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4.1

―――島崎ちゃんが逃げてきたのって、本当に新垣君の態度が嫌だったのが理由?



「ねぇ、春樹君。こっちで遊ぼうよ」


「真琴ちゃんといっつも一緒だとつまんないでしょ」



かって誰からも愛されないかわいそうな子供だった春樹は、いつのまにかクラスの人気者になっていた。

クラスだけじゃない、年の割に大人びていた春樹は先生達からも可愛がられ、学級委員をしたりしていた。それをそつなくこなすものだからさらに評価があがり、皆から一目置かれる。


春樹がもう一人っきりにならないようにと思っていた。

だけど、なんで私はこんなに胸がモヤモヤしてるんだろう。


春樹の幸せを喜べない私は性格が悪いのかもしれない。そして、聡い春樹はそのことに気付いていてだから最近は私に優しくしてくれないのかもしれない。いや絶対にそうだ。


とにかく怖かった。


いつか春樹に突き放されてしまうのが。


いつの間にか春樹はいつも側にいてくれて私を分かってくれる大事な存在になっていた。


「良かったね、春樹。モテモテじゃん」


春樹が人気者で嬉しいと思っている、ふりをしたが春樹に睨まれてギクリとした。

やっぱり春樹は鋭い。


「ごめん、真琴がお腹痛いって言ってるから保健室に連れていく所なんだ。もしそのあと時間あったら行くから」


女子の集団にそう答えて、春樹は私を立たせて引っ張るように廊下に向かった。


「あいつらに何か言い返せよ、真琴。つまんないとか言われてるんだぞ」


廊下に出て、春樹はそんな事を言った。

いや、だって本当につまらないだろう。

笑っちゃうような面白いことも言えないし、気を回せるほど頭もよくない、おまけに連れて歩きたいほど可愛くない。


「なんか言えよ、ブス」


何も答えない私に苛ついたのか春樹が暴言を吐いた。


「あのさ」


私には春樹に聞きたいのに聞きたくないことがあった。



「私って、春樹に要る?」



春樹の顔を見て、やっぱりこんな変なことを聞くんじゃなかったと後悔した。

今のなし、と私が言いかけたが、春樹が言葉を発するのには間に合わなかった。



「何いってんの、お前とはそういうのじゃないだろ」



何だか笑えてきてしまう。

最初から、そういうことだったわけだ。

私が春樹を守らなければと思っていたのは、全部私の思い込みだった。結局、ただ私が勝手に春樹に付きまとっていただけだった。


―――島崎ちゃんが逃げてきたのって、本当に新垣君の態度が嫌だったのが理由?


篠原の言葉が延々と脳内で再生されていく。

いやだ、これは違う。何の関係もない。

もう春樹には近付いたりしないから、だから





「……っやめて!!」


はっ、と目を開けると見慣れた天井があった。私の部屋だ。

額に手を当てると、寝汗がひどい。これは朝からシャワーを浴びなければいけない。


「す、ごい嫌な夢…」


ここ最近でトップクラスの嫌な夢かもしれない。

正確にいえば思い出かつ暗黒トラウマ的出来事なだけだ。

せっかく今まで忘れていたのに、うっかり思い出してしまったのは篠原が妙な事を言い出したからだ。


私が春樹から逃げた理由なんて、そんなの最初から変わらない。


そうだ、絶対にそうだ。と自分自身に言い聞かせなければならない程動揺しているのが情けなかった。




■■■■




これは少し前の、春樹と水族館に行った次の日のこと。


私はいつもより大分早めに学校に来た。

私は教室ではなくグラウンドに向かった。


グラウンドにはストレッチをしている集団がいる。その先頭にお目当ての人物がいたので、陸上部だと分かった。


だが、見つけたものの声を気軽にかけていい雰囲気じゃない。どうしようかと思っているとふいに後ろに振り向いた井澤さんと目が合う。


「あとは各自やること」


井澤さんはそう部員の人達に言って、こちらに来てくれた。


「おはよう、真琴」


「おはよう井澤さん…すごいね、こんな朝早くから練習してるんだ」


「ジョグとストレッチとドリルをやってるだけで大したことはしてないよ」


…何だろう、自分がすごくダメ人間のような気がする。いつもギリギリまで布団から出ずにすみません。


「でどうしたの?いきなり真琴が来るなんて。陸上部入りたくなった?」


まさかご冗談を。

私は体育の成績は3と2以外とったことがない。


「いや、そうじゃないんです。ちょっと…井澤さんに頼みがあって」


「なに?」


大きな目が私の顔を真っ直ぐ見詰めてきて、たちまち緊張してきた。


「日曜に新垣君とちょっとケンカしちゃって私今すごく新垣君と顔合わせるのきついんだよね。

だからなるべく新垣君を私に会わせないようにしてくれない?井澤さんといれば新垣君も寂しくないと思うし」


我ながらすごく不自然な言い回しだと思う。

しかし、私の頭ではこれが精一杯だった。

多少私の言っていることが変でも、私がいないことで春樹に近付きやすくなるメリットを考えて引き受けてくれると信じるしかなかった。


「もちろん部活で忙しい時は無理しなくていいから」


愛想笑いを顔に貼り付けて付け加えた。

須藤や石川さんにも言ってみようかと思ったが、彼女達が私の言うことを聞くとは思えないし、春樹なら彼女達を簡単にかわせそうだったから止めた。

井澤さんが一番適任なのだ。

井澤さんは篠原に次いで、春樹の思うままに動かない人物のようだった。


「わかった、いいよ」


特に不審げな顔をせずに井澤さんはあっさり答えた。


「本当?ありがとう!」


本当で嬉しい声が出てしまった。それも仕方ないと思う。

これで春樹の足止めが確実になった。

春樹が私を捕まえようとしても、逃げられる隙ができる。


虐め殺されるのはごめんだ。

逃げているうちに春樹も飽きてくるだろう。


私は平穏な日々を取り戻してみせる。







後日、遠巻きに春樹と井澤さんを遠巻きから見つけた。


ぴったりと春樹にくっついている井澤さんに「良かった」と思わなければいけなかったのに。


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