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4.3


思っていたよりはやく篠原は新聞部部室に来た。

助かった、いつまでも私がうろうろしていたら完全に不審者だ。


「何やってるの、島崎ちゃん」


明るい色の長髪を後ろで括って、眼鏡で顔には胡散臭い笑顔を張り付けている。篠原は別段いつもと変わった所はない。

正直に言えば篠原ともあまり会いたくなかった。

大抵にやにやしていて何か企んでいそうだし、人を見透かしたことばかりいう。この間も篠原の発言で思い出したくないことを思い出してしまった。

しかし、そうも言ってられない。


「ちょっと話したい事あるんだけどいいかな」


「うん、いいけどちょっとどっか入ろうか」


篠原がごく自然に私の手を引いて部室の廊下を挟んで斜め向かいの進路資料室に入った。


「島崎ちゃんさぁ、新垣君と別れたとか人に言ったでしょ」


入ってすぐ、篠原がそんな事を言った。

篠原の言葉に、そういえば須藤にそんなことをいったと思い出した。


「女子の情報網ってほんとすごいねぇ。もう学校全体に広がっちゃったんじゃないかな。それで新垣君は女子に囲まれ放題。多少は受け流してるんだけど、今まで近寄れなかった反動で全然新垣君の話をきかないの」


「あ…」


自分の発言でそんなことになってしまったと聞くと、さすがに罪悪感が沸く。


「怒ってるよ、かなり。さすがに虐め殺されはしないだろうけど、見つかったらただじゃすまないかもね。と、一応言っておく」


その言葉に罪悪感が恐怖に変換された。

しかし、こうとも思う。勝手に分れたと言ったのは悪かったかなとは思うが、でも最初から私と春樹は本物のそれではなかった。別に私じゃなくていいじゃないか。


「ほかに代用の彼女を作ればいいのに」


そんな事をいうと、笑い飛ばされてしまった。


「まだそんな事いってるの。島崎ちゃんに言われなくても、できたらしてると思うんだけどね。ということは、新垣君が島崎ちゃん以外は嫌だったって事じゃないの」


「私以外、嫌?」


「僕は島崎ちゃんがこのまま逃げてても、新垣君と向き合ってもどっちでもいいと思うけど、少しは新垣君の気持ちを分ろうとしても罰はあたらないんじゃない?」


春樹の気持ちなんて私が分かるわけがない。私と付き合ったのだって嫌がらせの一環だろう。私が石川さん達に虐められてるのを見て愉しんでいたみたいだったし。



「まぁ、それは置いといて。話しって何かな?」


「あの、話っていうかお願いなんだけど」


「うん」


「…井澤さんが石川さんたちに虐められないように見ててくれない?雲行きが怪しくなったら助けたりしてほしいんだけど」


篠原は笑顔を崩さずに「なんで?」と聞いた。その顔がまた何を考えているのか分からない。


「新垣君と今一番近いのって井澤さんだと思うんだよね。だから標的にされやすいんじゃないかと。私のせいでもあるし…」


「はー。お人良しだね、島崎ちゃんは。それに、あの人多分島崎ちゃんのことはもうあんまり考えてないみたいだよ」


別にそんなにお人よしではない。自分のせいで、というのが嫌なだけだ。


「じゃあ、引き受けてくれるってことでいい?」


「ちょっと待った。誰がタダでやるって言った?」


篠原はあたりまえのようにそう言った。

まさか同級生からお金を取る気か。とも思ったが、確かに何も報酬なしでやってくれというのもひどいかもしれないと思いなおした。


「さ、三千円以内なら…」


どうかケチと言わないで欲しい。今月は服を買ってしまってお金がないのだ。

篠原はちょっと吹き出しながら「安すぎるよ、そんなの」と答えた。

じゃあ、どうすればいいんだ。あとはどう考えても篠原が欲しいものを私が持っている気がしない。



「島崎ちゃんのキスでいいよ」



篠原はケロリとした様子でそんな事を宣った。

はぁっ!?と驚きすぎて女子らしくない声が出てしまった。


「そんなに驚くことかな?新垣君とキスしてるでしょ」


…したけど。あれは、なんていうかキスというか捕食行為みたいなものだったというか。

なんか、思い出したら顔が熱くなってきた。


「ディープなやつをしろとは言わないよ、ただ軽くくっ付けてくれるだけでいい。それで島崎ちゃんのお願いを聞いてあげるんだから安い方なんじゃない?」


篠原は私の口が届く位置に屈んでそう言った。

まぁお金がかからないから安いのか。でも。キスって。なんで篠原はそんなものを要求するのか、意味が分からない。だけど、しないと井澤さんが。

雀の涙みたいな勇気を奮って私はつま先立ちになって顔を寄せた。

いいのか、こんなことを篠原にしてしまって。何故か頭に眉間に皺を寄せる春樹の顔が浮かんだ。

春樹の顔を思い出してしまったらもうだめだった。

体から力が抜けてぺたりと床に座り込んでしまった。


「ごめん、悪いけど別のにしてもらえない?」


情けないけどキスはできない。なんとなくどうしてもしてはいけない気がするのだ。


「仕方ないなぁ」


呆れたような物言いで、篠原は私の要求を聞き入れてくれたと思った。

なぜか篠原もしゃがみこんで私の横顔を押さえて、そして。


頬っぺたに何か温かいものが押し付けられた。


それはすぐに離れて、目の前には意地の悪そうに目を細めている篠原と目が合った。


「ごちそうさま」


そう言い残して篠原は立ち上がった。まるで何にもなかったように平然と。

立てる?と聞いてきたのに私が頷くと、篠原は「じゃあ部室戻るから」と淡々と告げて出て行ってしまった。

なんなんだ、あの男は。


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