苛めたかったわけでもないし、嫌いな訳でもない。

むしろ真琴は大事だと思っていた。

だけど、いざ真琴を泣かせたらそれが嬉しくて仕方がない。


「こんなに簡単に破けるなんて、これ安物なんじゃない?」


笑って、頭を真琴に向かって投げる。

胴体部分から手を引きちぎり、綿を辺りにまき散らした。復元なんかできないように。

そうしたら、真琴の頬から滴が零れて膝を折って泣き出した。

その泣き声が心地よいと思った。

自分がしたことによって真琴が泣いている、そう思うと子供ながら電流が背中をかけめぐるようなゾクゾクとした感覚を受容した。


たしかに歪んでいる。


今となってはそうだと分かるが、当時の俺はそう思わなかったしその快楽に耐えることができなかった。

真琴に見向きもされなくなってしまうのではないかという不安もその時は感じなかった。


まるで麻薬のように俺はその快楽に夢中になった。


その日から俺は真琴を悲しませるのに全力を注いだ。

思いつく限りの暴言を吐いて、真琴が嫌がりそうなことばかりした。

泣くのを我慢している顔、悲しそうな顔、怯えている顔全部目に焼き付けた。


真琴は泣くが、怒りはしなかった。俺と縁を切ったりもしなかった。

俺がどんなことをしても、次の日にはいつもと変わらず俺の後をついて回ってくれた。

それが可愛いと思ったし、嬉しかった。


不思議なことで、他の誰を泣かせても同じようなことは思わなかった。ただ泣き声がうるさいと思うだけ。

真琴だけだった。真琴が俺の悦びの素だった。

歳をとる度に、真琴が嫌がることがさらに分かるようになりそれは執拗になっていった。


感覚は知らないうちに麻痺していった。

その関係に何の疑問も持たなくなかった。

それどころか一生このままでいればいいと願っていた。


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